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終章 46話 貴方は面影だけを遺して

 影浦景一郎は目覚めるとすぐに詞たちから決戦後の話を聞いていた。

 復興の状況。

 そして、彼の身に起きた異変の理由を。


 彼らの言葉を借りるのならアップデート、だろうか。

 どうやらそれは問題なく終わったようで彼の体に不調はない。

 加え、彼が起きるとすぐに紅たちも目を覚ました。

 景一郎だけならばともかく、彼女たちの異変も消えたということはアップデートも完了したと考えるべきだ。


「…………そうか」


 景一郎はベッドに腰かけたままそう漏らす。


 彼が眠っていたのは1か月。

 どうやら長い間、後始末を任せきりにしていたらしい。

 ――もっとも、これからも手伝えるのかは疑問だけれど。


 そんなことを思い、少し心が沈む。


「景一郎様」

「?」


 そんな彼の心情を察したのかは分からない。

 しかし彼が顔を上げたとき、そこには明乃が立っていた。


「少し、外に出ませんか?」


 彼女はそう提案する。


「まだ復興は終わっていませんが、見ていただきたいのです」


 魔都は相当な規模で破壊されていた。

 説明の際にも彼女たちはあえて触れなかったようだが、ここ最近の彼女たちは忙殺されていたはずだ。

 手を止める暇なんてなく、もしもあるのなら少しでも休みたい。

 そんな日々を過ごしていたことくらい予想がつく。


 なのに彼女はあえて提案した。

 

「――景一郎様が守った世界を」


 影浦景一郎は、この世界の姿を目に焼き付けておくべきなのだと。


「それじゃあ――」


 景一郎は腰を上げると、紅たちへと振り返る。


 この世界を去らねばならないのは彼女たちも同じこと。

 だから誘おうとしたのだが――


「私たちは別行動ですね」

「は?」


 意外にも、紅が口にしたのは断りの言葉だった。


「ん。これはニブニブ」

「景一郎さんらしいと言えばらしいのかもしれませんね」

「我に関しては本当に愛着がないというのもあるのだが」


 どうやら紅以外も同意見らしい。

 グリゼルダだけは少し理由が違ったようだが。


「景一郎」


 紅が一歩前に出る。

 そして景一郎と向き合った。


「貴方は【面影】として、この世界を見ておくべきだと思います」


 彼女は語った。


 【面影】の影浦景一郎として。

 これからも共に永遠を歩んでゆく自分たちとではなく。

 ここでもう会えなくなる彼女たちと一緒に街を歩くべきなのだと。


「……そう、かもな」


 ここでしか感じられないつながりを大切に。

 否定のしようがない。


 幼馴染と一緒に見納めになる故郷を見たいという気持ちはある。

 だが【面影】とは――景一郎の馬鹿な夢に付き合ってくれた彼女たちと同じ景色を見ることができるのはこれが最後なのだ。

 だから紅たちは、景一郎に1人で行けと言ったのだ。


「そういうわけで、みんな」


 紅たちに見送られながら景一郎は歩きだす。

 そして、病室の扉に手をかけた。


「一緒に、少し散歩しないか?」


 ――最後に、とは言わなかった。



「なんか、少し雰囲気が変わったか?」


 景一郎は周囲を見回す。


 建設途中の建物が並ぶ街。

 別次元というほどではない。

 だがかつての雰囲気を主軸に据えつつもどこか先進的な空気が醸されている。


「バベル・エンドのスキルで塗り潰された町並みは、彼女が亡くなってからも戻りませんでしたから」


 そう明乃は語る。


 バベルのスキルによって魔都は大きく様変わりしていた。

 まるで影のような黒い城下町。

 思えば確かに、バベルが死んでからもあの光景は元に戻っていなかった。

 どうやら復興はゼロどころかマイナスから始まっていたらしい。


「最初の1週間は、寝ても覚めても瓦礫の撤去だったよぉ」

「ん……大変だった」

「しかも『敵のスキルで作られた建物なんて危なくて使えない』とか言われて、残った建物まで全部壊す羽目になったし――面倒臭いのよ。やりたきゃ自分で壊せばいいでしょ」

「はは……」


 不機嫌そうに吐き捨てる香子。

 その姿に詞は苦笑していた。

 

 とはいえ異世界人が使った詳細、効果時間も分からないようなスキルをアテにしたくないという気持ちも分からなくはない。

 いざ復興を終えてから、いきなり建物が消滅しましたでは話にならないのだ。

 それに異世界のスキルである以上、こちらの人間に予期せぬ影響を及ぼす可能性もある。

 侵略に利用されたスキルなら特に、だ。


「元の景観を復元しつつ、新たな一歩も忘れない。そんな町並みにしたいですわね」

「その口ぶり……もしかして復興を任されてるのか?」


 景一郎の言葉に明乃がうなずく。


「ええ。復興委員会のトップはお爺様ですの。そこから委任される形で、わたくしが復興作業の指揮を執っていますわ」


 ――本当に、彼女は多芸というか、優秀な人間だ。

 少なくとも、景一郎が同じことをできるとは思えなかった。


「……大変、なんだろうな」

「でも、誰にも譲りたくない仕事ですわ」


 しかし明乃はそう答える。

 普通なら投げ出してもおかしくないような激務を前にして、笑みさえ浮かべる。


「だってここは、景一郎様が守った世界なのですから」


 彼女はそう言った。


「みんなで守ったんだろ?」

「ですが、その『みんな』は貴方なしでは集まりませんでしたわ」


 景一郎が加えた注釈。

 それに明乃はそう返す。

 彼女の言葉に異を唱える者はいない。

 当然と言わんばかりに頷いてさえいる。


「景一郎様と出会えたこと、冷泉明乃生涯最大の幸せとして胸に刻みますわ」


 明乃は胸に手を当て、噛みしめるように宣言した。


「最大って……あと何十年生きることになると思ってるんだ?」

「それを加味したうえでの発言ですわ。世界を救うだなんて、人生で2度も3度もありませんもの」


 くすくすという笑い。

 そこに口を挟んだのは詞と透流だった。


「ん……『今に思えば、それは盛大なフラグでしたの』」

「『冷泉明乃自伝・砕けない盾』より抜粋」

「変なモノローグつけてんじゃないわよ」

「あと勝手に自伝を出版しないで欲しいですわ」


 香子と明乃に突っ込まれ、二人はすごすごと退散した。


 そんな風に雑談は続く。

 特に目新しいところもない、本当に雑多なやり取り。

 心に残るような言葉なんて交わしていない。

 それでもきっと、この日の会話を忘れる日は来ないのだろう。

 そう思えた。


 だけど、そんな他愛のない日常にも終わりは来る。


「――そろそろか」

「景一郎様?」


 立ち止まった景一郎へと振り返る明乃。

 しかし、彼の視線はある一点に固定されていた。

 

 人通りの少ない路地。

 建物の陰の中で佇む一人の少女。

 生々しくも禍々しい――女神を名乗る少女がそこにいた。


「いや、むしろ少しだけでも待ってくれただけ感謝するべきなのか?」


 きっと彼女は迎えに来たのだろう。

 先輩として、新たに神々と並び立つこととなった景一郎を。

 

 不安げな目を向けてくる【面影】の面々。

 彼女たちを手で制し、景一郎は歩きだす。

 陰の中へ、リリスの前へと。


「――言い遺す言葉はあるワケ?」


 リリスは首を傾ける。

 その仕草は可愛らしいというよりも妖しさを感じさせる。

 不安定で不穏で、最後の最後まで女神にはとても見えない少女だった。


「正直、あんまりないな」


 景一郎はそう答える。


「言いたいことを言っていたらキリなんてないし、いまさら俺なんかが言わないといけないことなんて無い」


 続くのならこの日常を続けたい。

 だが、そんなことを言っても仕方がない。

 この世界を去る自分が上から目線で語りかけるような言葉はない。

 そんな言葉なんてなくとも、彼女は未来へと歩んで行ける。


「――強いて言うなら」


 だから1つだけ。

 1つだけ言い遺すのなら。


「これで最後だ」


 景一郎は【面影】へと言葉を遺す。


「お前たちがこの世界にいてくれる限り、俺が駆け付けなきゃいけないような未来はないって確信してる」


 それは信頼の言葉。



「だから俺たちは、もう会うことはない」



 そして、絶対的な別れの言葉。


 ――死後の世界でなら。

 そんな希望さえ許さない絶対の別れ。


 永遠なんてないという人間もいる。

 だがきっと、この別離だけは永遠になる。 

 永遠になってしまう。


「景一郎様」「お兄ちゃん」「景一郎さん」「っ……」


 駆け寄ろうとする明乃たち。

 だが、自然と彼女たちは足を止めていた。

 中途半端に伸ばされた手も、彼へと届かない。

 いや。

 届けたくなかったのか。


 ――景一郎の体が、少しずつ消え始めていた。

 彼女たちの指先が彼の体に触れたとき。

 ――触れなかったとき、それを想像してしまったのだろう。

 だから彼女たちは動けなかった。


 この世を去る者、残る者。


 両者の間は一歩。

 だが、それは踏み越えられないほどに隔たった一歩だった。


「俺は皆と歩いてきた道に――」


 ――捨てたものが軽かったとは思わない。

 ――だが、守れたものと釣り合わなかったとも思わない。

 人間としての生き方を捨てるに足るだけの――価値あるものを守れた。

 そう思っている。




「――その結末に、後悔なんてない」


 次回から少し時間が跳んでエピローグ。



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