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2章  プロローグ 【面影】始動!

「どーお? 可愛い?」


 月ヶ瀬(つきがせ)(つかさ)が満開の笑みを浮かべる。

 彼がその場でターンすれば夜色の髪が美しく流れる。


 彼が纏っているのは黒いドレス。

 黒い髪とドレス。対照的に白い肌。

 そのコントラストが彼の魅力を引き立たせている。

 もしも彼が『彼』でなければ、影浦(かげうら)景一郎(けいいちろう)ももっと素直な気持ちで称賛できたことだろう。


「ええ。お二人とも似合っていらっしゃいますわ」


 そう口にしたのは冷泉(れいぜい)明乃(あけの)

 彼女が纏うのは燃えるような赤いドレス。

 冒険者として纏うドレスとは違い、装飾が多めのドレス。

 だが、煌びやかな衣装を身に着けても彼女の美貌が霞むことはない。


 すらりと伸びたモデルのように長い手足。

 それでいて起伏に富んだボディライン。

 染料では再現できない金糸のような髪。

 どこを切り取っても、彼女の美しさは否定しようもない。


「こういうパーティは久しぶりだな」


 景一郎はネクタイを緩めたい衝動を抑えつつそう呟いた。

 

 彼が着用しているのは燕尾服。

 より体格を美しく見せるために計算されつくされたデザインは、彼の目から見ても一級品のものであると分かる。


 とはいえ冒険者としての装備を普段着にしている景一郎には、こういうかしこまった服装は少し窮屈だった。


「レイド戦の前って、毎回こんなパーティするの?」


 詞はそう疑問の声を上げた。


 景一郎たちは現在、パーティ会場にいた。

 そこではビュッフェ形式で食事が行われている。


「いや。普通はしない」

「ですわね。このパーティはあくまで、主催者と後援者の結束を高めるためのものですわ」


 景一郎の言葉に明乃が同意する。


 この会場には2種類の人間がいる。

 冒険者と、身なりの良い人間だ。

 前者はレイドに参加する冒険者。

 後者は主催者と顔をつなぎたい者たちだ。


「いわゆる『拍付け』のレイドあるあるだな」

「拍付け?」


 景一郎がそう言うと、詞が首を傾げた。

 彼はあまりこういう場に行った経験がないのだろう。


「冒険者としてクリアした最高ランクは記録に残りますわ」


 明乃は詞にそう告げる。

 それは冒険者の間では常識の事実。

 このクリアしたランクの高さこそが、冒険者の実績を示すといえる。


「そしてレイドは優秀なパーティに守ってもらえば、比較的高ランクのダンジョンでもクリアしやすい」


 普通のパーティでは一般的に3人~5人。

 その1枠となれば、それなりに働きを要求される。


 しかしレイドなら。

 20人近い人数で挑むレイドなら、1人くらい足手まといがいても問題ない。


「だから優秀なパーティを集って、高ランクのダンジョンに挑むというわけですわね」

「ほえー……」


 そうやって本来ならクリアできないランクのダンジョンをクリアする。

 そうすれば記録上は高ランクダンジョン攻略者という肩書が手に入る。


 ――ちなみに、景一郎の口からそれを悪く言うことはできない。

 むしろその理屈において、景一郎はもっとも恩恵を受けている者なのだから。

 記録上、Cランク冒険者であるはずの彼がクリアした最高難度はSランクとなっている。

 このことを責められても何も言い返せない自信があった。


「とはいえAランクやSランクのレイドなんて余波でも余裕で死ねるからな。安全と実利を天秤にかけて、妥当なのがBだったってことだろ」

「ご名答ですわ」


 そうやって拍付けしたいのは多くの場合、高貴な人間だ。

 万が一にも命を落とすことがあってはならない。

 最悪、彼らの財力なら失敗しても、もう一度挑めば良いだけなのだから。


「おかげで俺たちもレイドに参加できるわけだからウィンウィンなわけだけどな」


 金で名誉を買いたい人間がいる。

 だから、冒険者は金で力を貸す。


 上手いこと世界は回るものだ。


「基本的に、お金持ちが拍付けで主催したレイドは報酬も良いので人気がありますのよ」


 レイドを募集する時点で、金に糸目をつける人間ではない。

 よほどケチな相手に当たらなければ、相場よりも高い報酬が手に入る。


「今回は主催者が知り合いでしたので、比較的容易に枠を確保できたのですけれど。本来なら、少しでも主催者と関係を持ちたい人間たちで枠の奪い合いになりますの」

「権力闘争って大変だねぇ」

「同意見ですわ」


 明乃はため息を吐き出した。


 レイドに参加するのは冒険者だけだ。

 しかし、そこにその他の人間の思惑が絡まないとは言っていない。


 主催者とコネクションが欲しい人間が優秀な冒険者を雇い、レイドに参加させる。

 そうすれば冒険者は本来の報酬と、雇用主からの報酬まで手に入る。

 雇用主は金でツテが買える。


 このパーティ会場は、そういう水面下の交錯が存在する場所なのだ。


「あ……主催者ってあの人?」


 詞がある方向を見つめてそう言った。

 景一郎たちは主催者の容姿を知らない。


 正直、経験値にしか興味がないため、知らなくてもいい情報だからだ。


 だから、詞も主催者の顔を知らないはず。

 それでも彼女が主催者なのだとなんとなく察知した。

 理由は周りの反応だろう。


 この場に『彼女』が現れた瞬間、緊張感が走った。

 ――身なりの良い人間たちの間で、何かの勝負が始まった。

 冒険者ならその変化を瞬時に理解できる。


「ええ。彼女が今回のレイド主催者――桐生院(きりゅういん)ジェシカですわ」

「おぅ。ザ・お嬢様って感じ」


 詞は感嘆の声を漏らす。

 確かに彼女の言う通り、現れた少女はまさにお嬢様だった。


 年齢は背丈から察するに小学生――大きく見積もって中学生か。

 まだ幼さが勝るが、将来的に美しい女性へと成長することは明らかな少女。


 その金髪は、明乃にも劣らない透き通った輝きを放つ。

 ツリ目のせいか勝気そうな印象だった。


「なんか『わたくし、フォークとナイフより重いものは持てませんの』なんて言い出しそうだな」

「あら。よくお分かりで」

「本当に言うのか……」


 どうやら景一郎の偏見は間違っていなかったようだ。


「ですけれど、ああ見えて彼女も優秀な【ウィザード】ですのよ」

「そうなのか?」


 レイドでは別段珍しくないことなので、今回も彼女は完全な置物になるものだと思っていた。

 だが明乃の評価は違うらしい。


「はい。溜めが長いので通常のダンジョン攻略には不向きですけれど、レイド戦でなら固定砲台として運用できますし頼りになるダメージディーラーですわ」

「小回りの利かない火力特化の【ウィザード】ってことか」


 【ウィザード】と一言で言っても種類は多岐にわたる。


 属性が当然として、速射性、連射性、射程、威力。

 それらも個々によって異なるのだ。


 明乃の言葉を信じるのなら、桐生院ジェシカは速射性がない代わりに火力を発揮するタイプらしい。

 本人の安全を考えて離れた位置での固定砲台としての参加となるだろうが、それなら彼女もボス討伐に貢献してくれそうだ。


「ついに【面影】の初攻略だねっ」


 詞はそう笑う。

 彼の言う通りだ。

 今回のレイド戦が【面影】としての初攻略となる。


「ああ……俺も楽しみだ」


 【聖剣】以外のパーティで行う初めての探索。

 知らず知らずに、景一郎の胸は躍っていた。



「ん……美味しい」


 誰も見ていないパーティ会場の隅。

 そこでは【隠密】で姿を隠した銀髪の少女が料理を頬張っていた。


 2章の前半は、以前に話題に出ていたレイド戦となります。

 そして2章のヒロインは――



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