雪章 1話 蕾
「お兄ちゃんって、ぶっちゃけあの4人とどんな関係なの?」
月ヶ瀬詞がふとそんなことを切り出した。
白い肌と黒いゴスロリ服。
成人したためか、その顔立ちには色香のようなものが見え始めている。
加えて言えば、ここはビーチだ。
冬という肌寒さがあるものの、白い砂浜からの眺めは絶景。
そんなところで逢瀬しているとなれば、それは男冥利に尽きるのであろう。
――もしも詞が『彼』でなかったのならば。
「――神と使徒。まあ、主従関係……なのか?」
影浦景一郎は手元の本から視線を外し、そう答えた。
詞たちと再会したことで、こちらの世界に滞在できるようになってから3年。
最近は読書などの娯楽も楽しめるようになったおかげで、随分と退屈する時間は減っていた。
「絶対、分かってて話逸らしてるでしょ?」
不満そうに詞が頬を膨らませる。
「…………」
静かに景一郎は本に目を向けた。
詞の質問の意図。
当然――分かっていた。
「付き合ってるの?」
「付き合いっていうなら、一生の付き合いで間違いないな」
そんな風にとぼける。
鋼紅。
糸見菊理。
忍足雪子。
グリゼルダ・ローザイア。
4人は使徒として、景一郎とともに永遠の戦いへと臨むこととなった。
それを差し引いても、彼女たちが特別な存在であることは間違いない。
「また話を逸らしてばっかりだぁ。ちゃっかり娘こしらえたくせにぃ」
「こしらえた言うな」
痛いところを突かれた。
景一郎は視線を逸らす。
それが満足だったのか、詞は得意げな表情を浮かべていた。
「大体、あのメンツを見てたら分かるだろ。そういうことしても角が立つだけだって」
紅を始めとした【聖剣】はお世辞にも社交的といえる性格ではない。
それに加え、グリゼルダも気位が高い。
相性がいいわけもなく、今の関係に落ち着くまで相応の時間を要したのだ。
ここからさらに関係を崩すことがあれば今度こそ血を見ることになる。
いや――血は前回も見た気がする。
「なるほどなるほど。だから全員と平等に関係を持ったと」
「関係を持っては――持ったとか言うな」
「なぜ言い直した」
詞の視線が側頭部に刺さった。
「そもそも、なんでこう……そういう話になるんだ?」
どうにも気まずい。
景一郎はあえて音を立てて本を閉じた。
そして問う。
ここは景一郎が守護するオリジンゲートがある島。
当然ながら歩いて来ることができるような場所ではない。
さらにいえば詞はSランク冒険者ということもあり多忙だ。
忙しい合間を縫って、そんな雑談をするために来たわけではあるまい。
そう予想しての問いかけ。
対して詞の反応は想像よりも大きなものだった。
「まあ……あれだよ」
詞の目が左右に泳ぐ。
急に落ち着きがなくなり、気を紛らわせるかのように指先を絡めている。
「?」
「うちって、女の子ばっかりだからねぇ。そういう話ってあんまり聞けないでしょ?」
力なく笑う詞。
「確かにそうだな」
彼の言いたいことは分かる。
それに景一郎が離脱した今、【面影】にいる男性は詞だけなのだ。
何かと困る部分は多いだろう。
「だからちょっと参考にしたいなぁだなんて思っていたんだけど、お兄ちゃんの場合はちょっと例外臭いよねぇ」
「自分で言うのもなんだけど、あんまり普通の関係ではないだろうな」
それも同意見。
自分で言うことではないかもしれないが、景一郎を取り巻く環境は少しばかり――いや、実際のところかなり常識を外れているだろう。
少なくとも『一般的な意見』というものを返してやれる自信はない。
「むしろ小学生のころからあそこまでアプローチされておいて誰とも付き合ってなかったってビックリだよ。お兄ちゃんって本当に男の子なの? ひょっとして、ボクって結構ピンチだったのかな?」
「うるせぇ」
心外である。
取り巻く環境が普通でなかったなりに、自身の感性は普通だったはずだ。
――おそらく。
「……ていうことはアレか? もしかして恋愛相談的なことをしようとしてたのか?」
だとすると納得もできる。
恋愛相談を異性にするというのはハードルが高い。
多少の手間をかけたとしても、景一郎に会いに来る理由には足りるはずだ。
「そうだったんだけどねぇ。うん。お兄ちゃんの意見ってアテにならなそうだなぁ」
詞はそんなことを言いながら意地悪く笑う。
完全にからかわれていた。
「そうか。力になれなくて悪かったな。じゃあ寝るわ」
もっとも、そこで泣き寝入りする景一郎ではなかった。
寝てはいるけれど。
「ちょっと待ってよぉぉぉ! なんで興味ゼロなのぉぉぉ!? 普通、ボクたちくらいの間柄になるとそういうの気になっちゃうでしょぉぉぉ!?」
「親しき中にも礼儀あり。俺たちくらい固い絆で結ばれていても、面倒臭いプライベートには踏み込まないのが大人な関係だろ」
「面倒臭いって言っちゃってるよ! どう考えても関わりたくない理由って礼儀とか絆じゃないよねぇ!?」
詞に泣きつかれ、億劫な気持ちを押さえて景一郎は身を起こした。
しかしこれまでのやり取りでも分かるように、彼が伝えることのできるアドバイスなど大したものではない。
結局のところ、あのまま寝続けていても大した違いはなかっただろう。
とはいえ同じ戦場を駆けた仲間からの相談。
無下にもできない。
「まあ……そうだな。あえて言うなら、同じパーティの奴とかじゃなければ他はどうでも良いんじゃないか? 同じパーティとかだと分裂のキッカケになったりするから、あんまり推奨はできないな」
「ふぇ」
見聞きしただけの一般論。
景一郎にとってはブーメランになりかねないアドバイス。
それに対する詞の反応は――予想と食い違うものだった。
「……お前マジか」
景一郎は自分の表情が引きつるのを感じた。
この反応。
さすがに察してしまう。
おそらくだが――
「なあ、詞」
「は、はい」
「お前もしかして……付き合ってる相手とかいるのか?」
「……はい」
詞が絞り出すように答えた。
頷いたまま彼の顔は下に向けられたままだ。
どうやらかなり痛いところを突いてしまったらしい。
「…………誰だ?」
景一郎は意を決して問いかけた。
面倒ごとの予感しかしない。
だが、これを避けて通るわけにもいかない。
「実は、ちょっと前から――」
詞は答える。
景一郎にとっても聞き馴染んだ名前を。
「――透流ちゃんと付き合ってます」
終章エピローグの時点で詞と透流の距離感が微妙に近いことに気が付いた人はどれくらいいるか――




