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雪章 14話 The lunaria4

「これは――」


 変わる世界。

 土壁に囲まれた殺風景な半球状の世界が変異していく。


 まるでプラネタリウムのように天は夜空と月に彩られ。

 足元は溢れんばかりに白い花が咲く。

 詞が足を擦るように動けば、月下美人の花弁が宙を舞った。


「【思案沙羅(シャンバラ)】」


 クレアは語る。

 楽園の名を。


「あなたも【魔界顕象】を初めて見るわけではないのでしょう?」


 淡く光を放つ花に足元を照らされながら、クレアは悠然と構えている。

 

「ああ……でも」


 彼女の振る舞いからは余裕があふれている。

 先程までの慢心とは違う心の在り方。

 それほどまでに彼女は自身の【魔界顕象】に自信を持っているのだろう。


「見ていたのなら――生きているわけがないわね」


 クレアが腕を振るえば荊の鞭が襲いかかってくる。

 これは何度も見た攻撃だ。

 そのはずなのに、


(速いっ)


 詞は反射的に攻撃を跳んで躱す。

 しかし荊の先端が彼の足首を掠めた。


 ――速いのだ。

 さっきまでの攻防で見てきた攻撃がすべて幻だったかのように。

 ここまでキレが違うのなら、もはや初見の攻撃に等しい。

 

「【鳳仙花】」


 しかしクレアの攻勢は終わらない。


 気が付けば、詞の頭上に複数の種子が浮遊していた。

 そのまま種子が離脱する間もなくひび割れ、炸裂する。


「ぁぐッ」

 

 上から押さえつけてくる強烈な風圧。

 詞は勢いよく地面へと叩きつけられた。

 

「あら。あっけないのね」


 吹き荒れる爆風で舞い上がる花弁。

 白い花に飾り付けられながらクレアは微笑む。


「……体の動きは一緒だった」


 詞は身を起こしてクレアを睨みつける。


「でもいばらの伸縮速度が異常に向上。爆発する種も出が早くて、サイズも大きかった」


 思い返すのは先程の攻防だ。

 鞭が伸びる速度が向上し、完全に躱すことができなかった。

 爆発する種子は発射までのラグが少なく、爆発の威力も高かった。

 そこに共通するのは――植物を媒介にしたスキル行使という点。


「君の【魔界顕象】の能力は――植物の成長促進、でしょ」

「!」


 クレアわずかに驚いた様子を見せた。

 たった一度の交錯で【魔界顕象】の性質を読まれるとは思わなかったのだろう。


 【魔界顕象】には固有の能力があることも多い。

 例えばグリゼルダの【魔界顕象】が【氷魔法】の発動を補助するように。


「それなら大丈夫」


 詞は身を低くしてクレアと向かい合う。


 【魔界顕象】の性質は理解した。

 その度合いも。

 先程は面食らってしまったが、今度は強化具合も考慮して戦える。


「これくらいの敵なら――勝てる」

 

 そう挑発的に笑うと、詞はクレアとの距離を詰めた。

 

「正面からなんて」

「もうタイミングは修正してるよっ」


 迫ってくる幾本もの荊。

 そのすべてが【魔界顕象】前よりもはるかに速い。


 だがそれは分かっていたことだ。

 黒い斬撃がいくつも閃く。

 荊のすべてを細切れにして、確実に両者の間合いを潰してゆく。


「な――」


 残る距離は2メートル。

 詞の射程圏内だ。


 おそらくクレアは後衛職の冒険者。

 肉薄してしまえば、戦況は詞へと傾いてゆく。

 

 それは彼女自身もよく分かっていることだろう。

 クレアは後方へと跳び、距離を取ろうとしている。


「はぁっ」


 だが、逃がさない。

 詞は深く踏み込み、彼女を間合いに捉え続ける。


 ナイフの切っ先は彼女の胴体を――掠めた。


 ほんのわずかだがクレアの判断が早かった。

 ナイフは彼女の体を抉ることなく、離脱を許したのだ。


「【操影】」


 だけど、まだだ。

 まだ、終わりじゃない。


 詞はナイフを薙いだ勢いのままその場で一回転した。

 黒いスカートが美しく広がる。

 その姿はまるで演舞だ。


 回転を、全身の力を乗せて詞はナイフを投擲する。

 無論、苦し紛れの一撃ではない。

 ナイフの柄からは――影が一筋伸びていた。


 いわば、ナイフ版の鎖鎌というべきか。

 影につながれたナイフはクレアの体に巻き付き、彼女の動きを阻害した。


 詞は影を手繰り寄せ、クレアへと斬りかかる。


「この程度で!」


 クレアが声を上げた直後、彼女の肌から植物が生えてくる。

 彼女の体を覆う固い樹皮。

 それにより、彼女を縛っていた影にわずかな緩みが現れた。

 クレアはそのまま樹皮を脱ぎ捨てるようにして拘束から抜けてゆく。


「逃がさない!」


 飛び出す詞。

 ナイフを突き出し、鋭く踏み込む。

 その姿はまるで一本の矢だ。


「――終わりだよ」


 全速力で突っ込んだ詞の一撃は、正確にクレアの胸を捉えた。

 ナイフの切っ先は、彼女の胸元に埋め込まれていた種子を射貫く。


 彼女はあの種子を魔界樹において重要であるかのように語っていた。

 破壊されて何の痛手にもならないということはないだろう。


 なのに、


「そう?」


 なのに、彼女はうろたえない。

 むしろ笑みを深めてゆく。


「私には、始まったように見えるわ」

「!?」


 直後、詞の体に異変が起きた。


 腹の中に生じた異物感。

 それは湧きあがり、逆流し、喉を押し広げてゆく。


「ぉぇッ……!」


 気が付くと、詞はその場でうずくまっていた。

 嘔吐を経て異物が体外へと排出されてゆく。

 そうやって確認されたのは――花だった。


 胃液に混じり、押し固められた花弁が吐き出されてゆく。

 全身を襲う虚脱感。

 まるで内臓そのものを吐き出したかのように体が重い。


「植物の成長促進、ねぇ」


 そんな彼を見下ろし、クレアは語る。


「そんな枯れかけた能力じゃないわよ」


 自身の力はその程度ではないのだと。

 もっと凶悪な力を秘めているのだと。


「成長促進なんてついでのついで」


 彼女の腕――斬り落とされたはずの断面が植物で補完されてゆく。

 いわば植物の義手。

 しかしそれを、ただの代替品とは呼べないだろう。


 硬い樹皮に纏われたことで、より戦闘向きにチューニングされた肉体。

 手としての精密動作と、鎧のような強度を持つ武器。

 戦闘という分野においては、あの義手は通常の腕よりも優れているだろう。


「【思案沙羅】の真骨頂は」


 彼女は語る。

 両腕を広げ。

 詞の体を蝕む異変の原因を。



「受粉した相手のすべてを吸い殺す――花粉よ」



 それは、この戦場を埋め尽くす大量の花々だった。


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