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2章  4話 レイド開始!

「なんか楽だねぇ」


 詞は呑気につぶやいた。

 現在、景一郎たちはダンジョンにいる。

 褐色の岩肌に覆われた洞窟型のダンジョン。

 冒険者をしていれば一番見慣れているであろう景色だった。


 いつモンスターが現れるのか分からないダンジョン。

 それなのに驚くほど詞には緊張感がなかった。

 とはいえ、それも仕方がないのかもしれない。


「まあ、ダンジョン攻略は基本的に露払い役に任せるからな」


 景一郎はそう口にした。

 

 露払い。

 それはレイドチームの主戦力が消耗なくボスに挑めるよう、道中のモンスターを駆除する役割のことだ。


 主に比較的ランクの低いメンバーが露払いを担当することになる。

 今回もCランクの冒険者がモンスターを受け持つことで、Bランク冒険者の力を温存しているのだが――


「……ところで、なんで俺が討伐組に参加してるんですか?」


 景一郎は隣にいる男性に問いかけた。

 男性の名前は兵藤。

 Bランク冒険者であり、今回のレイドを指揮している人物だ。


「あ? お前、強いだろ。見れば分かる」


 兵藤が当然のようにそう言った。

 すると話を聞いていたBランク冒険者も近づいてくる。


「露払いは他のCランクに任せとけや。お前はこっち」

「はぁ……」


 景一郎は曖昧にうなずいた。

 どうやら選抜試験での一幕がよほど高評価を得ていたらしい。


「見る人が見れば分かるってことだね♪」

「最初に見出したのはわたくしでしてよ?」

「明乃ちゃんもさすがー」


 そんな景一郎を見て、詞と明乃は笑っている。

 ダンジョンの中とは思えない平和なやり取り。

 しかし――


「なんか嫌な予感がするな……」

「? なにがだ?」


 景一郎の独り言が聞こえていたようで、兵藤が聞き返してくる。

 問われた以上、無視するわけにもいかない。

 景一郎は輪郭の見えない不安を少しずつ言葉にした。


「ぁあ……いや。ダンジョンモンスターに統一感がないというか……テーマが見えないのが気になって」

「テーマ?」


 兵藤が片眉を上げる。

 いまいちピンときていないようだ。


 ダンジョンのテーマ。

 思えば、景一郎がそんなことを考え始めたのも魔都に乗り込んでからだ。

 普通の土地で冒険者をしていなければ、意識していなくてもおかしくはないのかもしれない。


「ダンジョンには多かれ少なかれテーマがある。『狼型のモンスター』『火属性のモンスター』だとか。でも、今回の敵のテーマが見えない」


 姿が似ているわけではない。

 攻撃手段が似ているわけではない。

 現れるモンスターの共通項が不鮮明なのだ。


「なるほど」


 兵藤は腕を組んで考え始めた。

 一方で、詞は首をかしげている。


「それって、単純に気付いてないだけなんじゃないの?」

「それが問題なのですわ」

「?」


 明乃の指摘に、さらに疑問を深めていく詞。

 ――景一郎が危惧しているのは、まさに明乃の言っていることだった。


「……テーマが見えていない。だから、どんなボスが来るか想定できない。それは初動の遅れにつながる」


 そもそも、ボスとの戦いは出たとこ勝負だ。

 予想したモンスターが出てくる保証はない。

 しかし、その心構えが明暗を分けることがあるのだ。


「……なあ」

「あ?」

「今回のボス。最初からBランクのタンクを前に出しておいてくれないか?」


 景一郎は兵藤に提案する。


 当初の計画では、最初はCランクのタンクを使って様子を見ることになっていた。

 そこから戦局を見て、Bランクを投入する。


 敵のタイプが分からないからこそ、主戦力はすぐに投入しない。

 その予定だったが――


「しかしな……」


 だが、兵藤は難色を示す。


「どうしてBランクを最初から投入するんだ?」

「今回の攻略……嫌な予感がする。Cランクでは対応しきれないかもしれない」


 ほんの数秒。

 兵藤は思案していた。

 だが、彼の表情を変えるには至らない。


「……嫌な予感がするっていうなら、なおさら前には出せないな」

「それは――」

「依頼者の安全優先だ。Bランクのタンクには依頼者を固めさせておく」


 それが兵藤の決定だった。


「……それもそうだな」

(冒険者としては依頼者を守るのは当然だ)


 不安を覚えながらも、景一郎は押し黙る。


 ダンジョン攻略に成功しても、依頼者が死ねば『レイド戦』そのものは失敗となる。

 嫌な予感がするのなら――否、だからこそ依頼者の安全を確保するために動くのは必然ともいえた。


 向こうの言い分にも一理あるのだ。

 ここから兵藤を説得するのは難しい。



「――ボス部屋だっ!」



 前方から声が聞こえる。

 露払いをしていた冒険者が、ボス部屋へと続く扉を見つけたようだ。


「それじゃあ、レイド開始だな」


 兵藤たちBランク冒険者が歩みだした。

 ――ここから、本当のレイドバトルが始まる。



「……何もいないぞ?」


 誰かがそう言った。

 景一郎たちはすでにボス部屋に入っている。

 だが、驚くほどに周囲は静かだった。


 岩が作り出すドーム状の空間。

 この広間の直径は300メートルほど。

 逆説的に、ボスも相応の巨大さを誇るはずなのだが――


「オイ前衛! ウロウロすんな! 陣形を崩さずに、少しずつ部屋の中央に進むぞ」


 ボスの不在に浮足立つメンバーを兵藤が諫める。

 彼の指示に従い、レイドメンバーは周囲を警戒する。


 そして、少しずつ部屋の中央を目指してゆく。


 次の一歩でボスが出現するのではないだろうか。

 そんな緊張感が場を支配する。


「?」


 だが――何も起こらない。

 ついに景一郎たちが部屋の中央へと到達しても、何の変化も起こらない。


 【隠密】系統の能力を持ったボスなのか。

 景一郎がそんなことを考えていると――


「! 下だッ!」


 足元が揺れた。

 直後、地面が炸裂する。


 空気を引き裂くような甲高い鳴き声が響く。

 土石を噴き上げ、ついにモンスターが姿を現した。


「出てきやがった! きっちり抑えるぞッ!」


 Cランクのタンクが前進し、他のメンバーは一度下がる。

 敵は一体。

 取り巻きのモンスターはいない。

 なら、包囲される心配もない。


 敵のいる方向さえ防御を固めてしまえば、あとはダメージを確実に刻んでいけば――


(あのモンスター……まさかッ……!)


 だが、景一郎は気付いてしまった。


 それはまるで死神だった。

 上半身はボロ布に覆われ、顔を見ることはできない。

 そこから伸びた両手の先は、カマキリのように巨大な鎌となっている。


 布から伸びた下半身はムカデのように長く、大量の足が生えていた。

 下半身がまっすぐ伸びているわけではないので正確には分からないが、全長は200メートル近い。


 これらの特徴を持つモンスターを、景一郎は知っていた。



「待てッ! 逃げろッ!」



 景一郎は警告を飛ばす。

 だが、もう遅い。


 モンスターは横薙ぎに鎌を振るった。

 それを盾役となる冒険者はガードし――


「ぇ……うそ……」


 ――真っ二つになった。

 上半身が宙を舞う。


 あまりにも突然の惨劇に、詞は目を見開き立ち尽くしている。



「タンクをガードの上から…………殺した?」



 動揺しているのは詞だけではない。

 明乃も目の前の光景に一歩下がった。


 明乃のポジションはタンクだ。

 同じ役割の冒険者のあっけない死亡。

 もしあそこにいたのが、自分だったら。

 その恐怖は、同じ役割を担うものであるからこそ――重い。


「そういう……ことか」


 景一郎はそう漏らした。

 

「やっと……このダンジョンのテーマが分かった」


 統一感のないように思えたモンスター。

 だが思えば、これらのモンスターは同じ特徴を有していた。




「このダンジョンは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 一度の被弾が深手になる。

 そんなモンスターばかりが出てきていたのだ。

 種族ではない。属性ではない。

 ――能力値。

 彼らの共通項は攻撃力だったのだ。


 戦いが始まって5秒も経たずに死人が出てしまった。


 景一郎はどこか現実感がないように思えていた。

 質の悪いジョークを見せられているような気分である。


 最前線に身を置いてきた彼でさえそうなのだ。

 他の面々の精神状態がどうなのかなど、考えるまでもない。


(攻撃力の高いモンスターだけが住むダンジョン。だからここのボスがアイツなんだ)



「アイツは……デスマンティス」



 景一郎はそのモンスターの名前を絞り出した。


(Aランク最強の攻撃力。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 デスマンティスの大鎌は、高ランクの冒険者が相手でも一撃で命を刈り取る。

 その脅威から、冒険者の間では【執行者】とも呼ばれる化物だ。


 レイドは最悪の幕開けに――



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