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終章 42話 灰燼

「そおら」


 戦いの先陣を切ったのはバベルだった。

 左手を振るう。

 ただそれだけ。


 しかし彼女の膂力と質量をもってすれば、その威力は下手なスキルよりも暴力的な性能を叩き出す。

 瓦礫を含んで迫ってくる暴風。

 無防備に受けたのなら手足が吹っ飛んでもおかしくない威力だ。


 とはいえここに1人として普通の冒険者はいない。

 景一郎たちは散開して暴風を回避した。


「ぶっつけだけど――」


 景一郎は視線を走らせ素早く紅たちの位置を把握。


「とりあえず試しに……【矢印】+【矢印】」


 景一郎は2つの矢印を展開した。

 重ねたのではない。

 矢印をもう一方の矢印に乗せ――紅のいる方向へと飛ばした。


「紅!」

「はい……!」


 紅は矢印の軌道上に体を割り込ませる。


「【矢印】×10+【矢印】」


 紅は飛来した矢印に10の矢印を上乗せする。

 ――これで11の矢印が重なった。

 

 確定だ。


 矢印は1人で重ねようとしても10が限界。

 しかし、もしも同じスキルの持ち主がいたのなら――上限が消える。


(予想通りだ)


 紅の矢印に乗って、11重の矢印が返ってくる。


(一度でも手を離れた矢印に触れたらトラップは起動するが――別の矢印で飛ばす方向を変えるだけなら暴発しない)


 矢印は物体に触れた時点で自動発動するトラップ。

 しかし、別の矢印で進行方向を変えることは『触れた』の範疇に入らないらしい。


 しかし最初からこの結果は予想できていた。

 矢印を矢印に乗せて射出する――という戦術自体は以前に使用したことがある。

 その時点で、矢印でピンボールのように弾くだけならば矢印トラップは暴発しないと確信していたのだ。


「ほい」


 雪子が矢印を受け取る。

 矢印は別の矢印に乗り、軌道を直角に変えた。


(パス回しの要領で矢印を加算していけば矢印は無限に重ねられる)


 最初に景一郎が1。

 そこから紅、景一郎、雪子の順にそれぞれ10の矢印を重ねた。

 つまり、戦場を飛び交っている矢印には31個分の効果が蓄積されているというわけだ。


「なるほど、そういう作戦なんだね」


 バベルの彼らの意図を察したのだろう。

 彼女は大きく地面を踏みしめた。

 沈み込む足。

 そのままバベルは足を振り上げる。


 瓦礫が巻き上がる。

 数は多いが、殺傷力はそれほどない。


 だが、彼女の狙いは景一郎たちを倒すことではない。


「これならどうかなっ」


 100を超える石の破片。

 あれのどれか1つでも矢印に触れてしまえば、これまで3人で貯めてきた矢印が暴発ししすべて振り出しに戻ってしまう。


「っ……! やっぱりそうくるよな……!」


 景一郎、紅、雪子によるパス回し。

 言い換えるのなら、矢印は3人を結ぶいずれかの先を必ず通過する。

 ――なら、そこに障害物を配置してしまえばいい。

 矢印が直進しかしないのなら、それで矢印の大量重複は妨害できる。


「構わぬ」


 瓦礫が矢印に覆いかぶさる直前――氷がすべての石片を凍らせた。

 グリゼルダだ。

 彼女の【魔界顕象】の能力は、魔法の高速化。

 ほんの一瞬で離れた位置にある瓦礫すべてを凍結させたのだ。


 あの攻撃は矢印を確実に暴発させるために手数を優先していた。

 だからこそグリゼルダの氷を貫通することはできず、あっさりと受け止められた。


「さすがに、こんな小技じゃ防がれちゃうか」


 そう言いつつもどこか楽しそうなバベル。


(これで――90!)


 その間にも着々と矢印は重複し続けている。

 これで90。

 もはや術者である景一郎にとっても未知の領域だ。


「紅!」


 景一郎は声を上げる。

 そのまま彼は雪子へと矢印を飛ばした。


「はい!」


 すぐさま駆けつける紅。

 彼女の抜刀術は矢印による加速と相性が良い。

 だから彼女を終着点に指定したのだ。


(次の矢印――100重の矢印で――決める)


 次の雪子で矢印は100個分の効力を有することとなる。

 これならば一撃でバベルを葬ることができるはずだ。


「そろそろ危なそうかなぁ」


 しかしバベルは笑みを崩さない。

 余裕――ではない。

 彼女の目は爛々としており、目の前の戦場に全神経を注いでいるのが分かる。


 きっと――楽しんでいるのだ。

 全身全霊で、この戦いの攻略法を見出そうとしている。


「でも――――1人でもしくじればジ・エンドだ」


 唇をすぼめるバベル。

 そして――息を吐きだした。


 言ってしまえばただの吐息。

 しかしその威力は規格外だった。


 尖らせた唇から吐き出された空気は圧縮されており、すさまじい風圧として射出された。

 彼女の口元を中心に衝撃波が広がってゆく。

 景色が歪んで見えるほどに高圧の空気弾。

 それは――雪子に着弾した。

 

「ぁぐッ!?」

「ゆっこ!」


 雪子が矢印を受け取ろうとしたタイミング。

 そこを突いて、横合いから空気弾が雪子に撃ち込まれた。

 彼女の体が横に折れ曲がり、勢いよく地面に叩きつけられる。


 ――矢印がまっすぐにしか飛ばない以上、パスの中継役がどこに来るのかは読める。

 そこに攻撃のタイミングを合わせられた。


(まずい……! 俺も紅も届く位置にいない。完全にこのタイミングを狙ってやがった……!)

 

 思えばバベルの妨害は想像よりもかなり少なかった。

 彼女は分析していたのだ。

 景一郎たちが攻撃に転じるタイミングを。

 ほんのわずかに――パスへと割いていた意識が攻撃へと向けられるタイミングを。


 事実、景一郎と紅はすでに戻ってくるであろう矢印へと攻撃を合わせることに注意を向けていた。

 だから――バベルの妨害への対策が甘くなっていた。

 そこに勝機があると彼女は理解していたのだ。

 故に彼女は漫然と動くのではなく、最高の瞬間を狙いすましていた。


(この攻撃は――失敗する)


 まずい。

 景一郎も紅も、あの矢印に届かない。

 すでに矢印は地面に突き立てられようとしている。

 あのまま着弾してしまえば、これまで重ねてきたすべての矢印が消える。


 そうなれば仕切り直し。

 すべての手の内を読まれた状態で、だ

 次からはもっと上手くバベルはこちらの動きを邪魔してくる。

 だからあの矢印を無にしてしまえば――


「よいしょっト」


 その時、矢印と地面の間に足が差し込まれた。


「なッ……!」


 ――リリスだ。

 彼女はスライディングのような体勢で矢印の軌道に滑り込んでいた。


「ま、これくらいは手伝ってあげても良いカナ?」


 リリスはそう笑う。


「【矢印】×110――――」


 ――そうだ、この場にはもう1人【矢印】の使い手がいた。


 景一郎が持つ神の因子の大本。

 景一郎が持つ力を、彼女が持たないはずがない。


 そして彼女は――


「+【矢印】×10」


 矢印を蹴り上げた。

 ――10倍速で。


「無茶苦茶しやがって!」

 

 景一郎の顔が引きつる。


 よりにもよって、矢印を射出するための矢印まで10枚重ねの矢印を使ってきた。

 ――明らかに景一郎のスペックを超えたスキル行使。

 さすがは女神というべきか。

 だが――どう考えてもこのタイミングで発揮するべきスペックではなかった。


「こ、紅!」「景一郎……!」


 想定よりもはるかに速く突っ込んでくる矢印。


 相談も息を合わせる余裕もない。

 ただ一瞬だけ視線を交わらせ、感覚に任せて体を動かした。


 ――飛んでくる矢印の先端はバベルへと向いている。


 あの矢印に攻撃を乗せれば、その攻撃はバベルへと向かって急加速する。


「トラップ・セット」「【秘剣・――――】」


 景一郎は左手の掌に矢印を10枚重ねで展開。

 紅は刀を鞘に納め、抜刀術の構えを取る。


 景一郎が左手で刀身を握れば、矢印に弾かれるようにして剣が加速する。

 紅の刀は鞘を走り、光に匹敵する速度で振り抜かれる。


 黒と白。2つの斬撃。

 神速の斬撃が同時に矢印へと触れる。


 ――そこで奇跡が起きた。


 2人の斬撃が矢印に触れたのは同時。

 それは目で見ただけの話ではない。

 世界に存在する――いや、存在していない単位を用いたとしても区別することのできない文字通りの『同時』だ。


 だからこそ、矢印が作用するのは1つの物体だけという原則が崩れた。

 完璧な同時だったからこそ――2つの斬撃の両方が加速する。



「【――――灰燼】」



 時さえも置き去りにする2つの斬撃。

 それは左右からバベルの首を挟み込み――斬り落とした。


 【秘剣・灰燼】。

 いくつもの奇跡の上にしか成り立たない秘剣。

 おそらく、これから先も一生成功することのない奇跡。



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