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終章 22話 地雷原

「ッ……!」


 グリゼルダの足元が崩壊してゆく。

 コンクリートが泥のように崩れ、そのヒビから紫の何かが噴き出してくる。

 ――毒。

 おそらくこれは毒沼のトラップだ。

 

「このッ……!」


 グリゼルダの足先が毒に沈むより早く、彼女は腕を振るった。

 彼女の指をなぞるように広がった冷気が毒の泉を凍らせる。


 だがそれだけでは終わらない。


 もう一度彼女が腕を薙げば、冷気は氷となり、氷は龍となりレイチェルを襲う。


「躱すどころか反撃かよ……!」


 後ろに跳ぶレイチェル。

 しかし氷龍が彼を追う速度のほうが上だ。


「っと」


 氷の牙が彼の胴体へと食らいつく。

 そして――


「【炎】」


 ――爆炎に溶かされた。


 レイチェルの体に魔方陣のようなものが浮かび上がり、マグマのような熱量の塊が放出されたのだ。

 氷の牙が彼の体に穴を開けるよりも先に、氷の龍は水と化してしまう。

 

「炎トラップがなかったら危なかったなぁマジで」


 服を手で払うレイチェル。

 少しだけ服は破れているが、傷らしい傷はない。


「それじゃ、もう一発いくぜ」


 再び、グリゼルダの足元が光った。

 彼女がその場を離れると、次の瞬間にはその場に大量の斬撃が躍った。

 三日月形の刃が吹きすさび、範囲内にあったコンクリートの破片が乱切りにされてゆく。


「面倒だな」


 トラップスキルは待ちの攻撃。

 いかに相手を動かし、嵌めていくのかが真髄。


 しかし今のレイチェルは違う。

 正確な範囲は分からない。

 だが彼は、相手の足元にいつでもトラップを設置できる。

 こちらが動かずとも、罠からぶつかってくる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 響く咆哮。

 それはグリゼルダの右方で拳を構えているグレミドールのものだった。


 グリゼルダがレイチェルの対応に追われている今が好機。

 そう考えたのだろう。

 グレミドールは大振りに拳を放ち、彼女を狙う。


「邪魔だ」


 しかし、隙を突こうとも雑魚は雑魚。

 隙を突いたことで埋まらないほどに力が隔たっていれば同じこと。

 グリゼルダが片手間で飛ばした氷柱はグレミドールの頭を吹っ飛ばした。


「とりあえずはこれで良いだろう」


 グリゼルダは空気を凍らせ、そこを足場として使う。

 レイチェルの【魔界顕象】がある以上、地面に安全圏はないからだ。

 あのまま逃げ回っていても、いずれ躱せないタイミングが来る。

 だから彼が干渉できないであろう足場が必要だったのだ。


(相性優位のトラップを纏うことで疑似的な鎧とする、か)


 【炎】ならば氷の攻撃を溶かせる。

 他にも【反転】を使った防御についても聞いている。


 罠を纏って盾にする。

 それは相手取るには面倒な戦術だ。

 物理攻撃であれ魔法攻撃であれ。

 彼と戦う以上、罠の起動は避けられないということなのだから。


(トラップは1つにつき1度しか起動しない)


 しかし穴のない戦術というわけではない。


 罠は一度起動すれば消滅する。

 それはトラップ系スキルの原則。

 そして、彼にとっても例外ではない。


(ならば必要なのは強力な攻撃ではなく、時間差での攻撃)

 

 どんなに強力な攻撃でも、単発では意味がない。

 むしろ必要なのは連続攻撃。


 さらにいえば一度設置したトラップは自動で発動する。

 衝撃が与えられたのなら、術者にとって不都合なタイミングでも構わず起動してしまうのだ。


 軽い一撃でトラップを無駄打ちさせ、本命の一撃を続ける。

 シンプルだが、これが一番確実なやり方だろう。


「【氷魔法改メ・風花】」


 グリゼルダの周囲にある空気がキラキラと光を放つ。

 それは微細な氷の粒子が日光を反射したことによるもの。

 

 雪よりも細かな氷の刃。

 これは向こうの世界でも彼女しか扱えなかった魔法の応用技術だ。


 そしてこの攻撃の強みは――手数。


 とても1つのトラップで防ぎきれるものではない。


「行け」


 グリゼルダの号令と共に氷刃がレイチェルを狙う。

 正面から。側面から。上方から。

 拡散した刃が多角的に彼を襲う。


「トラップ・セット【風】」


 拍手の音。

 直後、レイチェルを起点として暴風が巻き起こった。


 彼は自身の掌に【風】のトラップを仕掛けていた。

 拍手の衝撃でトラップは起動し、強烈な風で氷の刃を退けたのだ。


「大方、俺の防御を抜けるには連続攻撃が良いって思ったんだろうけど……これじゃあさすがに軽すぎるぜ」


 細かく砕かれた氷の刃が全方位から敵を襲う。

 半面、その刃の1つ1つが軽すぎる。

 だから風によって制御を失い、彼に到達しなかった。


「構わぬ。準備は整った」


 ――しかし、グリゼルダもそんなことは分かっている。

 なにせ、自分で作った魔法なのだ。

 その性質など教えられるまでもない。


「【魔界顕象】に頼らずとも、魔法の発動速度を上げる術などいくらでもある」

「ぐ……!」


 直後、幾本もの氷柱がレイチェルへと突き立てられた。

 様々な角度から彼を拘束する氷柱。

 前兆もなく現れた氷塊が彼の体を肉片に変えようと――

 

「【炎】」


 爆炎。

 彼を起点にして吹き荒れた熱波が氷を溶かす。

 大量の氷が一気に熱され、水蒸気が巻き起こった。

 

 氷魔法を撃ち、【炎】トラップで防がれた。

 言葉にしてしまえばさっきの焼き直し。


 だが、明らかにさっきの攻撃はこれまでよりも彼を追いこんでいた。

 それを証明するように、水蒸気の霧から飛び出したレイチェルの表情は険しい。


「事前に撃った魔法で気温と湿度を上げて【氷魔法】に適した環境を作るってか……!」


 トラップの盾を破る方法は2つ。

 1つは連続攻撃。

 2つ目は――トラップが発動するよりも早く殺せるような――高速の一撃。


 だからグリゼルダは用意した。

 【風花】を使って気温を下げ、湿気を底上げした。

 そうすることで、より短時間で大きな氷塊を作り出せる環境を生み出したのだ。


「でもこれで……振り出し以下だろ……!」


 それを理解していたからこそレイチェルは大量の炎を放ったというわけだ。

 気温を上げ、水分を飛ばした。

 氷魔法が真価を発揮できない環境へと戻したのだ。


「構わぬ」


 しかしグリゼルダは頓着しない。

 潰された一手に執着する理由はない。

 彼女にはまだ、出していない手札が何枚もあるのだから。


「結局のところトラップに触れねば良いのだ。ならば、必然と導き出されるのは一点を狙う攻撃だ」


 グリゼルダの指先から氷が伸びる。

 細く、ムチのように伸びる氷の刃を。


「さすがに、体内にトラップを仕掛けるわけにはいかぬはずだからな」


 トラップの鎧を破る3つ目の方法。

 ――トラップに触れなければいい。

 トラップが設置されていない部分をピンポイントで穿つ。

 それだけのシンプルな話だ。


「ッ――」


 グリゼルダは距離を詰める。


 どうせどこにいてもトラップで狙い撃ちされるのだ。

 ならば、離れる意味はない。


「俺の負けだぜ」


 レイチェルは笑う。

 しかし、その笑みは敗北宣言というには――あまりにも余裕に満ちていた。



「もしアンタが――もうちょっと想像力豊かな女の子だったらな」



「がッ……!?」


 グリゼルダの視界が黒く染まる。


 毒沼だ。

 空中――彼女の軌道上に突如として紫色の球体が現れたのだ。


 あまりにもとっさのことで反応が遅れ、グリゼルダは毒の塊に頭から突っ込んでしまった。

 

「言ったろ。この【魔界顕象】の能力は肉体拡張。地面『なんかも』オレの体として判定されるってな」


 球体を貫くように飛び出したグリゼルダ。

 彼女はそのまま地面を転がる。


「そこには空気も含まれてるんだぜ?」


 そこはレイチェルの足元。

 しかし、グリゼルダは彼へと攻撃を向けることはできなかった。


「この……!」 


 体が熱い、痛い。

 熱病に浮かされたように眩暈がする、皮膚を剥がれているかのように痛覚が刺激される。


 彼女は地面に這いつくばったままレイチェルを睨みつけた。


「おおおおおおおおおおおお」


 そこに襲撃をかけたのが最後のグレミドール。

 動けない彼女を狙った一撃。


「うる……さいぞ……!」


 グリゼルダは力任せに腕を振るった。

 毒に侵されていたせいだろうか。

 魔力の制御を誤り、想定よりも強力な氷撃が放たれてしまった。


「ちっ……雑兵に撃つ威力ではなかったか……」


 彼女の感覚では、半分の威力でも充分だった。

 感覚が狂っていたとはいえ魔力の無駄使いをしてしまった。


 体を蝕む不快感も合わさってグリゼルダは舌打ちをする。


「お~~~~お~~~~?」


 だから――聞こえてきた声は彼女を驚愕させることとなる。


「……! 効いて、おらぬのか……?」


 グレミドールは生きていた。

 それも無傷で、だ。


(さっきまでの個体とは明らかに防御性能が違う)


 さっきまでのグレミドールは半分以下の威力で機能停止していた。

 だが、あの個体だけは無事。

 それどころか無傷だ。

 

 見た目は他のグレミドールと違いはない。

 しかし、どう考えても偶然で済ませてしまうべき話ではなかった。


「効かないのは当たり前だお」


 へらりとグレミドールは笑う。


 ――これもさっきまでの個体と違う。

 さっきまで戦っていたグレミドールはまさに人形だった。

 

 発すのは咆哮のみ。

 言語で意思疎通が取れる相手ではなかった。


 だがこの個体は違う。

 他のグレミドールと比べ、明らかにオリジナル――グレミィに近い。



「だってこの個体はぁ……グリたんを壊すためだけに作られたんだお」



 グレミドールは粘ついた表情でそう告げた。


 グレミドール特注個体スペシャルエディション起動。



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