終章 35話 Deicide2
「ふーん……」
バベルはそんな声を漏らす。
その表情は無。
あまり楽しそうには見えなかった。
「今のは、君なりの冗談っていうことかな?」
だとしたら、その冗談は伝わらなかったのだろう。
「――仕掛けてみれば分かるんじゃないか?」
もっとも、冗談のつもりで言ったのではないけれど。
景一郎はバベルに黒刀を向ける。
「なるほど」
バベルは顎に手を当てた。
「冗談か、ブラフか、自惚れか。いずれにしても――」
彼女は分析する。
景一郎の言動の意味を。
それを通して、彼女にどう動いて欲しいのかを。
そして彼女は――
「――確かに、そうしたほうが面白そうかなっ!」
結局、彼女はあらゆる理屈はかなぐり捨てた。
彼女はただ欲求に従って駆けだす。
「【氷魔法】」
そんな彼女へと景一郎は掌をかざした。
掌から放出される氷撃。
氷は津波のようにバベルを襲う。
「効かないって言わなかったかなっ……!」
バベルは足を止めない。
ただ両手で氷の波を受け止めた。
崩れる氷。
溶けることさえなく氷は消失してゆく。
だが、それくらい予想していた。
「これは――」
わずかに目を見開くバベル。
彼女も景一郎の攻撃の意味を理解したのだろう。
際限なく放出されてゆく氷。
いくら彼女は分解しても次々に氷は補充されてゆく。
だから拮抗する。
氷がバベルを呑み込むこともないが、いつまで経っても氷をさばききれない。
「なるほど。継続的に魔力を注ぎ続けることで、分解された分の氷も補完しているってわけだね」
バベルが氷を分解する速度。
景一郎が氷を放つ速度。
その2つが釣り合っている限り、この攻防は終わらない。
そして景一郎がさらに魔力を注ぎ込めば――
「――少し旗色が悪くなってきたみたいだね」
わずかにバベルの指先が凍り始める。
氷魔法の威力が、彼女の分解速度を超え始めたのだ。
このまま押し切れ――
「でも、忘れてないかな?」
しかしバベルも甘くはない。
「僕のスキルをさ」
彼女は両手で氷を抑え込む。
そして、そのままの姿勢で――片足を振り上げた。
彼女のスキルで足が変質してゆく。
鋭く、光沢のある金属へ。
それは刃。
彼女の膝から先が一本の剣へと姿を変える。
「水素爆発だっ」
彼女は笑いながら足を振り下ろす。
刃となった足が地面に擦れる。
弾ける火花。
それは氷が分解されたことで周囲に蔓延していた水素に着火した。
大量の酸素と水素が存在する空間。
一帯は火が広がりやすい環境となっており、大爆発を起こす。
「ふふ……ははは……! 楽しんでるかい救世主!」
「悪いけど、俺はバトルジャンキーじゃないぞ」
爆炎から飛び出すと、景一郎はそう返す。
確かに強烈な爆発だったが、結局はただの物理現象。
魔力が通っていない以上、ダメージは薄い。
「でも冒険者なんてやってるんだ。スリルが嫌いってことはないんじゃないかい?」
バベルが指でピストルを作り出す。
彼女がどんな攻撃を仕掛けてくるつもりなのか。
それは分からない。
なら、先手を打てばいい。
「ねえ――」
「【式神召喚】」
景一郎が使用したのは菊理のスキル。
彼女が【百鬼夜行】と呼ばれる所以となったスキルだ。
戦場を取り囲むように現れる式神たち。
その数は100。
菊理はあらゆる状況に対応するためにいくつかのタイプの式神を召喚していたが、さすがに彼女ほど上手くスキルを扱えるわけではない。
景一郎が召喚したのはすべて人型の式神だった。
「僕の言葉を遮ってまで何をするかと思えば雑魚召喚だったとはね。雑兵じゃ、僕たちの領域の戦いには――」
数を揃えるだけの気休め。
そう嘲ろうとしたバベルの口が止まる。
止められることになる。
「「「「「「「「「「【――――死ね】」」」」」」」」」」
――【殺害予告】の大合唱によって。
100の式神が同時に即死の言霊を唱える。
次々に破裂して消滅してゆく式神。
【殺害予告】が格上に使う場合、かなりの反動を伴うのだ。
とはいえ、消滅するのはただの式神。
景一郎自身へのフィードバックは皆無。
そして――
「が、はぁッ……!?」
バベルが血を吐く。
式神1体の【殺害予告】の効力などたかが知れているだろう。
しかし100となれば話は変わる。
それだけの数の式神が、自身の命と引き換えに呪詛を放ったのなら。
――はるか格上であるバベルの心臓にも届く。
心臓が破裂したことでバベルの体がぐらりと揺らぐ。
「終わりだ」
そこへ景一郎は飛び込んだ。
より確実に彼女を殺すために。
「こ、の――!」
血を吐きながらもバベルは両手を伸ばす。
これが触れたのなら景一郎は即死だっただろう。
しかし、反射的に振るっただけの手など当たりはしない。
景一郎は彼女の両手首を掴む。
そして――
「【死神の手】」
景一郎の胸板から伸びた影の手が――バベルの胸を貫いた。
死神の手に握られているのは彼女の心臓。
それが――ぐちゃりという湿った音を立てながら潰された。
「は、はは……」
ついにバベルの体が完全に地へと倒れ込んだ。
彼女は手足を投げ出し、目を見開いている。
瞳孔が開いて光を失った瞳。
彼女を中心として血だまりが広がってゆく。
「――――これで、倒したと思ったかい?」
どう見ても死を迎えていたはずの肉体。
それが、動き出した。
痙攣するように、不気味に、不条理に。
胸に穴が開いても、彼女は生きていた。
「心臓を潰したくらいで、僕を倒せたと思ったのかい?」
心底嬉しそうに彼女は笑う。
彼女の全身から興奮が伝わってくる。
まるで子供だ。
子供が待ち焦がれていたオモチャをようやく手にしたかのような無邪気さで彼女は笑う。
「なら覚えておくといいよ」
彼女は子供だ。
だから無邪気に残酷な遊びに身を投じることができる。
「君たちの世界での常識はどうなのか分からないけれど――」
そして――踏み越えてはならないラインを一時の感情で飛び出してしまう。
「――ラスボスには第2形態があるものなんだ」
即死技あり、回復技あり、倒しても変身しつつ復活。
結構なクソボス感が――




