雪章 エピローグ 白雪に永遠を誓う
「なぁ…………」
景一郎は頭を掻く。
目の前のこの状況。
果たして触れるべきか否か。
そんな自問を繰り返したのち、ついに彼は口を開いた。
「なんでどっちもウエディングドレス着てるんだ?」
彼の目の前にいるのは二人組の男女。
月ヶ瀬詞。
碓氷透流。
どちらも、彼にとってかけがえのない仲間だ。
そして――男と女である。
なのに2人が着ているのは――ウエディングドレスだった。
「えー今頃ぉ?」
詞が口を尖らせた。
その場で彼はくるりと回る。
浮き上がるドレスの裾。
そこから見える足首は美しい曲線を描いており、彼が男性であることを感じさせない。
そう。
なぜか――なぜか詞まで花嫁衣装を纏っているのだ。
彼らがいるのは控室。
すでに披露宴は終わり、景一郎といった仲間内だけでの集まりとなっている。
確かに、指摘するにはかなり遅いタイミングだろう。
だが、だが――だ。
「なんか触れたらダメな奴なのかと思って言いづらかったんだよ!」
景一郎は抗議する。
あまりにも周りがスルーするので「この10年で世界の常識って割と変わったんだな」などと年寄りじみたことを考えていたのだ。
「え? 可愛くない?」
「そういう問題なのか!?」
詞は軽快に笑う。
彼女が纏うのは肩を大きく露出したデザインのウエディングドレスだ。
大胆にさらされた肩は傷一つない。
白い肌は、シルク仕立てのウエディングドレスよりも滑らかなのではと思えるほど――
「ん、可愛いを否定しなかったのは割と問題」
「ああそうだな! それは大問題だったな!」
透流の指摘で景一郎は正気を取り戻した。
「私より胸が大きい挙句、結婚まで早いとか――ファンどころかかなり悪質なアンチなのでは……?」
そう言ったのは雪子だった。
本来、景一郎を含めた神としての役割を担う5人は人前に出るべきではない。
だから結婚式にも参列せず、遠目から見ることしかできなかった。
それでも大切な仲間の門出なのだ。
出席は叶わなくとも、景一郎はこの場を全員で訪れていた。
「雪子さん。来てくれたんですね」
そう透流が微笑む。
彼女のたたずまいは落ち着いたもので、雪子を前にしても揺らがない。
むしろ「これが新婚の余裕……?」などと漏らしいている雪子のほうが動揺しているように見えた。
「ん。見えてる地雷原だったけど仕方がない。顔面にカウンターパンチを食らいに来た」
そう言いつつ、雪子は透流の全身へと視線を向けてゆく。
透流のドレスは詞に比べて装飾が少なく、すっきりとした印象を受ける。
しかしそれはデザイン性で劣ることを意味しない。
大きく背中まで露出した姿はいわば、肉体を含めた上での芸術。
ドレスそのものではなく、彼女の肉体を飾り付けることで完成する美しさ。
どれほど花嫁の容姿を引き立てられるかを主軸に置いたデザインとなっていた。
「ねーねーお兄ちゃん」
詞は上目遣いで景一郎に近づいてくる。
「?」
景一郎の頭上に疑問符が浮かぶ。
とはいえ、こういうときの詞はわりかし面倒な提案をしてくることは分かって――
「あれやりたい」
「……あれ?」
「汝、病めるときも――ってやつ」
彼の提案に景一郎は首を傾げた。
「それなら、さっき神父さんの前でやっただろ」
遠目からしか見ることができなかったため、細かい会話までは分からない。
しかし見ている限り、一連の儀式は滞りなく進んでいたように思える。
「えー、でもお兄ちゃんの前でも誓いたいなぁって」
詞はそう言った。
拗ねたような表情で。
「ある意味、本当の意味で神に誓うことに」
「わりと否定できねぇ」
雪子の言葉に、景一郎は天井を仰ぐ。
思えば、今の景一郎は文字通り神だ。
ご利益があるのかはともかく、本当に神に誓うこととなる。
なんというか――不思議な気分である。
「というか、それだけ仲良くしておいて……わざわざ誓う必要がまったく見えないんだよ。お前たちの惚気に俺を使うな」
隠しているつもりなのかもしれないが、この一連の会話の中でもさりげなく詞と透流の視線が幾度も交わっていた。
詞が腕を背後に回せば、透流が掠めるようにして彼の指先を撫でる。
見ている側としては微笑ましいような、疎外感を覚えるような。
そんな甘ったるい空間が形成されているのだ。
2人のやり取りを見ていたら、今さら誓いを立てろと言うことさえ野暮な気がしてくる。
「えぇ……どうしよっかなぁ」
「ん……あと100回は擦れるネタ」
それは全力で惚気ていくという宣言だった。
自分が吐いた砂糖で糖尿病にならないように気を付ける必要がありそうだ。
「せっかくの席なのですから一度くらいはよろしいのではなくて?」
「せっかくだから神のご加護とか与えといたら?」
明乃と香子が続けてそう言った。
特に香子の発言に関しては、軽くからかわれているような気がするのだが気のせいだろうか。
「ねぇよ。あるかもしれないけど与える方法なんて分からねぇよ」
神といっても持っているのは力だけだ。
自分で振るうことはできても、望みに沿った加護など与えられない。
できることといえば、1人の友人として幸せを願うくらいだ。
「じぃ……」「じー」
「っく……」
あからさまに向けられる詞と透流の視線。
それに押され、景一郎はわずかに身じろぎをした。
これは――逃げ場のないパターンだ。
そう思い知らされた。
やがて景一郎は観念すると、深呼吸の後に咳払いをする。
「ご……ごほん」
どうにも照れくさい。
景一郎にとって2人は大切な仲間だ。
幸せな未来を願っていないわけがない。
だからといって、こういう儀式をするというのは――少しばかり気恥ずかしい。
とはいえ、これは一生に一度のもの。
そう言い聞かせ、景一郎は真剣な表情で向き合う。
未来は平坦ではないかもしれないが――それを踏破できるだけの強さを持つ2人へと。
「それじゃあ……」
大きく息を吸う。
そして――
「汝、病め――「「誓います」」」
「言わせる気ねぇのかよっ!」
すごい勢いで出端をくじかれた。
神への扱いとは思えないぞんざいさだ。
「ふ、ふふっ……!」
耐え切れなかったのか、詞が腹を抱えながら笑いをこぼす。
もはや笑いすぎて涙目になっていた。
「お兄ちゃんっ」
屈託のない笑み。
詞の手が、景一郎の手を取った。
「ボク、お兄ちゃんに会えてよかったよっ」
言葉を尽くさない、だからこそ正面から届く言葉。
過度の装飾がないからこそ、本音が伝わってくる。
「そんなの――」
そんな彼の姿に、景一郎は目を細める。
気が付くと、自分まで笑ってしまっていた。
出会って良かった。
そんなもの――
「――俺もだよ」
――こっちのセリフだ。
「「これは浮気発覚」」
「違うよ!?」「違うからな!?」
これにて雪章は終了となります。
【面影】の物語は終わりを迎えることとなりましたが――エクストラエピソードはもう少し続く予定です。
次回更新はもう少し先となる予定なので、ちょっとだけ予告を。
次回より『紅章 赤光の冒険者編』開幕。
――【面影】の物語は終わり、物語はもう1人の『影浦』へ。
舞台は本編から15年後。
景一郎と紅の間に生まれた少女――影浦紅音 (かげうら あかね)
とある秘密を抱えた【罠士】の少女――生天目鹿目 (なまため かなめ)
2人の出会いは、新たな物語の幕開けとなるのか。
影浦景一郎と『彼女』が出会った日のように。




