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終章 38話 神殺し

 バベルの右手に宿る【致死の右】。

 物体を変質させる力であり、対象を正確に解析しているのなら分子レベルにまでも分解することのできるスキル。

 彼女の右手に触れられたのなら、人体は塵となって消滅する。


「【魔界顕象】」


 彼女の手が景一郎の肩に触れる直前、彼は世界を染め上げた。


 いや、その表現は不正確だっただろうか。

 彼の【魔界顕象】は他の術者と違い、世界を変質させるというには――狭すぎた。



「【愛憎黒白明暗郷(リバースサイド)】」



 【魔界顕象】は基本的に、術者を中心とした球状あるいは半球状に顕現する。


 しかし彼は違う。

 肌から約5センチ。

 彼の肉体は膜のように――モノクロを纏った。


 モノクロ。

 白と黒。

 色彩を失った世界。


 彼の周囲だけが100年以上前の映画のように色あせる。


 色気のない世界。

 そこにバベルの指先が踏み込み、景一郎の肩に触れた。


 直後――


「な――」


 ――バベルの指先が崩れた。


 本来なら、塵となるのは景一郎のはずなのに。

 スキルの使い手であるはずのバベルの肉体が崩れていた。


「がッ……!」


 異変はとどまらない。

 次の瞬間には、バベルの右腕が肩まで吹っ飛んでいた。

 肉片さえ残さず、彼女の腕が消滅した。


「これで【致死の右】は使えない」


 刀を振り上げる景一郎。


 彼女の【致死の右】は右腕が起点となる。

 逆に言えば、右腕を奪えばスキルは使えない。


「終わりだ」

「この――!」


 振り下ろされた刃。

 バベルはそれを左手の甲で受け止めた。


 咲き誇る火花。

 バベルは肘で腕の角度を調整し、景一郎の斬撃を逸らす。


「……! 忘れたのかな……! 僕たちはもう人間じゃない! 腕くらい、勝手に回復しても不思議はないんじゃないかな……!?」


 跳び退るバベル。

 彼女の右腕は再生を始めていた。


 肩口から肉が隆起し、二の腕が戻る。

 そして肘が――


「させるか」


 そこで景一郎は一気に距離を詰める。

 バベルの即死攻撃が封じられているこのタイミング。

 今は攻め時だ。

 多少強引にでも攻め続けなければならない場面だ。


「遅いよ」


 しかし、早かったのはバベルだった。

 彼女の腕の再生が急激に加速し、完全に復活する。


 バベルは迫る景一郎へのカウンターとして右手を伸ばす。


「【魔界顕象】――」

「もうタネは分かってるんだよね……!」


 バベルは笑う。

 先程の攻防。

 そこで景一郎の手など見切ったのだと。


「自身を中心とした半径約5センチの空間。そこに踏み込んだ攻撃の方向を反転させる。それが君の【魔界顕象】」


 先程の交錯において、景一郎がやったことはシンプルだ。

 バベルに触れられた直後、【魔界顕象】で【致死の右】の浸蝕方向を逆転させた。

 そのため景一郎を分解するはずだった力は逆流し、バベルの腕を分解したのだ。

 彼女はそれを見切っていた。


「範囲も狭くて数秒しか維持できない。その代わりに、その間だけは最強になれる。それが君の力」


 見切ったうえで、この攻防に勝てると彼女は判断したのだ。


「でも――【魔界顕象】」


 バベルを中心として世界が変わる。

 しかし景色が塗り替わるよりも先に、その変質はかき消された。


 不発ではない。

 彼女の【魔界顕象】は、景一郎が纏う【魔界顕象】に触れた瞬間に消えたのだ。


「同じ【魔界顕象】でなら相殺はできる」


 【魔界顕象】同士がぶつかれば相殺する。

 その理屈は神となった2人にも適用される。


 景一郎の【魔界顕象】はあらゆる攻撃を反射する?

 なら相殺して【魔界顕象】を機能不全に追い込めばいい。

 そんな単純な回答だ。


 バベルの右手が景一郎に迫る。

 彼は【魔界顕象】を相殺されており、生身をさらしている。

 彼女の手が触れたのなら、数秒で絶命することだろう。


 絶体絶命。

 そこで景一郎が選んだのは――前進。

 彼は左手を伸ばし、バベルの胸に掌を押し当てた。


「【時流遡行】」


 それは時を戻すトラップ。


 普段は時を戻し、肉体を修復する際などに重用するスキル。

 だが、今回の狙いは逆だ。


「がッ……!」


 バベルの右手が破裂した。

 右腕が飛散したことで、景一郎に迫っていた死が遠のく。


 やったことは簡単だ。

 バベルの肉体の時間を巻き戻し――右腕を再生する前に戻したのだ。


 これまでとは逆の発想。

 肉体を損傷前に戻すのではなく、肉体を治療前に戻す。

 そんな使い方。

 おかげで彼女は右腕を失い、必然的に彼女のカウンターは不発に終わった。


「一応、これも神の因子に由来して手に入れたスキルだからな。お前のスキルでも封印できなかったらしい」


 そもそも、景一郎が持つユニークスキルは女神リリスに由来するものだ。

 つまり、分類的には神のスキルといえる。

 だからこそ、人間のスキルとやらが封印されたこの場においても影響を受けない。


「はぁッ!」


 黒い一線が閃く。

 振り抜かれた刃がバベルの左肘から先を斬り落とした。


「こ、のぉ……!」


 動揺の見える苛立ちの声。

 直後にバベルが選んだのは――逃走。

 背中を見せることさえ厭わず、彼女はひたすらに距離を取ることに全霊を注いだ。


「意外だな」


 しかし、バベルのそれは焦燥が起こした失策。

 景一郎は冷静に一刀を振るう。

 ――バベルの両足が斬り落とされた。


「がッ!?」


 足を失い、バベルが地面に転がる。

 四肢を失った彼女へと景一郎は歩み寄った。


「ゲームは狂ってるくらいが面白いんじゃなかったのか?」

「うるさい!」


 怒鳴り声をあげるバベル。

 切迫した声。

 そこにあるのは、現実味を帯び始めた『死』という一文字。


 これまで振るってきた圧倒的な力が通じない。

 その事実に、彼女は初めて恐怖のような感情を抱き始めているのだ。


「悪いけど、容赦する気はないからな」


 とはいえ、景一郎に踏みとどまる義理はない。

 慈悲をかける意味がない。


「お前たちの身勝手には、随分と迷惑させられたわけだからな」


 そもそも、彼女がこちらの世界に来なければ。

 景一郎も神なんかになる必要はなかった。

 世界平和のため、終わらない戦いに身を投じる羽目になどならなかった。


 確かに、彼女たちの脅威がなければ景一郎が明乃たちと出会うことはなかっただろう。

 彼女たちのと出会いは、【先遣部隊】に対抗するために来見が動いた結果だから。


 ――とはいえ、そこに感謝しなければならない道理もない。


 景一郎にとってバベルは迷惑極まりない侵略者でしかない。

 

「ふざけ――」

「ここで死んでくれ」


 景一郎は黒刀を掲げた。


 遊ぶ気などない。

 下手に時間をかけ、バベルに突破口を与えては目も当てられない。


 だからこの一振りで首を――



「おっと悪いな」



 ――結論から言えば、景一郎の剣はバベルを殺せなかった。


 警戒の外から飛び込んできた男が、身を盾にして景一郎の剣を防いだ。

 刃は男の肩にめり込み、深々と肉を裂く。

 だが、バベルへと届くことはなかった。


「……どういうつもりなんだ?」


 思わず景一郎はそう漏らした。

 まさか、

 まさか、彼らにこんな仲間意識があるとは思わなかったから。


 

「オレとしては、このまま見過ごすわけにはいかないんだよなぁ……これが」



 景一郎の剣をその身に受け――レイチェルはそう言った。


 そろそろラスボス戦も最終局面に。



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