表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

221/275

終章 43話 封鎖

 そこはまるで楽園だった。

 際限なく広がる芝生。

 虹色のシャボンが浮かぶ世界。

 

 オリジンゲート中層。


 オリジンゲートの最奥へと向かう光の階段の下。

 リリスはそこにいた。

 何をするでもなく、そこに佇んでいた。


 彼女は思い出す。

 戦いの結末を。

 

 結論から言うのなら――影浦景一郎は勝利した。

 彼はこの世界を守ったのだ。

 

 ならばリリスはその先――守られた平和を維持する。

 それが彼女の役割である。


「――動くな」


 リリスの背後から声が聞こえた。


「……ハ?」


 彼女は振り返る。

 

 見えたのは冒険者の集団。

 数十人の男たち。

 彼らはすべて同じ装備で統一している。

 隊列を組んでおり、秩序だったその動きは冒険者というよりは軍隊と呼んだほうが適切なのかもしれない。


 集団の最前列にいた男がアサルトライフルを構える。

 ――彼が隊長なのだろうか。


「お前【先遣部隊(インヴェーダーズ)】ではないな? そして我らの部隊でもない」


 男はどこか尊大な印象の口調で話す。


「大方、増援を避けるために置いた苦し紛れの生贄か」

「…………」


 リリスは答えない。


 【先遣部隊】は自国からの増援を遅らせるため、あえて虚偽の報告をしていた。

 それは来見から聞いた話だった。

 厳密にいえば、そうなるように戦況をコントロールする、という話だったが。

 どうやら彼女の思惑は上手くいっていたようで、目の前の男たちは【先遣部隊】が敗北する可能性など微塵も考慮していないようだ。


 彼らは今でも【先遣部隊】は健在であり、さらなる戦況の悪化を避けるためにリリスが必死に増援を迎え撃とうとしている――と思っているらしい。

 もう【先遣部隊】が全滅しているとは知らずに。


「ハァ……」


 いっそ哀れにさえ感じられる思い違い。


 リリスは嘆息した。

 それは、彼らの尊大な態度を考えれば激怒したとしてもおかしくない行動だった。


 だが、現実はそうならなかった。


 無意識に存在としての格の違いを察したのか。

 男たちが一歩下がる。


「れ、冷静になれ――! 我らは異世界攻略の本隊。数も練度もこちらが上だ……!」


 鼓舞するように隊長らしい男が声を上げる。

 しかし彼が活を入れたところで、一度芽生えかけた不安感は払拭されない。


「原始人! どうやら【先遣部隊】を相手に少しばかり耐え忍べているからと増長しているようだな!」


 それは隊長も分かっていたらしい。

 だからこそ彼はあえて強気な発言と共に戦端を開くことを急いだ。

 実際に戦うことで己の優位を証明し、安堵するための要因が欲しいのだ。


 隊長がアサルトライフルの銃口をリリスへと向ける。

 そして引き金に指をかけ――


「旧人類風情が実力を履き違え――」

「……うっざ」


 ――なんて待つわけがない。


 詠唱もない。

 魔力を練り上げることもない。

 自然体のまま――リリスは世界を変革した。


 世界が闇色のドームに隔離された。

 足元には水が張っており、彼女たちの足元を中心に波紋が広がってゆく。

 広がる波紋は咲き乱れた彼岸花を撫で、赤い花弁を揺らがせる。


 赤と黒に支配された世界。

 それは、女神リリスが顕現させた終末の世界だ。


「うごぁぁぁぁぁぁあららっるうるるるららあ!?」


 突如、隊長の体に異変が生じる。

 肌に大量の気泡が生まれ、弾ける。

 まき散らされる臭気。

 彼の肉体は――腐敗を始めていた。


「アンタらなんてお呼びじゃないワケ」


 彼女を中心として人知を超えた死病が蔓延する。

 彼女の一存で細胞は変質し崩壊し滅んでゆく。


 神と人。

 

 そこには明確な序列が存在していた。


「報告! 報告! こちら異世界攻略第1部隊! 敵戦力に【魔界顕象】とおぼしきスキルの使用者を確認!」


 狂ったように隊長は口元の小型マイクに叫ぶ。

 おそらく指揮官と通信を行っているのだろう。


「こちらの世界と遜色ない精度の【魔界顕象】! 捕虜にすれば我が国の栄光は確実なものと――」


 そんな言葉を最後に男の体は汚らわしい肉汁へと変わった。

 肉も骨もすべてが溶け、汚泥のような死体だけがそこに残される。


 報告の声を聞く限り、彼は最後までリリスの能力を理解できなかったようだ。

 この力を見てなお彼女を捕虜にできると思うなど傲慢が過ぎる。

 それほどまでに自身の世界が有する戦力を過信していたのか。

 彼が死んだ今、それは知るよしのないことだ。


「なるほど、ネ」


 数十人の死体が溶け、穢された楽園。

 リリスは汚泥を踏みしめ、落ちていた通信機を拾い上げる。


「こんにちはそっちの世界のお偉いサン」


 そしてマイクへと粘っこい声を投げかけた。


『誰だ……!? 状況を早く報告せんか!』


 男性の声が聞こえる。

 どうやらリリスのことを自軍の誰かだと思っているようだ。

 そもそもあの部隊に女はいなかったと記憶しているのだが。

 どうやら部下の顔ぶれを把握していないらしい。


「7つ目」


 とはいえリリスにはどうでもいいことだ。

 彼女は気にせず喋りたいことだけを口にする。


『は……?』

「アンタたちの世界は7つのオリジンゲートを使って7つの異世界に侵略。6つの異世界を壊滅状態に陥れ、7つ目以外の世界を支配下に置いたヨネ」


 女神リリスの管轄は『人類』――現在過去未来あらゆる並行世界において人類の存続を助けることだ。

 人間を破滅的な災害、あるいは自滅から守るという役割。


「本来、女神は人間同士の争いには手を出さない。それは世界の違う人間同士でも同じコト。戦争でも商売でも好きにしていいっていうのが女神のルール」


 だから本来、この異世界間での戦争もリリスの管轄外なのだ。

 たとえ凄惨な戦争があったとしても。

 その末にどちらかの世界の住人が奴隷であることを強要されたとしても。

 人類が人類として存続していくのならリリスは手を出さない。


「でも、アンタたちの世界はちょっとやりすぎちゃったヨネ」


 しかしそれは原則の話。


「女神が出張らないといけないところまで世界のバランスを壊しちゃったワケ」


 さすがに7つの世界を統合するのはやりすぎた。

 人間の営みの中で生じた仕方のない犠牲。

 そう呼ぶにはこの共食いは激しくなりすぎてしまった。

 人間という種族の外側から干渉する存在が必要になるほどに。


「あくまでバベル・エンドたちは兵。戦争の責任は、戦争を望んだ悪い大人たちがとるべきだと思うヨネ?」

『さっきから黙って聞いていれば! 私を誰だと思っている! 七界の覇者! 神に等しい――』


 声を裏返らせながら癇癪を起こす男。

 だが、聞く価値もない。

 人の都合を気にするほど女神は()()()()()()()()()



「――粛清確定、だヨネ」



 影浦景一郎が生きた世界。

 バベル・エンドを派遣した世界。

 2つの世界は1時間とかからずに完全に隔絶されることとなった。


 だから、戦争の発端となった世界にどのような戒めが与えられたのかは――神のみぞ知る。


 少し話が跳んでいるように感じられるかもしれませんが順番どおりです。


 ちなみに今回出てきていた『軍隊』の戦力は1人あたり【先遣部隊】の半分以下です。逆に言えばAランク上位~Sランク下位相当の兵士がモブ感覚で出てくるので総力戦では最終決戦仕様の景一郎たちでも世界を守り切れなくなります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ