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紅章  2話 運命~一刀~

「ほうほう。この的を斬ってみればいいと」


 紅音は興味深そうに言った。


 現在、鹿目たちは冒険者協会を訪れていた。

 理由はもちろん、紅音のライセンス取得のためだ。


 正直なところ、先程のダンジョン探索は無資格のものであるためかなりグレーだ。

 いや、むしろアウトである。


 しかし、それを誤魔化す方法が1つある。

 今日の内に資格を取ってしまえばいいのだ。

 そうなればライセンスの取得日とダンジョンに潜った日が一致する。


 詳しく調べたのなら露見してしまうだろう。

 だが、軽く数字を調べたくらいなら無資格でダンジョンに潜ったとは思われないはずだ。

 ライセンスを取った足で、そのままダンジョンに向かったと思ってもらえるはず。

 ――そこにBランクを選ぶというのはかなり無茶苦茶だがそれは仕方がない。


「はい。この的にはセンサーが内蔵されていて、そこに表示された数値に応じたランクが与えられることとなります」


 紅音へとスーツ姿の女性が説明する。


 今回受けるのは近接攻撃を得意とする職業の冒険者のための試験。

 的を攻撃し、その威力でランク分けを行うのだ。

 

「これ壊れたりとかしないの?」


 紅音が指を向けたのはマネキンのような人形だった。

 あれは冒険者が訓練に使う標的であり、鹿目も見覚えがあった。

 鹿目の場合は魔法系の攻撃を扱う職業のため、標的の素材は異なるのだが。

 ともあれ見た目は一般的な的で間違いない。


「はい。物理攻撃に特化した素材で作られていますのでご安心ください」

「へー」


 冒険者の実力を測るためのものなのだ。

 耐え切れずに破損しているようでは上限が見えない。

 だから標的は耐性の強い素材で作られている。

 

 一般販売されている品ならともかく、ここにあるのは冒険者協会が用意したもの。

 その耐久性は高ランクモンスターにも劣らないと聞いている。


「大丈夫かなぁ」


 なにやら煮え切らない様子の紅音。

 彼女は人形の顔を覗き込み、軽く小突いていた。

 強度を確かめるように。


「どうしたんですか?」


 彼女の不審な行動に思わず鹿目は問いかけた。


「私の職業って生物特効だからさ、無機物を斬るのって苦手なんだよねぇ」


 紅音はそう語る。


 ありえない話ではない。


 職業にはそれぞれ特色がある。

 物理攻撃か魔法攻撃か。

 それ以外にも習得スキルに傾向があるのだ。


 一定の属性やスキル効果に特化しているという例も存在していた。


 なるほど。

 生物特効。

 それならばBランクモンスターの群れを相手に蹂躙劇を演じることができたことに少しは納得できる。

 少しは、だけれど。


 そして今回の人形は当たり前だが非生物。

 職業との食い合わせが悪い相手だ。


「ちなみに職業って聞いても――?」


 しかし、そうなれば気になるのが紅音の職業だ。

 生物特効なんて聞いたことがない。

 明らかにレアな職業。

 気にならないはずがない。

 

「そりゃあ、ここまで話しといて『秘密です』だとか『この先は有料です』なんて言わないよ」


 紅音はそう笑う。

 そして彼女は――刀を鞘に戻した。


 試験を放棄するのではない。


 彼女は「ちょっと本気出そっかな」とつぶやくと、その場で腰を落とした。

 あれは――抜刀術の構えだ。


「私の職業はね――」


 紅音の体が低く沈み込む。



「――【処刑人】だよ」



 足に溜められた力が解放される。

 ヒビの入る床。

 彼女は地を這うような姿勢のまま加速する。


 ――気が付けば、すでに彼女は刀を振り切っていた。


 残るのは横一線の残像だけ。

 刃が反射した光だけが空中に刻まれ、彼女の斬撃を証明していた。

 

 一拍の間。

 目の前の出来事を脳が現実として処理するために要した一瞬。

 

 その間に――烈風が巻き起こった。


 あの抜刀術は音さえも置き去りにして空気そのものを斬り裂いていた。

 そうやって生まれた真空空間を補うように周囲の大気が流れ込み、すさまじい風を生じさせたのだ。


 室内を蹂躙する衝撃。

 それは窓さえも吹っ飛ばし、人形を建物外へと追放した。


 ――人形の胴体が切断されていたことにはもはや触れる必要がないだろう。


「こ、こ……」


 風で乱れた髪を直す余裕もなく、鹿目は口を半開きにしていた。


「…………あり?」


 さすがに想定外だったのか、紅音も刀を振ったままの姿勢で固まっている。


 彼女は言っていた。

 自分の職業は【処刑人】だ、と。


 だとしてもだ。

 いや、むしろだからこそ。


「こんな処刑、誰に必要なんですかぁぁぁぁ!?」


 ここまで罪人をオーバーキルしてしまう処刑人は必要なのだろうか。

 もはや地獄の刑罰を先取りしているかのようだった。


「………………鹿目ちゃん」


 刀を鞘に納め、姿勢を正す紅音。

 背中越しのせいで彼女の表情は分からない。


 紅音が振り返る。

 試験を終えた彼女の姿。

 それを見て鹿目は――絶句した。



「ひょっとしてこれ、弁償…………?」



 彼女の顔は可哀そうなほど青ざめていた。

 唇は震え、壊れかけたロボットのようにすべての挙動が歪だ。


「いや……それはちょっと……」


 鹿目は目を逸らす。


 正直、そのあたりのルールは分からない。

 的だけならあるいは。

 ただ、窓ガラスまで全滅させたのはどうだろうか。

 答えは――出なかった。


「……そうかもしれません」


 そうなれば、出てくるのはいつもどおり悲観的な意見だけだ。

 もはや鹿目の中では被害総額の計算が始まっていた。


「嘘だよねぇ!? お願いだからそう言って!? 私まだ一文無しなんだよ!? 絶対払えないよ!?」


 紅音が泣きそうな表情で掴みかかってくる。

 どうにも浮世離れした少女だとは思っていたが、知識どころか金銭まで持ち合わせていなかったらしい。


 そうなればここは命を救われた身として鹿目が一肌脱ぐべきタイミング。


 しかし彼女は所詮Cランク。

 それも積極的に攻略を行っていないため、持ち合わせなど知れている。

 高級素材であることが確定している人形は当然、ガラスの弁償さえも苦しい。


「いえ。今回は適正に行われた試験上での事故ですので――」


 そんな彼女たちの様子が心配になったのだろう。

 試験監督をしていた女性はそう声をかけてくる。


 事故。

 そう事故だ。


 明らかに紅音の破壊行為は不幸な事故だった。

 彼女は言われた通り、ただ全力で試験に臨んだだけ。


 光明に胸を撫でおろす鹿目。

 しかし錯乱している紅音には聞こえていなかったようで――


「やだやだやだぁ! 私まだここに来て1日も経ってないんだよ!? 初日から借金地獄なんて嫌だぁぁ!」


 涙目ではなく、もはやほとんど泣いていた。


「ちょ、落ち着いてください紅音ちゃん……!」

「あ、明乃お姉ちゃん助けてぇ! 社会を学ぶ前に裏社会のこと教え込まれちゃうぅぅ! 夜の冒険者になっちゃうぅぅぅ! むしろ夜のダンジョン攻略されちゃううぅぅ!」

「冒険者協会を何だと思ってるんですか!?」


 彼女の中で、冒険者協会はすさまじい犯罪組織になっていそうだった。


 常識、資格、金。

 顔と実力しかない系主人公・影浦紅音。

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