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終章 エピローグEND 世界は陰ることなく

 それは7年ぶりの太陽だった。

 神となったせいか、日光を浴びない生活を続けても景一郎の肉体が不調を訴えることはなかった。


 だが、これは気分の問題だ。

 ダンジョンに数日こもるのとは次元が違う。


 言葉にならない清々しさ。

 つくづく人間は日の下で生きる生物なのだと思い知らされる。

 ――もう人間ではないけれど。


「ん。シャバの空気は美味い」


 雪子が大きく伸びをする。

 彼女の姿は7年前と寸分違わない。

 それは彼女が使徒であるがゆえ――ということにしておく。


「俺たちは犯罪者か」

「懲役7年だった」

「なんか本当にそうだったような気がしてくるからやめろ」


 もしそうだったなら酷い扱いだ。


「あ、えっと……雪子さん」

「ん」


 心も言動も変わらないままの雪子。

 そんな彼女へと躊躇いがちに歩み寄るのは透流だった。


 透流は落ち着かない様子で視線をさまよわせている。


「……これは」


 遅々として始まりさえしない会話。

 すると雪子の視線が下へと向かい――


「この女……ついに乳を隠すことをやめ、私の上位互換を狙い始めてる。えんがちょ、えんがちょ」


 彼女はそう吐き捨てた。


 不死であり不変となった雪子とは対照的に、透流の心身には7年の時が刻まれた。

 低めの身長は平均に追いつき、髪も伸びている。

 そして、以前は押さえるようにして隠されていた膨らみは――服越しでも分かるようになっていた。


「え、ぇえええっ……!?」


 とはいえ、そんな理由で邪険にされるとは思わなかったのだろう。

 透流が困惑している。


「少しはファンを大切にしろ」


 あまりにもしょうもない八つ当たり。

 とりあえず、雪子の頭へと軽くチョップを打ち込んでおいた。


「眩しいですね」

「随分、太陽と縁遠い生活をしていましたから」


 呆れるようなやり取りに関わることなく、紅と菊理はそんなことを言い合っていた。


 この島は景一郎たちにとっても初めて訪れる場所だ。

 だから懐かしいはずがない。

 なのに『帰ってきた』という認識がある。


 そのせいか。

 彼らはすべての景色を目に焼き付けるように周囲を見回しながら歩いていた。


「目が痛いな」


 グリゼルダが目を細める。


 久方ぶりの日光。

 それを懐かしむ反面、どうにも目が馴染めていない。

 彼女が語る通り、この世界のまばゆさは目に刺さる。


「ん。景一郎君の世界、超薄暗かった。じめじめしてた」

「風評被害やめろ。その言い方だと、俺が根暗なせいであそこが暗かったみたいに聞こえかねないだろ」


 別にあの【魔界顕象】は彼の精神性を反映しているわけではない。

 あくまで彼の中にあった因子が具現化したものなのだ。

 声を大にしてそう言いたかった。いや、言った。


「そういえばリゼちゃんも【聖剣】の人たちとわりと馴染んでるっぽいねぇ」


 彼女たちのやり取りを遠目に眺めていた詞がそうこぼす。


 以前から察していたことだが、グリゼルダと【聖剣】の間には深い、あるいは高い隔たりがあった。

 犬猿の仲、というほどではない。

 だが牽制する仲、といえるくらいには不仲。

 そんなところか。


「今となってはな。それ関連の話で最初の1年間は苦も無くに潰せたとだけ言っておく」

「うっわぁ……大変だったんだねぇ」


 だが7年も同じ空間で過ごしたのだ。

 それもたった5人で。

 そうなれば自然と打ち解ける。


 妙に波長が合わなかっただけで、別に誰かが特段の問題を抱えていたわけではない。

 彼女たちの間柄は時間で解決するものだったのだ。

 なお、そこに至るまでにかかった労力からは目を逸らす必要があるけれど。


「そういえば、ここまでどうやって来たんだ?」


 景一郎は詞に問う。


 ここは島だ。

 さすがに歩いてきたわけではないだろう。

 走ってならば――不可能と断言はできないのかもしれない。


「船だよ。明乃ちゃんが用意してくれたやつ」

「なら、俺たちが乗るスペースは充分にありそうだな」


 景一郎は安堵した。

 当初、詞たちは彼らの存在を考慮していなかったはず。

 だから帰り道で人数が増える可能性など思ってもいなかったのではないかと考えていたのだ。


 もしヘリ移動だったりしたら、快適とは程遠い帰路となるところだった。


「船、ですか」

「どうしたんだ?」


 妙に含みのある紅の言葉。

 景一郎が問い返せば、彼女の視線が進行方向へと向かう。


 今、彼らは日本へと帰ろうとしている。

 ならば必然、歩いている先に帰りの船とやらが存在するはずだ。


 まあ意外だったことといえば――


「いえ、確かに船ではあるみたいですね……と」


 ――景一郎たちが想定していた船の数倍は大きかったことくらいだ。


「……そういうことか」


 確かに船は船だ。

 空も飛ばないし、陸も走らない。

 定義上は間違いなく船だろう。

 ただ、一般人がお目にかかるような代物ではなかっただけで。

 今から世界一周旅行にでも出かけるのかと思ってしまうくらいに。


「いつからオリジンゲートは観光地になったんだ?」

「いやいや。あの船にはボクたちしか乗ってないよ?」


 船を前にして立ち止まった景一郎に詞が答える。

 予想はしていたが、どうやらあれは豪華客船ではなかったらしい。


 ――まさか、神になってなお他者とのスケール感の違いに打ちのめされる日が来るとは。


「実際、魔都のオリジンゲートは本当に観光地になったみたいだけど」


 香子がぼそりと呟く。

 ちなみに、視線どころか顔さえも景一郎へと向けられていない。

 むしろ後頭部しか見えていない。


 以前はダンジョンが頻発していたことにより一般人の立ち入りは少なかった魔都。

 しかし異世界へと続くゲートという触れ込みはあまりに刺激的すぎたのか。

 どうにもダンジョンという脅威だけでは世間の好奇心を抑え込めなかったらしい。


「ん。久しぶりに船を見たから大きいのかどうか判断がつかない」

「いや。普通にデカいだろ。どうして7年くらいでそのレベルまで常識を忘れてるんだよ」


 すでに人間社会の常識を投げ捨てつつある雪子だった。

 さすがに冗談だとは思うけれど。

 いや、場合によっては最初から常識を持っていなかった可能性もある。

 ――あまり強く否定できない仮説だった。


「そういえば船には乗ったことはなかったかもしれませんね」

「そうなのか?」

「はい。ある意味、ダンジョンのほうが旅行よりも刺激的ですし」

「……ダンジョン攻略と旅行は一括りにして語るものなのか?」


 菊理の微笑み。

 一方でグリゼルダは少し引いているようだった。


 20年以上この世界に生きてきた身として。

 はたして異世界人よりもこの世界の常識に疎いのはどうなのか。

 議論の余地がありそうだった。


 とはいえ、菊理が言いたいことも分からないわけではない。


 ダンジョンは禍々しい景色もあれば、息を呑むほどに幻想的な絶景もある。

 危険度に目を瞑れば、確かに秘境巡りと言えなくもないのかもしれない。

 それも、ダンジョンを容易に踏破できる実力があるからこそ可能な嗜みなのだが。


「いざ目の前に来ると想像のさらに倍くらいのサイズだな」


 森を抜ければ、ついに船との対面となる。

 木々の隙間からでも分かったその巨大さが、結局はただの想像に過ぎなかったことを思い知らされる。

 ――本物は、さらに圧倒的だった。


 ここなら7年どころか10年住める。

 そう思えるほどに豪華な船。


 その側面からは金属製の橋が伸び、島へとつながっていた。


「それでは、ご覧くださいませ景一郎様」


 明乃は先行すると船と島をつなぐ橋に乗り、振り返る。


 対面した彼女の表情は笑顔だった。

 だが、それが表す感情を喜びとまとめてしまうのは間違いだろう。


 まさに万感。

 幸福と歓喜。この時に至るまでの欠如。

 良し悪しも善悪も白黒も明暗も。

 笑っているようで泣いているようで。

 一括りに出来るはずもない感情を浮かべていた。


 ゆっくりと明乃は手を伸ばす。

 影浦景一郎の物語が始まった日のように。



「貴方が守った世界を」



 だから景一郎は、その手を取った。


 ひとまず物語はここで一旦終了となります。


 ここからはExtraEpisodeとして不定期更新の予定です。


 次回は11月11日更新予定です。おそらく数話更新して、再び間をおいて更新という形になるかと。

~更新スケジュール(暫定)~

・神の眼、人の手、鬼の業(1話)

・飾らない気持ち(1~2話?)

・白雪に誓う(話数未定)

 といったタイトルになる――かもしれません。


 面白かった! 続きが気になる!

 そう思ってくださった方は、ぜひブクマ、評価、感想をお願いいたします。

 皆様の応援は影浦景一郎の経験値となり、彼のレベルアップの一助となります。

 


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