雪章 9話 The lunatic
「まずは自己紹介かしら」
部屋の中央を陣取って花が開く。
女性は広がる花弁の中から現れた。
「私は【先遣部隊・番外席次】クレア・グラスフィールドよ」
クレアは語る。
【先遣部隊】――異世界人であることを示す名を添えて。
「今日は、宣戦布告に来たわ」
「宣戦布告、ですの?」
クレアは明乃に微笑みかけた。
「ええ。あなたたちに対してではなく、この世界に向けての宣戦布告よ」
彼女は宣言する。
戦いの幕開けを。
血を血で洗う争いの始まりを。
「手始めに、今日はこの国を滅ぼすわ」
彼女はその程度容易いと言わんばかりに語る。
この国の――世界の最高戦力が揃った場所で。
堂々と。
宣った。
「抗ってみなさい。救世の冒険者」
陶酔したような語り口。
大仰に両手を広げ、笑う。
「この世界を守り抜けたのが、奇跡でないというのなら――――」
「ッ!」
冗長な宣言を待てるほど、今の詞はおおらかではない。
彼は彼女の言葉を無視し、背後からナイフを振り下ろした。
しかしそれはナイフの軌跡に割り込んだ荊によって止められる。
「あら。血気盛んね」
クレアが目を細める。
変わらない態度。
それが苛立たしい。
「――どこにやった」
喉が凍り付くほどに冷たい声が出た。
射貫くほど鋭い眼光をクレアに向ける。
「透流ちゃんは――どこなのッ!」
詞は押し殺した声で問う。
するとクレアは唇を舐め――
「それはもう……遠い遠いところ、よ」
そう答えた。
「お前ぇぇッ!」
怒声が裏返る。
詞は激情に任せ、左手を右手首に添えた。
ナイフに宿る黒い魔力。
「【影魔法】ッッ!」
刃から影が溢れ出し、オフィスの一角を吹っ飛ばした。
床が砕け、調度品が舞う。
その衝撃でクレアの体は壁を突き破り、屋外へと放たれた。
「あら怖い」
クレアは空中で腰をひねり、近くのビルに着地する。
彼女は余裕の態度を崩すことなく身を翻した。
逃げるつもりだ。
「待てッ!」
詞は崩れかけた壁に足をかけ、月夜へと飛び出した。
――明確な殺意の下で。
☆
「景一郎様」
廃墟と化した一室で明乃は景一郎へと目を向ける。
景一郎の予想が正しければ、彼女はこの5秒間で数百万相当の被害を受けたはずだが気にした様子はない。
もっとも、気にしているような事態ではないというのもあるだろうけれど。
「彼女が透流さんを連れて行った以上、生きたまま捕らわれている可能性が高いですわ」
「そうだな。ただ殺すなら、その場で殺せばいいだけだ」
連れ帰る手間としても。
動揺を誘う手管としても。
目の前で殺したほうが有効だ。
だから透流は生きていると考えるべきだろう。
先程のクレアの言葉。
あれは詞を釣り出すための挑発だ。
さすがに一対多数の状況で戦うことが無謀であることは自覚しているのだろう。
彼女はあくまで1人ずつ【面影】を狩るつもりだ。
「わたくしも後で追いつきます。ですので――」
明乃がそう言いかけたとき――地面が揺れた。
地震なのだろうか。
地から伝わってくる激震に景一郎たちは足を止める。
「な……なんでこんなときに……!」
香子が苛立たしそうに舌打ちする。
確かにこのタイミングで地震というのは間が悪い。
しかし、これは地震というより――
「音が……!」
「外か!」
明乃の視線に従い、景一郎は外を確認する。
そこに見えるのは月光に照らされた黒いシルエット。
「なんだ……? 樹、なのか……?」
スケール感の違いさえ度外視したのなら、それは樹木だった。
しかし大きさが常識外れだ。
幹だけで高層ビルと並ぶサイズ。
そこから広がる枝は広範囲にわたり、ほぼ町全体へと展開されていた。
「あれは魔界樹……なのか?」
そう漏らしたのはグリゼルダだった。
――魔界樹。
聞いたことのない名前だ。
「あやつは馬鹿なのか……? 冗談抜きで世界を滅ぼすつもりか」
険しい表情のグリゼルダ。
それだけであの樹木の危険背が垣間見える。
「あいつのスキルか?」
彼女だけが知っているということは異世界関連の知識だろう。
そう判断し、景一郎はグリゼルダに説明を求める。
「スキルではない」
首を横に振るグリゼルダ。
彼女の表情は苦々しい。
「あれは我がいた世界の――殺戮兵器だ」




