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2章  2話 レイドメンバー選抜試験

「おおかた予想通りだったな」


 ホテルの外で景一郎はつぶやく。

 彼の予想通り、Bランク以上の冒険者は最初の時点でレイドへの参加が確定していた。

 つまりCランク冒険者同士で戦い、選出を目指すわけだが――


「わたくし。Bランクですの」


 そう言って、明乃は金髪を払う。

 得意げな笑顔は、彼女にとても似合っていた。


「まさか、パーティ内で俺だけがCランクだったのか……」


 これまで明乃のランクを聞くことはなかったのだが、彼女もBランク冒険者だったらしい。


 パーティリーダーでありながら唯一のCランク。

 今の景一郎は、なかなかに不甲斐ない立ち位置だった。


「でもでも。影浦お兄ちゃんなら余裕で勝てちゃうでしょ?」


 詞はそう言って景一郎の頬を指先でつついた。


「ですわね。影浦様がCランクの冒険者に不覚を取ると思えませんわ」


 明乃も詞に同意する。

 景一郎もここで負ける気はない。


 そもそも彼のワガママで受けた依頼だ。

 これで景一郎が選抜から漏れようものなら申し訳なさすぎる。


「――お前が俺の対戦相手か」


 そんなことを考えていると、影浦景一郎の足元に影が差した。

 彼が見上げると、そこにいたのは腕組みをした大男。

 どうやら彼の影だったらしい。


「――名前は?」

「……影浦景一郎」


 威圧的な問いかけに、景一郎はそっけなく答えた。

 力がものをいう世界であるがゆえの弊害か。

 冒険者には高圧的な人物も多い。

 こういうやり取りは慣れている――が、好きなわけではない。


「そっちはお前のパーティか?」

「ああ。先に言っておくけど、どっちもBランクだから選抜には関係ないからな」


 景一郎は一歩横に動き、男と仲間の間を遮る。

 自分だけならともかく、明乃たちにまで火の粉が降りかかるのは避けなければならない。


「おい」

「……なぁに?」


 男は景一郎の肩越しに詞へと話しかけた。

 詞もこういうやり取りは好まないのだろう。

 彼は半眼で男を見つめ返す。


「名前は」

「――月ヶ瀬詞ぁ」


 舌でも出しそうな雰囲気で詞は答える。

 すると男は「なるほど……」と頷き。




「結 婚 し て く だ さ い」




 ――と切り出した。

 景一郎たちの時が止まる。


 再び時が動き出したとき、景一郎は男に胸倉をつかまれていた。

 とはいえ抵抗する気も怒る気も起きない。

 なぜなら――男は泣いていたからだ。


「くっそぉぉぉぉ! こんな可愛い娘とパーティ組みやがってぇぇぇ!」


 男が流していたのは血涙だった。

 男はまさしく慟哭していた。


「俺なんて! 男子校の同級生とだぞ! ウエイトリフティング部だぞぉ!」

「知るかよ」


 そんな景一郎の抗議に意味はない。

 男は筋肉を膨張させて叫ぶ。


「詞ちゃん! 俺の好みドストライクだぁぁぁ!」


 どうやら男はホモだったらしい。

 ――無自覚だろうけれど。


「おい。そっちハズレだぞ」

「どこがハズレだッ! 胸か! 胸の大きさか! クソ野郎! 成人にもなって、乳の大きさで女の子を選んでるのかぁ!」

「いや。成人にもなって中学生を選んでる奴に言われる筋合いはないだろ」

(しかも男子中学生)


 善意からの忠告は届かなかったらしい。

 悲しい世界だ。


「なんだか……ちょっと傷つきますわ」


 景一郎たちの喧騒をよそに、明乃は金髪を指に巻きつけていた。

 詞が熱烈な告白を受けているというのに、自分がまったく眼中にないというのは複雑な気分だったらしい。


「いやぁん。お兄ちゃ~ん。お兄ちゃんならぁ~。こんな人簡単に倒せちゃうよねぇ~」


 一方で嬉しそうなのが詞だった。

 彼は無邪気な笑顔を浮かべると、唐突に景一郎へと抱き着いた。

 詞は腰をよじり、胸元を景一郎の腕にこすりつける。


 当然、胸部に柔らかさがあるわけではない。

 とはいえ、視覚的にはかなり不健全な光景に思えた。


 どうやら詞には、男の勘違いを正すつもりはないらしい。

 むしろ助長させようとしているように見える。


「おい。なんで勝手に挑発を――」


 とはいえ対戦前に余計な恨みを買いたくない。

 景一郎が詞を諫めようとしていると――


「――――――ぶふっ……」

「……鼻血出してダメージ受けてるな」


 男は鼻血を噴いた。

 どうやら刺激が強すぎたようだ。


「俺は! 詞ちゃんのために戦う!」


 男は腕を振り上げた。

 太陽に向け、腕を掲げている。


 朝日が生み出す隆々としたシルエット。

 自己申告でウエイトリフティング部だったこともあり、よく鍛えられた肉体だ。


「鼻血拭くの、ティッシュで良いか?」


 とりあえず、景一郎は男の鼻血を拭いておくことにした。



「あいつの相手【罠士】だぜ」

「クジ運いいな。負けるほうが難しいだろ」

「あーあー。俺も【罠士】が相手だったらなー」


 そんな声が周囲から聞こえてくる。

 冒険者たちが円形に囲んでいるだけの戦場。

 そこで景一郎は男と対峙していた。


 戦う前に景一郎たちは職業を教え合った。

 それはどちらか一方が有利になりすぎないためのルールだ。


 職業には得意な間合いがある。

 たとえば魔法系とスピードアタッカーがぶつかったとする。

 そうなれば高確率でスピードアタッカーが勝つ。

 実力差ではなく相性差で。

 それでは平等な選抜とは呼べない。


 ゆえに、得意な間合いが一致する冒険者同士をぶつける。

 そうすることで、純粋な実力で競えるようにというわけだ。


 だが――


「あんた……【ウィザード】だったのか」


 景一郎はつぶやく。

 死んだ目で。


 【罠士】は分類するなら魔法系――遠距離を得意とする職業だ。

 そう思えば、対戦相手である男が遠距離系の職業であるのは必然なのだが――それを忘れてしまうくらいには意外な組み合わせだった。


「つくづく才能って残酷だな……」

(【罠士】の俺が言えることじゃないけど)


 鍛えられた鋼の肉体。

 しかし与えられた職業は遠距離戦闘を得意とし、身体能力の補正も少ない【ウィザード】だった。


 こういった才能の不一致というものは冒険者にもよくあることだ。


 優れた才能があるのは前提。

 それらの才能すべてが嚙み合わなければトップとは戦えない。

 それが冒険者なのだ。


「確かお前は――【恋の罠士】だったな」

「脚色するな」


 そんなアホみたいな職業になったつもりはない。


「じゃあ。どうやって詞ちゃんを誑し込んだんだ?」

「誑し込んだ前提やめろ」

「実力で誑し込んだなんて信じられるか! 職業補正に決まってるッ!」

「おい――」


 景一郎が言い返す暇もなく、男は駆けだした。

 ――距離を詰める。

 それは本来【ウィザード】がするはずもないアプローチ。


「ただの【罠士】ならむしろ僥倖ッ! 一撃で倒して! ダンジョンで詞ちゃんに猛プッシュしてやるぞォッ!」


 男の拳が燃えた。

 もちろん錯覚ではない。

 あれは彼の魔法だ。


(近接特化の魔法か)


 発動も速い。見た限り、威力もそれなりにある。

 射程が短い代わりに、他の性能が高い。

 奇しくもそれは、男の才能に合致していた。


「トラップ・セット」


 景一郎はつぶやく。

 彼の一歩前。

 そこに矢印が展開する。


 迫る男。

 その間合いを見極める。

 

 景一郎は短剣。

 男は素手。

 数十センチだが、間合いに違いがある。


 両者の間合いの差。

 景一郎の攻撃は届き、男の攻撃は届かない。

 その距離を――突いた。


「ッ!」


 短剣の峰が、男の拳を横から叩いた。

 正面から打ち返すのではなく、横から。

 その力は、男の拳の軌道をゆがめる。


「――――」


 拳が景一郎の頬を掠めた。

 だが彼は眉一つ動かさない。

 そしてただ一歩踏み出した。


 踏みつけた矢印に足が引っ張られる。

 普段ならこのまま高速移動するのだが、今回は違う。


 体の重心を後方に。

 そして彼はその場で宙返りをした。


「ぅぐッ!?」


 景一郎が繰り出したのはいわゆるサマーソルトキック。

 彼の足先が男の顎にヒットする。


「こんな感じか」


 景一郎は男に背を向ける。


「なーにやってんだぁ!?」

「【罠士】に負けて恥ずかしくないのかぁ!」

「マジかよありえねぇ! ぶふぁ……腹痛ぇ!」

「マグレでも勝てて良かったなぁ!」


 ヤジが飛んでくる。

 言っているのはCランク冒険者たちだ。

 彼らは倒れた男を嗤っている。


 【罠士】に負けた男だと。

 彼らにとって、はるか格下の【罠士】に敗れたというのは絶好の醜聞なのだろう。


 だが、違う声もあった。



「――どう思う? マグレだと思うか?」

「ありえないな。そんなのも分からないからCランクなんだろ」

「……正直【罠士】かも怪しいな。むしろスピードアタッカーの【フェンサー】と言われたほうが納得もいく。あの【ウィザード】も、他の奴に当たってれば希望はあったんだろうけどな」

「筋も良かっただけに、クジ運が悪かったなあの男も。ありゃ相手が悪い」



 聞こえてくる声。

 それはBランク冒険者の集団からだ。


 今回、ユニークスキルである【矢印】が目立たないよう、隠して展開した。

 だから多くの人間には景一郎の特異性は見えていないはず。


 それでもBランクの冒険者たちは違和感を覚えた。

 やはりそこは一流と呼ばれ始めるBランクに到達した者たちというわけか。


「お疲れー」

「これで正式にレイド参加が決まりましたわね」


 出迎えてくれた詞と明乃。

 景一郎は二人と軽く手を叩いた。


「明乃の紹介だからさすがに問題ないだろうとは思っていましたけれど。少なくともCランクの中ではまずまずの実力の持ち主のようですわね」


 予想外の声が聞こえた。

 景一郎は声の主を探す。

 すると、明乃の背後から顔が出てきた。


「ですけれど、これくらいでは明乃がわざわざ出資するだけの価値があるかは分かりませんわ」


 そこにいたのは桐生院ジェシカであった。

 明乃よりも彼女の身長はかなり小さいため、明乃の背後にいたのに気づけなかったらしい。


「あら。わたくしにとっては、一目で分かるほど鮮烈だったのですけれど。まだジェシカには早すぎたかもしれませんわね」

「なッ……! 自分だけ会社を任されているからって驕りがすぎますわ……! わたくしだって、お父様に会社を任された暁にはすぐにでも――」


 ジェシカは悔し気に頬を膨らませている。

 とはいえ彼女が怒っているようには見えない。


 あくまでじゃれ合いのようなものなのだろう。

 2人が知り合い同士というのは間違いがないようだ。


「まあ最低限の実力があることは確認いたしましたわ。わたくしのダンジョン攻略についてきてもよろしくてよ」

「ああ」


 ジェシカは胸を張って笑う。

 少し高圧的な物言いだが、景一郎は特に気にしない。


 面倒な依頼主など珍しくもない。

 それに彼女の場合は、幼さゆえという側面が大きい。


 明乃が軽口を交わしているあたり、根は悪くないのだろう。

 彼女なら、相手の性格に難があると判断した時点でもっと線を引いた付き合い方をしているだろう。

 そう思えるくらいには、明乃の見る目を信頼していた。


「影浦さん。でしたわね」


 ジェシカは景一郎の眼前に立つ。

 そして自信ありげに胸に手を当てて笑う。


「貴方の働き次第では、わたくしも出資者になってあげてよろしくてよ」


 そんな彼女の言葉に、景一郎は頬をかく。

 とりあえず明乃を見てみた。

 彼女は苦笑しながら肩をすくめるだけだった。


 だから景一郎は笑うことにした。


「ははは。じゃあ大人になったらな」

「すさまじく子供扱いされてますわ!?」


 景一郎のレイドメンバー入りが決まりました。



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