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2章  5話 その絶望を撃ち抜いて

 波乱のレイド前編です。

「ぃ……ぃゃ……」



 ボスモンスターを前にして、桐生院ジェシカは恐怖に支配されていた。

 上手く言葉が出なくなり、歯がカチカチと音を鳴っている。

 震える内腿からは透明なものが伝い落ちていた。


 無理もない。

 彼女は精力的に活動する冒険者ではないのだ。

 堅実に、成果だけを持ち帰るつもりだったはず。

 なのに無防備なまま死地に叩き落とされたのだ。

 正気を保てるはずがない。


「何やってんだッ! さっさと離れるぞッ」


 指揮を任された責任感か。

 叫ぶようにして兵藤がジェシカの手を引く。

 目指すのは部屋の出口。

 彼はすでに、このダンジョンの攻略を諦めていた。

 ――きっとその判断は間違えていなかった。


「ッ……! 出口に回り込まれたか」



 ――デスマンティスに道を塞がれなければ。



 兵藤は立ち止まり舌打ちした。

 正面突破は不可能と判断したのか、彼はジェシカを背に隠して部屋の奥を目指す。


 入り口が離れてゆく。

 それでもボスモンスターから距離を取らねばならない。

 そんな思考に突き動かされるままに。


「まずいな……いきなり死人が出たせいで動揺してる」


 景一郎は険しい表情でデスマンティスを睨んだ。

 だが、それで事態を好転するわけでもない。



(このままじゃ……全滅だ)



 万全の連携があっても勝てるか分からない相手。

 烏合の衆となってしまったこのチームでは、勝ち目など皆無だった。


 ならば、どうにか流れを取り戻す必要がある。


 チームが統制を取り戻すまで、持ちこたえる必要がある。


「冷泉」


 景一郎は明乃の名を呼ぶ。

 

「……はい」


 きっと彼女は察していたのだろう。

 立ち上がった彼女の表情には――覚悟が宿っていた。

 死地へと飛び込む覚悟が。



「――――あいつの攻撃……片方任せていいか?」

「…………」



 デスマンティスの主な攻撃手段は両手の鎌だ。

 最大の殺傷力を持つのも鎌による攻撃。


 右手と左手。

 それを抑えられたのなら、デスマンティスの脅威度は飛躍的に下がる。


「無茶を言っているのは分かってる。ガードを固めたCランクがまとめて殺されるような威力だ。正直、Bランクのタンクでも命の保証はない」


 たった一撃で死ぬのだ。

 

 なら、Bランクは何回まで耐えられる?

 一度か。二度か。

 それは景一郎にも分からない。


 突然、ガードを破られて命を落とすかもしれない。

 そんな危険な役割を、明乃に頼んだ。

 この場で任せられるのは――彼女しかいなかった。


「それでも……任されてくれるか?」


 盾になって死ぬ覚悟をしろ。

 そう言うに等しい頼み事。


 今でも、明乃の脳には焼き付いていることだろう。

 たった一撃で上半身が吹き飛んだ冒険者の姿が。

 

 嫌でも重なるだろう。

 次に吹き飛ぶ体は、自分のものかもしれないと。


 それでも明乃は微笑む。

 

「……ええ。もち――」

「……ダメ。行かないで」


 明乃の言葉を遮る声。

 震える手が、明乃のドレスに伸ばされている。


 その手は――ジェシカのものだった。


「ぃゃ……明乃まで死んじゃう……行かないで」


 それは友人への懇願だった。

 ジェシカは顔をくしゃくしゃにして頼み込む。


「もう……いいから。レイドだって……また挑戦すればいいからぁ……。危ないことしないでよぉ……」


 幼い彼女にはあまりに衝撃的な光景だったのだろう。

 ジェシカの心が折れているのは、誰の目にも明らかだった。


「大丈夫ですわ。わたくしは死にませんもの」


 そんな彼女へと明乃は手を伸ばす。

 明乃の手は、ジェシカの頭に置かれた。


 柔らかな明乃の微笑み。

 すべてを受け入れるような笑み。

 だが彼女の瞳はまだ、生きることを放棄してはいない。

 

「それじゃあ俺は右手を止める。冷泉は左手を担当してくれ」

「分かりましたわ」


 明乃は景一郎と並び立つ。


 すでにレイドチームは瓦解していた。

 冒険者たちは我先にと逃げ惑う。


 ただ逃げ回る者。

 離れた位置から震えて事態を見守る者。

 そこに――立ち向かう者はいなかった。


「それじゃ、詞はダメージディーラってことで」

「はぁい」


 景一郎の指示で詞はナイフを手にした。

 

 たった3人。

 それでもで彼らはデスマンティスと対峙する。


「ッ――!」


 彼らの戦意を嗅ぎ取ったのかもしれない。


 デスマンティスが景一郎たちへと狙いを定めた。

 方向転換。

 そして――突っ込んでくる!


「行くぞッ!」

「「はいッ!」」


 景一郎が駆けだした。

 それに伴い、明乃と詞も走り出す。


 デスマンティスの間合いに入るまでの数秒。

 それが、ひどく長く感じられた。


「トラップ――セット!」


 最初に迫ってきたのは右手の鎌。

 それは風を切り、景一郎の命を狙う。


「【矢印】!」


 景一郎の右手の甲に矢印が浮かび上がる。

 そのまま迫りくる攻撃を――裏拳で弾いた。


 もちろん純粋なパワーでそんなことはできない。

 矢印による移動の強制で、鎌の軌道を変えたのだ。

 

 だがデスマンティスの攻勢は終わらない。

 続いて、左手の鎌が横に振るわれる。


「はぁッ!」


 その軌道上に割り込んだのは明乃だ。

 彼女は身をかがめ、大盾を斜めに傾けて攻撃を受ける。

 

 適切な角度で受け流したことでデスマンティスの攻撃は明乃に届かない。

 斬撃の角度もわずかにゆがみ、鎌の一撃は空振りした。


「たぁッ!」


 両手の攻撃の後。

 そうして生まれた隙に詞はデスマンティスとの距離を詰める。


 身軽さを活かした跳躍。

 彼は一瞬にして、デスマンティスの背面へと乗った。


 そこに鎌の攻撃は届かない。

 一方的に攻撃できる立ち位置で、詞はデスマンティスに刃を突き立てる。



「すげぇ……たった3人でデスマンティスを相手取ってやがる」


 誰かがそう言った。

 彼もBランク冒険者。

 今回のチームにおける主戦力の一人だ。

 なのに、目の前の戦いに驚くことしかできない。


「俺たちも……俺、たちも……加勢しなきゃ……加勢、するんだ」


 そう言う者もいた。

 だが言葉だけで足が動かない。

 一歩も進めないでいる。


「……くそ。行けねぇよ……。行けるわけねぇよ……! 一撃で殺されるような化物に……向かってなんて行けるわけねぇよ……!」


 誰かが隠し切れない本音を吐露した。

 だが、彼だけではない。

 それは、この場にいる全員が感じていたことだ。


 命の危険があることは百も承知。

 それでも――これはあんまりだ。


 あんな塵芥のように自分を殺せる存在がいたとして。

 それにどうして飛び込めるのだ。



 彼らの足は――動かなかった。




 大鎌を弾いた。

 これで何度目だろうか。

 100か200か。

 

 ――分かっている。


 そう思いたいだけで、まだほんの数回だ。

 極限状態のせいで、時間感覚が麻痺しているだけだ。

 それほどまでに、デスマンティスの攻撃への対応は神経をすり減らす。


(くそ……! 攻撃はしのげてる……!)


 景一郎は歯噛みする。

 状況が好転する兆しは――ない。


(だけど……火力が足りないッ……!)


 理由は、単純な火力不足。


(月ヶ瀬は頑張ってる……! でも1人じゃ削り切れない……)


 詞も必死にデスマンティスを攻撃している。

 汗を散らし、少しでも深いダメージを残そうとナイフを振るっている。


 だが、そもそも人数が圧倒的に不足している。

 彼1人で、レイドチーム全員分の火力など補えるわけがない。



(このままじゃこいつを倒すより先に、俺たちのガードが崩れる……!)



 今やっているのは削りあいだ。

 デスマンティスの命が削れ落ちるのが先か。

 景一郎たちのガードが削り崩されるのが先か。

 そんな勝負なのだ。


 だが形成は圧倒的に不利。

 デスマンティスの死よりも、はるかに速く景一郎たちの限界が迫っている。

 

「きゃっ……!?」


 そして、破綻は突然だった。

 大鎌の一撃に明乃が吹き飛ばされた。


 ほんの少し、受け止めた角度がブレていた。

 それだけで彼女は強く押し出され、尻餅をつく。


 それそのものは致命的なダメージではない。

 しかし――



 ――次の防御はもう、()()()()()()



「ぁ…………」

「冷泉ッ……!」


 景一郎が叫ぶ。


 好機と見たのだろう。

 デスマンティスは交互に鎌を振るうのをやめ、もう一度左手を振りかぶった。


 狙いは当然、明乃の命。


「トラップ――!」


 地面に矢印を展開する。


(間に合うかッ……!?)


 ここから景一郎が高速で飛び込んだとして、デスマンティスの攻撃に割り込めるのか。

 割り込めたとして、対処できるのか。

 答えは――否。


 急いで明乃は構えなおそうと立ち上がる。

 だが倒れたときに大盾が手から離れてしまっている。


 今から拾っても、充分な体勢で攻撃を受けることは不可能。

 絶命は必至だった。


「待ってよ――ッ!」


 詞もカバーに入ろうと動く。

 デスマンティスの背面から、左手の鎌をどうにかできたなら。


 詞は躊躇いなく生命線であるナイフを投擲した。

 しかしナイフの威力では、デスマンティスの攻撃を妨害できない。


 打つ手はもう……ない。


 


「食らいなさいッ」




 それは光の奔流だった。


 太い光線が正面からデスマンティスの上半身を包み込む。

 一条の閃光はそのままボス部屋の壁に着弾し、轟音を鳴らした。

 巻き起こされた風圧だけで岩肌が削れるような高威力の一撃だ。


「なんだ――?」


 あまりに激しい余波に、景一郎は腕で顔を守る。


(Aランクの【ウィザード】でもここまでの威力を撃てる奴はそうそういない)


 Aランクの中でも特に、威力に特化した【ウィザード】が到達できる一撃。

 だが、Bランクまでしかいないレイドメンバーにこんな攻撃を放てるはずが――


 ――否。

 1人だけいた。

 明乃が太鼓判を押した、優秀な【ウィザード】が。

 

「…………ジェシカ?」


 明乃は振り返る。

 100メートル以上離れたボス部屋の端。


 そこには右手を突き出したまま直立している少女がいた。

 Bランクの冒険者でさえ戦意を折られる中、誰にも守られずに立ち上がった少女がいた。


「最初から――分かっていたことよね」


 桐生院ジェシカは口元をゆがませる。

 恐怖を混じらせ、それでも笑みを浮かべた。

 高飛車に。不敵に。堂々と。



「死なせたくないなら――わたくしが討ち倒すしかないじゃないのッ!」



 彼女の手に光が灯る。

 そして、彼女は叫んだ。



「覚悟なさい化物ッ! あなた程度の絶望、このわたくしが撃ち抜いてさしあげますわッ!」


 次回、決着予定。



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