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雪章 10話 The lunatic2

「殺戮兵器?」


 景一郎は聞き返す。

 殺戮兵器。

 それはあまりにも物騒な響きだ。


「そして欠陥兵器でもある」


 グリゼルダは魔界樹へと目を向けた。


「我が生まれたころにはすでに使用禁止となっていた兵器であったからな。我もおおまかな性能しか知らぬ」


 彼女のいた世界は、この世界に比べてはるかに発展している。

 正面から戦えばこちらの世界に勝ち目はないと言えるほどに。

 そんな世界でさえ使用が禁止された兵器。

 嫌な予感しかしなかった。


「侵略する側の人的被害を最小にとどめるために作られた兵器。その世界に存在する魔力と生命力を吸い上げ、枯渇させつつ征圧する。そんな兵器のつもりであったらしい」

「その言い方だと、上手くいかなかったようですわね」


 明乃の言葉にグリゼルダが頷いた。


「人も物もすべてが滅んだのだ。そんな――ただ広いだけの世界を手に入れても意味がないであろう?」


 グリゼルダは皮肉を込めて笑う。


 侵略する標的を滅ぼしてしまった。

 その性能ゆえに使用を禁じられた。

 まさかそんなものを持ち出されることになるとは。

 頭の痛い話だ。


「で? 結局どうすればいいわけ?」


 香子が問う。


 今は兵器の歴史に思いを馳せても意味がない。

 この世界を滅ぼさせないためにも、必要なのは打開策だ。


「あれは植物を模しただけの兵器なのだ。内部にある動力部を破壊すれば止まる」

「じゃあ、さっさと潰しましょ」


 香子は崩れた壁に歩み寄り、魔界樹へと向かおうとする。

 その時、異変が起きた。


「あと当然であるが――」


 グリゼルダが空を見上げる。

 そこには神経のように空へと張り巡らされた枝がある。

 町へと覆いかぶさるような大量の枝。

 その所々で――魔力が収束されてゆく。

 まるで果実が実るように。

 しかしそこに込められているのは人々を殺すための力だ。



「――当初の予定では異世界侵略用の兵器であった以上、広範囲殲滅に長けておる」


 

 収束、膨張してゆく魔力。

 そしてそれは――極太の光線となり町へと降り注いだ。


 大量に降りてくる光の柱。

 それはまるで神からの罰のようだった。


「それを早く言ってくださいませ!」


 町を滅ぼすのに充分な攻撃。

 それを目にして明乃が焦った声を上げる。


 しかしその行動に淀みはない。

 彼女は盾を掲げ、叫ぶ。


「【ヴァルハラ・レギオン】」


 その時、町全体が結界に包まれた。

 半透明のドームが魔界樹ごと町を覆い隠す。


 しかし魔界樹を内部に入れてしまったのなら、地上へと振る攻撃を遮ることは叶わないのではないか。

 そんな疑問は一瞬で消える。


 降り注ぐ天罰のごとき光。

 だが、その光が町を破壊することはなかった。


 ビルも、道路も、人も。

 すべてが無傷。

 何事もなかったかのようにその場に残されていた。


「町全体に非殺傷の結界を張りましたわ」


 わずかに肩を上下させながら明乃がそう言った。


 非殺傷の結界。

 その名前と周囲の様子から察するに、効果範囲内において敵味方の区別なく守る結界――といったところか。


 敵を倒すことも出来ないが、味方を決して死なせない。

 無差別の、無作為の守護陣。

 それはきっと、明乃が10年の研鑽の中で手にした力なのだろう。


「とはいえ、敵を倒す必要があるのなら張り続けるわけにはいきませんわね」

 

 明乃がそう言うと、街を守っていた結界が解除される。

 

「そんなスキル持ってたんだな」

「疲れますし、範囲が広すぎるので普段は使わないのですが」


 たった一度のスキル行使でわずかな疲労を見せる明乃。

 とはいえ、町全体をあの一斉射撃から守ったのだ。

 破格の性能といえるだろう。


「そんなことより、なんか出てきたわよ」

 

 香子が町並みを指で示す。

 そこには――異形の怪物が現れていた。


 荊を束ねて作った人形。

 そう評するのが適しているであろう。

 言葉を発することもなく、ゆらゆらと荊人形が歩いている。

 しかし――どう考えても友好的な生物には思えない。


「あれも魔界樹の機能ですの?」

「おそらく、だが」


 グリゼルダ自身が言っていた通り、魔界樹の詳細までは分からないのだろう。

 彼女の返答は少しあいまいだった。


 だが荊という符合から考えても、クレア側の仕掛けだと考えるのが自然だ。


「詞ちゃんもいませんし。【先遣部隊(インヴェーダーズ)】の対処は詞ちゃんに任せて、わたくしたちはあの樹を止めるために動きましょう」

「じゃあアタシは、あの木偶人形を減らしてくるから」


 香子がオフィスを飛び出した。


 あの荊人形がいるのがここだけとは思えない。

 むしろ町中に散開していると考えるべき。

 確かに対処は迅速なほうがいい。


「では、わたくしは魔界樹本体の攻撃を止めますわ」


 明乃はそう言った。


 彼女はタンクとしての役割をこなしてきた。

 魔界樹の攻撃を自身に集めることも可能だろう。


 あの火力を町に撃たせるわけにはいかない。

 彼女の働きはこの町の被害を大きく左右することだろう。


「景一郎様はいかがなさいますか?」

「そうだな」


 景一郎は考える。

 

 荊人形の処理。

 魔界樹による殲滅の阻止。

 それはいわば防御。

 勝つためには攻撃が必要だ。


 為すべきはクレアの討伐、魔界樹の動力部の破壊。

 こちらにどれほど時間をかけるかで明乃たちへとかかる負担も変わってくる。


「グリゼルダは明乃が早く魔界樹にたどりつけるように手伝ってくれ」

「うぬ」


 景一郎は素早く指示した。


 まずは明乃をすぐに魔界樹の近くに連れてゆく必要がある。

 彼女一人でも到達することは可能だろうが、先程の攻撃がいつ来るか分からない。

 到着にかかる時間は短ければ短いほどいい。

 景一郎はそのための護衛としてグリゼルダを抜擢した。


「俺は――詞を追う」


 そして景一郎は事態の中心人物を叩くために駆けだした。


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