Extra Episode3 飾らない気持ち2
「――――――」
沈黙が続く。
一歩は踏み出した。
だが、それだけ。
その一歩の先には、もっと大きな段差が待っている。
勇気を振り絞っても、言葉が出るまでに至らない。
「……どうしたん――「ちょっと黙って」……おう」
香子に制され、景一郎は気圧された様子で引き下がる。
――こんな言葉は簡単に出てくるのに。
肝心な言葉はいつも喉に絡みつく。
「…………はぁ」
香子は大きく息を吐きだした。
自分への不満が募るばかりで、気持ちが落ち着くことはない。
「ホント、嫌になるわ」
自己嫌悪に頭を抱え、彼女はその場でしゃがみこんだ。
事ここに至って何をしているのか。
愚かしいなんて言葉では言い表しきれない無様だ。
「悪い。なんか言ったか俺?」
「別に。嫌になるってのはアタシの話だから」
顔を下げたまま香子は手を振って景一郎を追い払う。
再び息を整え――
「……ねぇ」
彼女は俯いたまま話し出す。
きっと、顔を挙げたら言葉が止まってしまう。
だから今は顔を伏せたままで。
「あの戦いの後、さ」
ぽつり、ぽつりと。
思い出すように言葉を紡ぐ。
忘れるはずもない鮮明な記憶を。
「あれからアタシ、ちゃんと考えてみたんだけど」
景一郎がこの世界からいなくなると知った時のこと。
彼が、消えていくのを見送った時のこと。
あの時の偽らざる気持ちを口にする。
「アタシ……アンタのことが好きだった」
取り繕ってばかりで、認めてこなかった感情。
それを告げた。
「感謝とか憧れじゃなくて、ちゃんと恋愛感情だった」
命を、大切な場所を。
救ってくれた人だから。
それに対する想いを、恋愛感情と誤認しているのではないか。
自分の感情はそんな錯覚なんじゃないか。
そう思ってきた。
「同じ世界で生きられないならって思ってたけど……気持ちを伝えなかったこと、正直後悔してた」
使徒としてこの世界を離れる覚悟がなかった。
その癖に、想いを告げて満足するなんて赦されない。
そう思っていた。
「ずっと会えなかったらいつか忘れられるって思ってたけど、無理だった」
7年の歳月が過ぎた。
他の誰かを想うことなんてできなかった。
再会しても、景一郎への感情は色あせていなかった。
それを知ってしまった。
「一生ついていく覚悟もなくて、一生会えないからって伝えなくて――それなのに、もう一度会えたから伝えようだなんて虫が良いかもしれないけど」
だからこそ、新たな葛藤が生まれた。
使徒として永遠を歩みたいと言えなかった。
そんな自分が言い捨てるように告白するなんて赦されないと思って諦めて――後悔した。
それでまた景一郎に会えたとして。
後悔を埋めるように気持ちを伝えるなんて、都合が良すぎないか。
取り返しのつかない選択の末に後悔したのだ。
偶然やり直す機会を得たからと言って、これ幸いに手を伸ばすのは恥知らずが過ぎないか。
そう思ってしまう。
「アタシは……影浦景一郎のことが好き。初めて会った時から、今日まで……これからも」
だけど、諦めよう。
綺麗なフリをするのは。
自分の気持ちを飾り付けるのは。
正直な恥知らずになる。
そう決めた。
「香子……」
「――ってわけで、この話は終わり」
――香子は顔を上げた。
今の自分は笑えていると信じて。
もっとも、どうせ仏頂面なのだろうけれど。
彼の前では、いつもそうだったから。
「は?」
「別に、返事なんてどうでもいいのよ」
香子は自嘲する。
「あの戦いの中で、全部を捨ててでも一緒に行きたいって言えなかった時点で、アタシはもうアンタと一緒にいる権利をなくしたのよ」
【聖剣】やグリゼルダ。
あの4人と一緒に景一郎と並び立つ権利を失った。
彼のために捧げられるものの大きさの違いを見せつけられた。
「そんなこと、別にないだろ」
「あるわよ。少なくともアタシ自身がそう思ってる。この100年間だけでもなんて甘ったれた覚悟じゃダメなのよ」
景一郎はこれから100年間、この世界の守護神となる。
香子の一生を優に超えるであろう期間。
彼と添い遂げる――いや、添い遂げたつもりになることは可能だろう。
「だからこれで終わり。アタシがアンタを好きだって気持ちを自覚して、伝える。それで終わり」
でも、そうしたらまた後悔してしまう。
後ろめたさを感じたまま共に生きていこうとしたのなら、この再会さえも穢してしまうことになる。
「……ありがとう。戻ってきてくれて」
だからこの告白は決別だ。
自分の中にある未練を断ち切るための敗北宣言なのだ。
「おかげで――ちゃんと失恋できそうよ」
次回更新は少し間が空く予定です。
今度は少し長めの話になるかと。




