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2章  1話 説明会

 今回のレイドは、お偉い方の交流の場としての意味もある。

 ゆえに集まっていきなり攻略――とはならない。


 パーティが終わった次の日。

 そこでようやく景一郎たち冒険者は集められ、今回のレイドバトルについて説明を聞かされることとなった。


「これより30分後、レイドメンバー選抜試験を始めますわっ!」


 桐生院ジェシカの声が部屋に響く。

 華奢な体格からは想像もつかないほどその声はよく通る。

 50人以上を収容できる大部屋だというのに彼女の声は端まで届いていた。


「今日集まっていただいた冒険者は30人。そこから最終的に20人にまで絞らせていただきますわっ!」


 レイドには多くの冒険者が参加する。

 だが、参加者の実力もピンキリ。

 正直なところ、見劣りするメンバーもいるだろう。


 だからレイドには予定人数より多く募集されることがある。

 そうやって多めに集めた後、優秀なメンバーを予定人数分だけ選抜するのだ。


「試験は分かりやすく対人戦。選抜された方々だけでダンジョンには向かうことになりますわ」


 冒険者同士を戦わせての選抜。

 どうやら今回はオーソドックスかつ、時間のかからない手段を取ったようだ。


「おぉ……この雑に集められて、雑に帰らされる感じ。懐かしいな」


 景一郎は説明を聞きながら笑う。

 中には戸惑っている冒険者もいるようだが、彼にとっては慣れた光景の一つだ。

 

 こういう流れはレイド戦において珍しくないのだ。

 主催者としては攻略に失敗したくない。

 ゆえに優秀な冒険者を選びたい。

 だからあらかじめスペアとして多めに集めておく。


 いざ選別するにも、1人1人面接するのは手間だ。

 だからシンプルな力比べで。

 そんな大雑把さがレイドの風物詩なのだ。


「……ねぇ」

「?」


 隣から声が聞こえた。

 それは少女の声。

 彼が横を見ると、そこには中学生くらいの女の子が座っていた。


「……帰らされたらお金もらえないの?」


 彼女は無表情で景一郎を見つめている。

 彼女が首を傾けると、短めの銀髪が揺れた。


「参加賞は期待できないだろうな」

「……そうなんだ」


 景一郎の言葉に少女はそう漏らす。

 表情に変化はないが、少し気持ちが沈んでいるように見えた。


「名前はなんていうんだ?」


 景一郎は尋ねる。

 順調にいけば、共にダンジョンボスへと挑む相手だ。

 名前くらいは聞いても構わないだろう。


「ん……――碓氷(うすい)透流(とおる)


 少しの間の後に少女――碓氷透流は答えた。


「へぇ。俺は影浦景一郎だ。よろしくな」

「ん……よろしく、お願いします」


 景一郎が手を伸ばすと、透流はその手を取った。

 とはいえ、2秒くらいで手を離されてしまったけれど。


「……いきなり帰らされて、みんな怒らないの?」


 小声で透流が尋ねてくる。

 年齢から察するに、こういう場での経験が乏しいのだろう。

 無表情ながら、目からはわずかに好奇心が覗いていた。


「怒る奴はいるだろうけど……そもそも冒険者は実力主義の世界だ。主催者に『必要だ』と言わせられなかったのが悪いってことになるだろうな」


 実力主義。

 それは冒険者の世界では常識といっていい。

 弱ければ淘汰される。

 そんな厳しい世界なのだ。


「ん…………頑張らないと……お金」


 透流は椅子の上で姿勢を正す。

 漏れ出た言葉から推察するに、彼女の目的は金銭らしい。

 

 冒険者がダンジョンに潜る理由としてはオーソドックスなものだ。

 今回のようなレイドは特に報酬が良いため、彼女がここに来るのは必然といえた。


「どうせ後で分かるだろうから聞くけど、ランクはどれくらいだ?」

「ん……Bの【ウィザード】」


(…………結構強いな)


 景一郎は感心する。

 詞もそうだが、これくらいの年齢でBランクというのは将来有望だ。


「なら大丈夫だろ。見たところ、ここにBランクは10人ちょっとだ。多分Bランク以上は無条件で合格になる」

「そう……なの?」

「ああ」


 景一郎はこの部屋に入った時点から、揃った冒険者の実力を測っていた。


 Aランク相当の実力者はなし。

 Bランク相当の実力者はちらほら。

 多少の誤差があることを加味しても、Bランクだけで20人の枠が埋まることはないだろう。


 だとするとBランクの冒険者はすでにメンバー内定と考えていい。

 主催者側としては、偶然や相性差でせっかくのBランクを振るい落とすのは避けたいはずだ。


 だから、選抜はBより下――Cランクのみで行われるだろう。


「……良かった」


 そんな景一郎の考察を聞き、透流は胸を撫で下ろす。

 【ウィザード】は真価を発揮するのは盾役がいてこそ。

 対人戦では、スピードアタッカーにあっさりと負けかねない。

 そのあたりが彼女の不安要素だったのだろう。


(なんかこの子……)


 しかし、景一郎が考えていたのはそれとは別のことだった。

 無表情。銀髪。

 そして……本人に言えばキレられるのは確実だが――小柄。

 それらの特徴は、彼のよく知る人物と酷似していた。



「……ゆっこに似てるな」

「!?」



 なぜか透流の肩が跳ねた。

 すると彼女は視線を景一郎に向ける。

 なぜかその瞳はほの暗い。



「ゆっこって……誰?」



 なぜか少しトーンと低い問いかけ。

 とはいえ、はぐらかすほど重要な話ではない。


「? ああ……ほら忍足雪子。【聖剣】の」

「……そういうことなら、言わせてもらわないとならない」


 景一郎が正直に答えると、透流が眉を寄せた。

 彼女の顔が近づいてくる。

 明らかに彼女は不機嫌になっていた。


「?」

「ん……忍足さんのことを『ゆっこ』って呼んだら駄目」

「お、おぅ……?」


 意外な圧力に景一郎はわずかに身を引いた。

 それほどに、透流の雰囲気が一変していた。


「忍足さん『ゆっこ』は特別な呼び方だから、親しくない人には絶対呼ばせないって雑誌で言ってた」


 【聖剣】は綺麗な女性ばかりのパーティだ。

 ゆえに雑誌の取材なんかも何度か受けている。


 ――ちなみに景一郎はインタビューをかたくなに断っているため、世間において彼は【聖剣】として認識されていない。

 彼が【聖剣】だと知っているのは魔都を拠点としている冒険者くらいだ。


 景一郎がメディアに顔を出さないという流れは『美女パーティ』として売り出したい記者側の思惑と合致していた。

 そんな経緯で、なんとか【聖剣】の一員として彼が世にさらされることは避けられた。

 ……ほかのメンバーは不満そうだったけれど。


「そうはいっても……俺が考えたニックネームなんだけどな……」


 とはいえ、雪子が【聖剣】以外から『ゆっこ』と呼ばれるのを嫌っていたのも事実だ。

 面と向かって言えば、相手次第で殴りかかるくらいには。


 小学生のころ、なんとなく呼び始めたニックネーム。

 それを紅、菊理も使い始めたことで浸透した。

 景一郎にとっては、そんな何気ないものでしかないのだが。


「…………! 古参面にとどまらず知人面……! 同じ忍足ファンとして、そういうのは不愉快」


 いよいよ透流の表情が不快感にゆがむ。

 さっきまでの無表情はどこへやらだ。


 今の透流の目はいわゆる『汚物を見るような』というやつだ。


「いや……あいつとは知り合いだから知人面もないだろ」

「……知り合い?」

「ああ。小学校からのな」


 ……わずかに透流の勢いが削がれた。

 目の奥から湧き上がっていた炎が少しだけ弱まった。


「じゃあ呼び方――」

「小学生のころ、俺が決めた。……ほら」


景一郎はスマホを操作して、透流に画面を見せる。


 それは小学生時代の写真。

 影浦景一郎。

 (はがね)(こう)

 糸見菊理(いとみくくり)

 忍足(おしたり)雪子(ゆきこ)

 4人で【聖剣】を結成すると誓ったとき、記念に残した写真だ。


「ふわぁぁぁぁぁぁッ……!?」


 透流が目を見開いて驚愕の表情を見せる。

 そして数秒後には、目を輝かせていた。


(満面の笑顔……)


 最初の無表情キャラはどこへ行ったのか。

 景一郎としては、彼女の豹変ぶりのほうが気になった。


「ちょ、ちょっと! 話をちゃんとお聞きなさいッ!」

「ぁぅ……ごめんなさい」

 

 さすがに騒ぎすぎたせいで、ジェシカから警告が飛んだ。


 透流は状況を完全に忘れていたようで、しゅんと体を縮めた。

 その光景は、まるで先生に怒られた子供だ。


「……もう1回……見せてもらえますか?」


 とはいえ、説教が終われば忘れてしまうところも先生と生徒のようだった。


 透流は身を低くしたまま、景一郎にそう頼み込んでくる。

 すでに一度見せた写真だ。

 それに、見せたからといって不利益になるものではない。


「ほら」


 景一郎はスマホを透流に差し出した。

 すると彼女は端末を覗き込み、興味深そうに唸る。


「ぅわ……すごい……。忍足さんの小学生時代……。身長……は変わってない。ってあれ……? 他の2人って鋼さんと糸見さん? 【聖剣】の3人が同じ小学校出身って本当だったんだ……。でも……あれ? この男の子って影浦さんだよね……? なんでこの3人と……? しかも真ん中――」


 食い入るように画面を見る透流。

 その表情はころころと変わってゆく。


(今の笑顔……さっきまでの無表情)


 景一郎はそんな透流を眺めていた。

 無表情だと思えば、急に満面の笑みを浮かべたり。

 今となっては無表情など欠片も残っていない。

 興奮を抑えきれない年頃の少女そのものだ。




(ひょっとして――()()()()()()()()()()()()……?)




 さっきのやり取りで、透流が雪子に強い関心を持っていたことは分かっている。

 憧れの人。

 そんな相手に近づきたくて、仕草を似せるのはよくあることだろう。


 そして雪子を真似しようとすると、一般的に思い描かれるのは『無表情』だ。

 一緒に過ごしてきた景一郎からすると、ああ見えて雪子は【聖剣】でもっとも短気であったり、お喋りであったりと世間のイメージとの相違もあるのだが。


 ともあれ――どうやら碓氷透流は、雪子の重度なフォロワーだったらしい。


 3人目のヒロインは『憧れの人を真似して無表情を演じる普通の女子中学生』です。



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