表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

201/275

終章 23話 砕氷・氷解・絡繰り仕掛け

「んー……思いきり暇になっちまったな」

 

 ぽつりとそう漏らしたのはレイチェルだった。


 彼は大通りをつまらなそうに歩く。


 時折聞こえてくる爆音。

 それも当然だ。

 ここは戦場なのだから。


 とはいえ巻き込まれるほどの近さではない。

 そのため彼の表情に緊張はなかった。


「どうしたもんか」


 そんな自問。

 

「まあ俺は弱いんだし、どこかで戦いが終わるまでゆっくりとしとくか?」


 戦いが好きなわけでも、戦わなければならない理由もない。

 勝てばいいわけで、勝つために自分の力が必要なわけでもない。

 なら、動かずに勝利を待っているのが一番お得なわけで。


「いや、うん、分かってるんだぜオレの中にちょびっと残ってる真面目なオレ」


 この戦い、バベルが出張ればその時点でこちらの陣営が勝利する。

 万が一彼女さえ負けてしまうようなことになれば、どうせ勝ち目はない。


 正直に言ってしまえば、各所で行われている戦いなど大局的な価値に乏しい。

 それがレイチェルの個人的な意見だ。

 場合によっては、両陣営のリーダー対決を少し傾けるかもしれない――程度。


「さすがに戦局を人形1体に任せるなんてあっちゃイケないことだってな」


 だからグリゼルダの足止めをそれほど必死にする必要もない。

 乗り気なグレミドールに押し付けてしまっても構わない。

 そう自分を説得してみる。


「でもさすがに――」


 そんな無駄なことをしつつ、実際のところレイチェルはすでに戦場とは程遠い場所にいた。

 戦略的意味もなく。

 


「あれを眺めるほど悪趣味じゃないんだよなぁオレ」



 あえて言うのなら――同情だろうか。



「グリたんよわよわで可愛いお~」


 グレミドールがグリゼルダを見下ろして笑う。


 裂けた口からは触手があふれ出し、申し訳程度に可愛らしく作られていた頭部も醜悪な化物となっている。

腕は4本に増殖し、背中からはよく分からない機械が飛び出していた。

 性能を追求するため見た目を度外視したのかもしれないが、皮肉にも極まったのはその醜悪さだったらしい。


 もっとも、その性能も――


「ぐ……!」


 グリゼルダは髪を掴まれ、体を引き上げられる。

 そのままグレミドールの腕に合わせ、彼女の体は地面に叩きつけられた。

 1度、2度、3度。

 子供の人形遊びでさえここまで乱暴ではないだろうという激しさで振り回される。

 ついに耐えかねた金髪がブチブチという音を立て、彼女の体はコンクリートの壁に吹っ飛ばされた。


「グ~リ~た~ん!」


 グレミドールが身をかがめる。

 そして背中にある絡繰りの内、エンジンと思わしきものが火を噴く。


「この……」

 

 ジェットエンジンで距離を詰めてくるグレミドール。

 グリゼルダはその場で彼を迎え撃った。


「【魔界顕象】!」


 顕現する氷の宮殿。

 しかしグレミドールは意に介さない。

 氷の柱をへし折りながらグリゼルダへと接近する。


 レイチェルが戦場から離れたせいか、毒の影響はない。

 今度はより強大な魔力を、より洗練した状態でぶつけられる。


 グリゼルダは氷の宮殿――その中央に鎮座する氷の王座に触れた。

 これは翻弄される敵を見て楽しむための席。

 だが、王自ら戦わねばならぬ事態となれば――剣に転じる。


 氷の玉座は形を変え、剣となる。

 普段の彼女が使うような細い形状の氷剣ではない。

 もっと重く、暴力的な大剣だ。


「だから効かないんだお~?」


 振り抜かれた、氷で作られた暴力。

 それはあっさりと砕けた。

 

 ――強度で負けた、という感覚ではない。

 勝手に能力が解除されてしまったような。

 グレミドールに触れた時点で能力のスイッチが切れてしまったような感覚だ。

 だからどれほどの威力を込めていても、一瞬で砕けてしまう。


「この機体はグリたんの魔力に特化した装甲で作られてるんだお」


 そうグレミドールは語る。

 

 この人形の製造工程など知らない。

 だが、この個体がグリゼルダを殺すことに特化しているのなら。


「それなら、我のスキルでないのならどうだッ……!」


 グリゼルダの氷剣は確かに砕けた。

 砕けて――影が現れた。

 さっきの剣は2重構造。

 表面は氷だが、中身は魔法で作った影だ。


 影を操るスキルは、本来彼女のものではない。

 この個体が彼女への対策に特化したものなら――


「だ~か~ら~他の誰に負けたとしてもぉ~」


 その希望も、影と共に破砕した。


 誰のスキルであっても、それを出力するのはグリゼルダ自身。

 込められた魔力は彼女のもの。

 ゆえにグレミドールの装甲を貫けない。


「グリたんにだけは絶対に負けないんだお」

 

 グレミドールの拳が腹に沈み込む。


「ぅぐ……ぇぇ……!」


 グリゼルダはその場に崩れ落ち、胃液をまき散らした。

 彼女は体を折り曲げた体勢のまま不規則な呼吸を繰り返す。


 グレミドールに彼女の攻撃は通じない。

 だからこそ、彼は反撃を恐れずに攻撃にすべてを注ぐことができる。

 スペックそのものは他の個体と同じでも、ガードを気にしない分だけその攻撃力は向上していた。

 

「前はさすがにここまで特化した人形を使うわけにいかなかったから、シオンたんには感謝だお~」


 グレミドールは嗤う。


 以前までの彼にとって、この人形は武器であり生命線であった。

 この人形を破壊されるということは、中にいる自分が危うくなると個と同義なのだから。


「どうせ中身はアンデッドだから、グリたん以外にいくら無力だったとしてもノーリスクなんだお」


 しかし今の彼は違う。

 アンデッドを介して人形を操っているため、思い切ったチューニングができる。


 破壊されたところで命の危機はない。

 だからこそ能力バランスなど投げ捨てたような、特定の役割に特化した性能の人形を用意できるのだ。

 それこそ――グリゼルダという個人だけに特化した人形なんてものであっても。


「この……!」


 グリゼルダの視界が反転する。

 脚を掴まれ、逆様に吊り上げられているのだ。

 何度も氷を叩きつけて反抗するも、どこを打とうとグレミドールは微動だにしない。


「抵抗しても無駄だお。この特別機の前じゃ、グリたんは美人なだけのよわよわお人形なんだお」


 グレミドールの腕が彼女の体に触れる。

 それこそ人形遊びのように。

 彼女の肢体を無遠慮に弄んでゆく。


「全部全部、グリたんが悪いんだお」

(こいつの本体がアンデッドだというのなら、主であるシオンを誰かが討ち取れば――)


 ――すでにグレミィは一度死亡している。

 状況的に考えて【ネクロマンサー】であるシオンの手により、アンデッドとして蘇っているはず。


 そしてこういった召喚・使役系のスキルには共通点がある。

 ――術者が死ねば、呼び出されたすべての存在が消滅すること。


 つまりシオンを討ち取れたのなら、グレミドールも連鎖的に機能停止するはずなのだ。


「そんな体でいつも誘惑してくるからこうなるんだお」

「この――!」


 ――敵を目の前にして、他人の働きをアテにしようというのか。

 自分で敵を討つのではなく、誰かが決着をつけてくれることに期待しようというのか。


 それを彼女は恥だと思う。

 思う。

 だが――


「だから責任取って、いっぱい遊んで欲しいんだお」

(――――我ではこやつに勝てぬ)


 突破口が、見えない。


 次回より、雪子VSシオンも進めていきます。

 はたして雪子はシオンの不死の秘密を攻略できるのか――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ