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終章 エピローグ1 貴方のいない世界で

 本編から約7年後――

 日本。

 かつて東京と呼ばれた都市――魔都。

 そこには高難度のダンジョンが頻発する。


 そして今日もまた、とあるダンジョンが攻略されていた。


「【面影】が戻ってきたぞ!」


 そう声を上げたのは誰だったのか。

 そんなことは分からない。

 

 なにせ数十人の冒険者がダンジョンの周囲に殺到しているのだ。

 声の主など特定しようがない。

 

 ――大勢の前で『紫』のゲートが揺らぐ。


 それは異世界からの侵攻を退けてから――7年前から世界中で発生し始めた新しいダンジョンの入り口だった。

 最低でもSランクという狂気の難易度。

 しかも、数日ごとに同難易度のダンジョンを複製し増殖してゆく性質。


 その発生時期もあって紫のダンジョン――アビスダンジョンは、新たなステージに踏み出した人類へと課せられた神の試練などと囁かれている。


 大国でさえ対応に苦慮している新生ダンジョン。

 しかし日本に発生していた最後のアビスダンジョンが今日――クリアされた。



「どうなってるんだ!? 速すぎるだろ!」「Sランクダンジョンをクリアするのに1時間かからないなんてあり得るのか!?」「そもそも1つのパーティでクリアできるのか……!?」


 そこにあるのは動揺。


 その難度ゆえに、冒険者を総動員してもダンジョンの増殖スピードに追い付けていないというのが各国の現状だ。

 にもかかわらず、あのパーティは常識外れのペースでダンジョンを駆逐したのだから。


「出てきたぞ!」「【面影】だ!」「ほぼ無傷じゃねえか……!」


 非常識すぎる偉業。

 それを為した存在を目に焼き付けようと、冒険者たちの視線がダンジョンから帰還した4人へと向けられる。


 ――【面影】のリーダーであり【残影女神(スカアハ)】月ケ瀬詞。


 先頭に立つのは夜色の髪をした人物。

 腰まで伸びた髪は歩みに合わせて揺れ、艶やかに光を跳ね返す。

 起伏の少ない体形でありながら、黒いドレスを着こなす姿には色香さえ感じさせた。


 ――【聖戦騎士(ヴァルキュリア)】冷泉明乃。


 流れる金髪に深紅のドレス。

 詞が纏うのが妖しさだとするのなら、彼女が纏うのは太陽のごとき華麗さ。

 彼女を見ているだけで、ひざまずくことが当然であるかのような錯覚を起こしてしまう。

 それはおそらく、冒険者という枠に収まらない彼女の活躍ゆえの風格なのだろう。


 ――【魔弾(フライシュッツ)】碓氷透流。


 白雪を思わせる銀髪をバレッタで束ねた少女。

 そこに表情はなく、容姿も相まって触れれば消えてしまいそうな儚さがある。

 軍服という厳格な雰囲気のある装備を身に着けていながらもその印象に変わりはなく、彼女の姿を見たものの多くは『妖精』という言葉を思い浮かべただろう。


 ――【生々流転(しょうじょうるてん)】花咲里香子。


 赤い髪を肩あたりで切り揃えた女性。

 見世物のように視線にさらされていることが気に食わないのか、彼女は少し眉を寄せている。

 その姿は分かりやすく強者。

 発する空気に宿る力の片鱗。それだけで相手に理解させる。

 戸惑いを欠片も感じさせない歩みは周りにいる者たちの本能に語りかけ、一瞥する必要さえなく人波を退けた。


「あれでフルメンバーじゃないっていうんだからな……」


 Sランク4人で構成された日本最強のパーティ。

 いや。あるいは世界最強かもしれないパーティ。

 そんな女性たちの背中を見送っていると、ふとそんなつぶやきが漏れた。


「……Sランクダンジョンの攻略ですよ? メンバーが揃ってない状態で潜ってたんですか?」


 そんな問いが投げかけられる。

 

 冒険者は入れ替わりの激しい世界だ。

 7年前の【面影】を――世界の命運をかけたあの戦いを知らない世代がいるのも仕方がない。


「ああ……いや、俺が言ってたのは前の【面影】の話だよ」


 だが、どうにも目に焼き付いて消えない。

 今の快進撃を見ていてなお、あの日の面影が消えない。

 あの決戦に参加していた者たちにとって――『あの男』は別格なのだ。


「前の……?」

「いたんだよ【面影】には」


 7年前の戦いを最後に消えた冒険者。

 死んだのか、引退したのか。

 それさえも分からない。



「――絶対的なリーダーってやつが」



 もはや歴史ではなく伝説の一幕となった――【勇者】とでも呼ぶべき男の行方を知る者は、ここにはいなかった。



「皆揃ってオフだなんて珍しいよねぇ」


 潮香る風に詞の髪が揺られる。

 彼は影で作ったパラソルの下でくつろぎ、水面を眺めていた。


 現在、彼を含めた【面影】の面々はフェリーに乗っている。

 

 フェリーと一言で言っても、これは明乃が用意したものだ。

 当然のように一般人がお目にかかるような代物ではない。

 もしこの船に宿泊するツアーがあれば、数日と待つことなく平均年収レベルの大金が吹き飛ぶだろう。


 もはや海を渡る高級ホテルとでもいうべき船。

 そこにいるのは乗組員を除けば詞たちだけだというのだから贅沢な話だ。

 

「…………そうですね」


 透流はそう言いながらストローでジュースを飲む。


「ん……」

「はい、どーぞ」

「……ありがとう」


 詞が少し横にずれると、彼女は肩を寄せ合うようにして日陰に体を押し入れた。

 季節は夏。

 いくら冒険者として強靭な肉体を手にしても、肌を焼くような日差しは女性の敵なのだ。

 

「てか、これってこんな人数で乗る船じゃないわよね」


 欄干に体を預けた状態で香子はそうぼやく。


「なんというか、こんな贅沢をしていても驚かなくなってきたあたり金銭感覚がちょっと狂っちゃった自覚が出てきちゃうかも」


 詞は遠い目でそう漏らした。

 彼らがSランク冒険者に任命にされたのはあの決戦の直後。

 4人のSランク冒険者を失った穴埋めに近い形で与えられた立場だ。


 そしてここ最近までは政府からの依頼でアビスダンジョンの完全制覇を任されていた。

 忙しさに関しては魔都の復興に尽力していたころが可愛く思えてくるほど。

 半面、それによって与えられた報酬は莫大なものだった。

 それこそあと5回ほどニート人生を満喫しても使いきれそうにないほどに。

 ――おかげで健全な金銭感覚を見失いつつある気がする今日この頃。


「この船、うちのボロ旅館より絶対高いと思うんだけど」

「なんなら……山ごと買えそう」


 透流の言う通り、この船を買えるだけの代金となれば山を丸ごと買い占められてもおかしくない。

 香子の旅館に関しては――誤解を恐れずに言えば、貸し切りの状態を1か月続けたとしてもこの船の代金どころか数泊程度の金額で収まるだろう。


「一応観光地として成り立ってるし、さすがに大丈夫だと……思うよ?」

「あたしのほう見て言わないでくれる?」


 とはいえ曲がりなりにも観光地。

 さすがに山ごと買われる心配はないはずだ。

 ――もっとも、今やあのあたりの経営は冷泉家が行っているのだから、すでに傘下に入ったようなものではあるのだけれど。


「――そろそろ目的地に到着いたしますよ」


 そう言って甲板に現れたのはナツメだ。


 あの決戦から7年。

 彼女が忍足雪子の師匠だったことを加味するとそれなりの年齢のはずなのだが、その容姿は――と言及するべきではないのかもしれない。


「あ、もしかしてあの島がそうなのかな?」


 詞はフェリーの進行方向へと目を向け、ある島を見つける。


 一見すると何の変哲もない島。

 周囲の気候が荒れているわけでも、断崖絶壁に囲まれているわけでもない。

 ただそこにあるだけで、特に周囲を拒絶するような威圧感はない。

 しかし、聞いていた話に偽りがないのなら――


「ええ。あそこが目的地ですわ」

 

 ナツメの後ろにいた明乃がそう答える。


 今日は珍しく――いや、新生【面影】が発足してから初めてメンバー全員が自由を確保できた日。

 だが、だからといってただ遊びに来たわけではない。

 彼らはあの島を探索するためにここを訪れたのだ。


「最果ての楽園。地図にないのはもちろん、あらゆる機器であろうと観測できない。そんな不可思議な島ですわ」


 あの島は見ているだけでは普通でしかない。

 しかし、あの島は多くの異常を纏っている。


 まず、目視以外の方法で観測できない。

 衛星からの映像も、【遠視】スキルもこの島を見つけることは叶わない。

 おおまかな位置は分かっていても、地図上の正確な位置は解明不能。

 派遣された調査チームが1週間かけても島を発見できなかったことから、何者かの幻術による産物なのではないかとさえ言われる幻想の場所。


 自ら足を踏み入れる者以外をことごとく拒絶する。

 そんな島なのだ。


「そして――こう言われていますの」


 彼女たちがそのようないわくつきの場所を訪れたのには理由がある。

 


「――――世界の境界線、と」



 この世界に、()()()のオリジンゲートがある可能性を危惧したからだ。


 私の別作品を読んだことがある方はご存知かもしれませんが、終章のエピローグは何話か続きます(今作は短めの予定ですが)。



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