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終章 エピローグ4 世界の裏側で貴方は

「俺は皆と歩いてきた道に――その結末に後悔なんてない」


 それが、影浦景一郎がこの世界へと遺した最後の言葉だった。



「それじゃあ新人研修を始めるカラ」

「――――――」


 景一郎は呆けた顔でリリスの前に立っていた。


 そこはすべてが空だった。

 壁も地面もない。

 ただただ薄ピンクの世界が広がっている。

 なにも存在しない。

 世界の余白、あるいは白紙部分とでも表現したくなる世界だった。


「返事とかないワケ?」


 リリスは腕を組み、そう問いかけてくる。

 特段苛立った様子はない。

 だが特別でないだけで、そもそも日頃から彼女の気は短い。

 このまま無言を貫くのは得策ではないだろう。


「……なあ」


 とはいえ状況が呑み込めない。

 だから投げかけることのできる質問など似たり寄ったりだ。


「どういう状況だこれ?」

「新人研修」


 状況説明。

 景一郎の要求に対しての返答は文字数にしてたった4文字だった。

 どれほどの行間を読めば、この状況を把握できるというのだろうか。


「おかしいだろ……!?」

「ハ? いちいち細かいんだケド。ハイハイ、分かった、分かった、言い直せばいいんデショ? ハイ新()研修、新神研修」

「漢字の間違いを指摘してるわけじゃねぇ……!」


 ――そんな細かいところは気にしていなかった。


 彼の心の叫びもむなしく、リリスは手を打ち鳴らして話を強制的に終わらせてしまう。


「いや、なんか救済の神になって世界の破滅を防ぐ戦いを永遠に――とかいう触れ込みだっただろ……! なんだよ研修って……!」


 現在過去未来、あらゆる並行世界で世界を救い続ける。

 それはまるで世界平和のための生贄。

 景一郎はそんな存在となるのだと――覚悟していた。


 想像と現実。

 当初の想定とはあまりに違う滑り出しに戸惑いを禁じ得ない。


「ハ? じゃあ今すぐやれって言われてちゃんと世界救えるワケ?」

「唐突な正論パンチやめろ。俺がしょうもない理由でゴネてるみたいになるだろ」


 ――ぐうの音も出なかった。

 世界を救うために戦うという覚悟はあれど、現実的な手段など彼は持っていないのだから。


「ま、アタシの時はいきなり戦場に放り込まれたけど」

「……てことは、俺の想像のほうが通例だったんだな」


 本人を目の前にして思うことではないかもしれないが、比較的ながら彼は恵まれた状況だったらしい。

 神となった今でさえ自分の力を把握しきれていないのだ。

 この状態で世界を渡り歩くのは、正直なところ荷が重い。


 それに、景一郎には共に歩いてくれる仲間がいる。

 独りで、何も分からないままに救済を始めることになった彼女とは違うのだ。

 底辺争いのようでため息が出そうだが、運が悪い中ではマシな部類だったのだろう。


「そもそも救済の神が2人同時に存在していた時期なんて存在しないワケ。だから、わざわざお勉強期間を用意する余裕なんてなかったって感じなんだヨネ」


 リリスはそうぼやいた。


「それに、アンタの場合は同情の余地もあるカラ。少しくらい融通を利かせあげても良いよねってワケ」

「リリス……」


 同情。

 あの世界を守るとはいえ、選ばざるを得なかった選択肢。

 知らぬ間に選ばされていた未来。

 確かに同情に値するのかもしれない。

 だが――


「正直、誰かに同情とか絶対しないタイプだと思――痛い……!」


 ――彼女に同情なんて感性があるとは思えなかった。


 そんな感想の返事は膝で返ってきた。

 鼻が折れなかったのはせめてもの優しさだと思っておこう。

 幸い、鼻血は出ていなかった。


「女神っていうのは、本来は正義感だとか自己犠牲の心で選ぶ道だカラ」

「俺の知ってる女神にはどっちもなさそうなんだけどな」

(来るか……!?)


 さすがに何度も繰り返してきたやり取りだ。

 ここに至れば少しくらい学びもする。

 景一郎は腕を交差させ、来るであろう暴力に備えた。

 

(? 今回は来ないのか)


 しかし何も来ない。

 どうやら話をいちいち途切れさせるのは避けたかったらしい。


 そもそもこちらは説明を受ける側なのだ。

 へそを曲げて黙られてしまえば困るのも景一郎。

 彼はおもむろにガードを解き――


「ぐ……!?」


 ――蹴られた。

 どうやらガードを解除するタイミングを狙われていたらしい。


「確かに、アタシにそういう崇高な思想なんてないから否定できないけどネ」

「否定できない奴が出して良い威力じゃなかったぞ。今の蹴り」


 鼻血は出なかった。

 これは幸運というより、ギリギリを狙いすました力加減の賜物だろう。

 ありがたくはないけれど。


「そういうわけで、選びたくて選んだわけでもないアンタには、ちょっとだけ同情をかけてやろうって話」

「というと?」


 景一郎は首をかしげた。


「新人にいきなりすべての世界を担当しろなんて言っても無駄だろうし、まずは100年の間、1つの世界を守れば良いってことにしてアゲル」


 そうリリスが宣言する。

 1つの世界を100年間守れ。

 そう言われ、その意図を理解できないほど鈍くはない。


 リリスは言っているのだ。

 あの世界に戻ることを許す、と。


 人と神。

 種族が別たれたとしても。

 同じ時を生きられなくなったとしても。

 家族を、仲間を、友を。

 看取る権利くらいは許そう、と。


 永遠に終わらない戦いに挑むのだから。

 少しの猶予期間くらいは融通すると言っているのだ。



「てわけで、あの世界を100年守ってくるのがアンタの役目だカラ」



 そう彼女が手を払うように揺らすと、景一郎の足が薄らぎ始めた。

 透き通り、消えてゆく身体。

 溶けるように消えてゆく姿は、仲間たちと別れたときの光景と重なる。


「ま、マジか……!」


 一方で景一郎は喜色を――見せることができない。

 無論、嬉しくないわけではない。

 不可能だと諦めていたからこそ、嬉しいという感情そのものは湧いてきているのだ。

 しかし――


「正直ありがたい気遣いだし、嬉しいって気持ちもあるけど! あの雰囲気で別れてから数分で再会とか普通の神経じゃとても――」


 ――あのような別れを交わして、5分後に何食わぬ顔で再会できる人間なんているのだろうか?



「――って感じだな」

「そんな理由で7年もこの島に引きこもってたの!?」


 聞かされた7年越しの裏事情。

 詞の悲鳴じみた声が部屋に響いた。


「でも、あの別れから会いに行くのはちょっと……難しいだろ。気分的に」

「分かるけど! すっごく分かるけども!」


 分かる、すごく分かる。

 おそらく詞が景一郎と同じ立場だったのなら、すぐさまベッドに飛び込み、頭から布団をかぶり、声にならない悲鳴と共に足をバタつかせていたことだろう。

 分かる、分かるのだが――


「皆と歩いてきた道に後悔はないけど――最後に遺した言葉はわりと後悔した」

「晩節穢しやめて! 僕とお兄ちゃんの綺麗な決別の記憶を穢さないで!?」


 そう叫んでしまうのは仕方がないことだろう。


 もうすぐ終章エピローグも終わり、景一郎がこの世界で過ごす100年の話になる予定です。

 続くExtra Episodeは多分ですが不定期更新となります。

 今のところ長さとしては10話くらいあるかどうか――という感じで。 



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