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紅章  7話 運命~分岐点~

「じゃあここにしようかな?」


 紅音はこの場所に来てから日が浅く、冒険者としての常識などほとんど知らない。

 だから仕方がなかったともいえるが、今回探索するダンジョンは――わりと適当に選ばれた。


 特に情報を精査することもなく。

 とりあえず近くにあるダンジョンへ。

 そんな理屈で向かったのはCランクに分類されたダンジョンだった。


「Cランク……ですか」

 

 ゲートを前にして鹿目はつぶやく。


 選んだ方法は適当も適当。

 とはいえそこまで悪い選択ではない、のだろう。

 内部が分からないとはいえ、ランクだけなら鹿目が単身で潜っても即死しない範囲だ。


「うんうん。ここなら最高でもBランクモンスターしか出ないし」

「しか――と言っていいんですか……?」


 Cランクダンジョンには基本的にCランクモンスターしか出てこない。

 ボスだけがまれに1つ上――Bランクのモンスターが出現するといった具合だ。


「ダメ、かなぁ?」


 紅音が上目遣いを向けてくる。


「――――」

 

 鹿目は右目を瞼越しに撫でる。


 思い返すのは、紅音と最初に出会ったときのことだ。


(Bランクなら……大丈夫、ですよね?)


 あの日、紅音はBランクモンスターの群れを一方的に駆逐していた。

 どこかに身を隠していれば、流れ弾で死ぬようなことはないはず。

 

 これがBランクダンジョンだったなら即断で断る。

 だがCランクなら――彼女を信じていいだろう。


「わ、わかりました……」

「やったぁぁ!」

 

 鹿目が頷けば、紅音は跳ねながら喜びをあらわにした。


 無邪気で無垢で。

 それなのに一緒にいれば大丈夫だと思わせてくれる。


 本当に、彼女といるのは――

 

「大丈夫だぜ鹿目ちゃんっ」


 紅音は親指を立てながらそう宣言した。


「もしいっぱいモンスターが出てきても、私がきっちり倒してあげちゃうからねっ」

「は……はいっ」


 鹿目が返事をするかしないか。

 そんなタイミングで、紅音は鹿目を抱き上げる。


「それじゃあ――」

「へ?」


 いわゆるお姫様抱っこ。

 体格差のせいか、垂れた腕が地面に擦れそうになってしまっているが、間違いなくお姫様抱っこだった。

 

「たのもー!」

「ぇぇぇええええ!?」


 声を張り上げ、紅音がゲートへと飛び込む。

 当然、抱え上げた鹿目と一緒に。


 勢いよくダンジョンに突入する2人。

 その肌がゲートに触れた瞬間――


「な!? 紅音ちゃん……! ダンジョンの色が!」


 ――ダンジョンが変色した。


 青色から黄色へと。

 ノーマルダンジョンから、ミミックダンジョンとしての正体を現したのだ。


「わーお。綺麗だねぇ」

「そうじゃありませんんん!」


 2人による初ダンジョン攻略。

 それは鹿目の悲鳴と共に開始した。



 ミミックダンジョン。

 それは最初ノーマルダンジョンに擬態しており、探索者が現れた瞬間に変色する異質のダンジョンだ。


 その最大の特徴は、最初に想定されたランクよりも1つ上のランクのモンスターが現れること。

 そして適正より強いモンスターと戦わされることとなった冒険者は無残な死を遂げる。

 予測不可能、そして驚異の事故率。

 ミミックダンジョンは一流の冒険者でさえ恐れる代物なのだ。


 ――なのだ。


「お、モンスター出てきたよぉ」


 紅音が呑気に声を上げる。


 現れたダンジョンはスタンダードな洞窟タイプ。

 しかし、襲ってくるモンスターはすべてBランクだ。

 モンスターの数も多く、ここがBランクダンジョンの中でも難度が高い部類に入っていることが予想された。


「ひぇ――!」


 心の準備もできないままの会敵。

 鹿目の口から怯えた声が漏れる。


 しかし、恐怖の声は1人分だけ。

 隣に立つ紅音には――微塵の恐れさえ見えない。


「せや」


 気の抜ける掛け声。

 そして振るわれる一刀。


 ――死んだ。


 驚くほどあっさりと。

 ナイフで紙を斬るような滑らかさでモンスターが両断されてゆく。


 返す刃でもう1度。

 2体目も首を落として消えてゆく。

 

「へ……?」

「あれ? 思ったより手応えないや」


 きょとんとした顔で紅音は自身の太刀を眺めている。

 滑らかな刃は返り血に汚れることなく輝いていた。


 彼我の実力差は明らかだった。


「す、すごい……」

(ここがミミックダンジョンだったということは、出てくるのは最低でもBランクモンスターのはず)


 あまりにあっけなく命を散らしてゆくモンスターたち。

 しかしそのすべてが、1体でも鹿目にとっては致命的な相手だった。


「せや、よっ、とう、おりゃ」


 だが紅音は意にも介さない。


 そのすべてを撫で斬りにしてゆく。

 返り血を躱す余裕さえ残して。


「紅音さん……」


 そんな彼女の背中を鹿目は眺めていた。


 恐怖は……もはや存在しない。

 彼女が敵を取り逃すなど考えることもできない。


(やっぱりこの人は、私とは比べ物にならない才能がある)


 だからここは――観客席なのだ。

 

 同じダンジョンにいたとして。

 同じ戦場にいたとして。

 それでも鹿目は、紅音と同じ舞台に上がってなどいないのだ。


(ごめんなさい紅音ちゃん)


 そうやってただただ、特等席で主人公の活躍を眺めている。


(一緒にいるのが嫌なわけじゃ、ないんです)


 ああ。

 思い知ってしまう。


 きっと紅音が伝えたいのはもっと違うことのはずなのに。

 思い知ってしまう。



(でもやっぱり……一緒にはいられません)



 彼女といるほど、彼女といられない理由を思い知ってしまう。


 ダンジョンには必ずテーマがある。

 しかし、その意味は2種類あって――

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