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終章 30話 障る神

「ぬほぁぁぁああああああああああああぁぁぁあぁぁああああ!」


 それはもはや慟哭だった。


 グレミドールの口から咆哮のような嘆きが響き渡る。

 目からは大量の涙。

 悲嘆にくれる彼の体は――崩れ始めていた。


「ありえないお! ありえないお! ありえないおぉぉぉ!」


 地団太を踏むグレミドール。

 だがそこに意味はない。

 むしろ衝撃で足にヒビが広がっており、死までの時間を縮める結果となってしまっている。


「調教が終わってやっと初夜だったのにあぁぁんまりだぉぉぉ!」


 癇癪を起こすグレミドール。

 グリゼルダはそんな彼の姿を地に伏したまま見つめていた。


 グリゼルダの体はまさに満身創痍だった。

 ぼろ布になるまで剥ぎ取られたドレス。

 そこから露出した肌は痣だらけで青黒く染まっている。

 並みの生命力なら絶命していてもおかしくないほどのダメージだった。

 それでもなお意識を保っていられたのは彼女のプライドの高さによるところが大きいだろう。


「ぁぁあああ! せめて子供を作るまで待ってぉぉぉぉぉぉ!」


 グレミドールの手がグリゼルダへと伸ばされる。

 彼女にはそれを避けるだけの余力などない。

 

 だが、結果として抵抗は必要なかった。


 グレミドールの指が彼女の頬に触れた瞬間、彼の腕が散り散りに崩れた。

 複数の部位から彼の体が削り落とされてゆく。

 死が迫ってゆく。

 

 ついにそれぞれの場所から始まった崩落同士がつながり――彼の体を灰の山へと変えてしまった。


「――鬱陶しい奴だったな」


 吹けば飛ぶような塵の山。

 それを前にしてグリゼルダはそう呟いた。


「とはいえ、危ういところだった……か」


 グリゼルダは自嘲した。

 確かに相性の問題はあった。

 しかし今回、最後までグレミドールを倒す算段がつかなかった。

 もしも誰かがシオンを討ってくれていなければ、あのまま彼女は殺されていただろう。

 不本意ではあるが、助かったと言わざるを得ない。


「ッ……」


 グリゼルダはゆっくりと立ち上がった。

 彼の人形遊びとやらのせいで全身の骨や筋肉はかなりのダメージを受けている。

 普通に歩くことさえかなりの精神力を必要とする状態だった。


 歩き始めるグリゼルダだが、すぐに足が絡まってその場で転んでしまう。

 しかしすぐに彼女は立ち上がった。

 彼女には果たすべき役割があるから。


「【魔界顕象】もあと1度くらいは……使えるだろう」


 おそらくガロウの【魔界顕象】に幽閉されているであろう景一郎。

 彼を解放するには同じ【魔界顕象】使いが必要だ。

 そして、こちらの陣営でその条件を満たしているのはグリゼルダだけ。


 だから彼女は、グレミドールに勝てないと判断した時点で――抵抗をやめていた。

 【魔界顕象】のための魔力を残すことだけに力を注ぎ、誰かがシオンを討ち取るまで耐えることにしたのだ。

 そこまでした以上、ここで倒れては意味がない。


「行かねば……ならぬ」


 片足を引きずりながらグリゼルダは景一郎のいる場所を目指す。


 現在、グリゼルダがいるのは南区。

 景一郎がいるのは北区。

 そうなると必然、彼女が向かう先には中央区にある巨大な城が目に入る。


 黒に統一された城。

 目指すべき方角を見失わないよう、彼女は城へと向かってゆく。


「ッ……!」


 だからこそ、彼女は目撃することとなった。


 城の一部が音を立てて崩れる瞬間を。

 そして――


「あれは……」


 ――誰かが城から飛び出した光景を。



「そろそろ動きましょうか」


 紅はゆっくりと立ち上がる。

 幸い、オズワルドとの戦闘によるダメージはそれほど重くない。

 これならば充分に戦えるだろう。


「――――」


 紅は自身の鎧に触れ、魔力を流す。

 すると大破していた鎧は新品同様の姿を取り戻す。


 高ランクの装備には自動修復機能があり、壊れても時間さえ経てば再び使用できる。

 そして同時に、魔力で修復を早めることができる装備もあるのだ。


 装備の破損が激しければ装備由来のボーナスも受けられなくなる。

 敵の気配がないうちに、このあたりの準備は整えておくべきだろう。


「とりあえず皆と合流するか、それとも――」

 

 紅は魔都の中央にそびえる城へと目を向けた。

 普通に考えたのならば、あそこが【先遣部隊】の拠点だろう。

 

 あそこにはまだ【先遣部隊】が控えている可能性がある。

 そうでなかったとしても、あちらには景一郎がいる。


「向こうの戦いも終わっているようですし、景一郎と合流すべき、ですね」


 紅たちが最初にいた場所には【先遣部隊】のメンバーが4人いた。

 しかし今はもう戦闘の気配はない。

 ――【先遣部隊】の4人の魔力は感じられない。

 ならば援護は不要だろう。


 景一郎の戦術的価値を加味すれば、彼の早期解放のためにグリゼルダがすでに北区へと向かっていると考えるのが妥当。

 景一郎のいる方向を目指し、道中でグリゼルダと合流できるようであれば共に行動する。


 ――行動指針は決まった。


 紅は城へと向かおうとして――


「ッ――――」


 ――思わず立ち止まった。


 巨大な城。

 そのテラスが崩れ落ちた。

 同時に、小さな人影が飛び出す。


 人影は空中を歩くように足を動かしながら空を跳ぶ。

 飛行ではない。歩行でもない。ただの跳躍だ。

 人影の――彼女の軌道は放物線を描いており、明らかに【空中歩行】などのスキルを使用していない。


 だから、あれはただの跳躍だ。

 走り幅跳びでもするような感覚で、彼女は城を飛び出した。


 跳ぶだけなら考えなしの馬鹿でもできる。

 しかし彼女が起こした事象は――異常だった。


「な……」


 ――人影はどんどん近づいてくる。


(ここまで、どれだけの距離があると思ってるんですか……!)

 

 城とここまでの間は、軽く見積もって10キロメートルは離れているというのに。

 彼女は跳躍――つまり、たった一度地面を蹴っただけでそれほどの距離を移動しているというのだ。

 城のテラスという高所から跳んだことを加味しても、その事実は異常すぎる。


「ッ……!?」


 轟音。

 それは、紅のはるか後方にある巨大な建築物が崩落する音だった。


 ――紅のはるか頭上を飛び越えた『彼女』が建物に着地した音だった。


 10キロを超える跳躍。

 紅のいる場所に届くだけでも異常。

 なのに彼女は、そこからさらに何百メートルも向こう側に跳んで行ってしまった。


「――――」

「ふふ……悪くない着地だったかな」


 瓦礫と化した建物。

 巻き上がった埃の中から少女は姿を現す。


 色素の抜けた長い髪。

 何の装備効果も感じられない普通の布を纏う少女。

 

「貴女は……」

「やあ、奇遇だね」


 白髪の少女は紅に軽く手を振った。

 軽薄に見えるその表情にはうすら寒い恐ろしさがあった。


「バベル・エンド……」


 ――バベル・エンド。

 【先遣部隊】のリーダー。

 そして、その身に神を宿す少女。


 考えるよりも早く、紅は剣を構えていた。

 まだバベルは構えてもいない。

 殺気を放ってもいない。

 それでも万全の態勢を取らなければならないと思わされたのだ。

 

「そうだ。全霊で構えるんだ」


 そして彼女もそれを肯定する。

 薄く笑い。

 大人が子供を褒めるように手を叩いて。


「一切の隙を見せず、愚直に勝利という希望を目指してよ、君たちプレイヤーはそうあるべきだ」


 彼女は説く。

 自分と対峙する人間が持つべき心構えを。



「――さあ、負けイベントの始まりだよ」


 負けイベ発生。

 バベルの戦闘力が明らかに――



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