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終章 18話 人魚姫は歌う

「――――――」


 菊理の口から水泡が漏れる。


(息は……さすがにできませんね)


 ルーシーによって作られた水のフィールド。

 当然のことだが、水の中で人間は呼吸ができない。

 それこそ、水中でも呼吸できるようなスキルを有していたのなら話は変わってくるのだが。


「――どう? これがアタシの【魔界顕象】よ」


 ルーシーはそう強気に笑う。

 彼女は水中でも安定した姿勢で浮かんでいた。

 その理由は彼女が持っている【空中遊泳】スキルだろう。


 本来であれば空中を泳ぐことのできるスキルであり、似たようなスキルに【空中歩行】などが存在している。

 だが【空中遊泳】には他にない効果もある。

 それが、空中でだけでなく水中でも同様の効力を持つという点だ。

 水中戦において、あれよりも便利なスキルはない。


『――水の中でも喋れるんですね』

「…………普通に返事する奴に言われたくないんだけど」


 呆れたように返すルーシー。

 どうやら彼女は水中でも呼吸ができるようだ。

 菊理のように【念話】を使わずに会話できているのだから。


(つまり、最低でも息が続かなくなるまでに倒さないと負けというわけですね)


 このフィールドにはタイムリミットがある。

 それはシンプルに、水中での活動限界。

 呼吸ができない以上、遠くない未来に酸欠で命を落とすこととなる。

 長期戦にするわけにはいかない。


『【風魔法】』

(――水の中にとどまるのなら、という前提ですが)


 しかしそれも、水中で戦うという前提があればこそ。


 ルーシーの【魔界顕象】は半径100メートルを超えた球状に広がっている。

 言い換えれば、彼女からそれ以上の間合いを取れば良いだけ。

 

 菊理は風圧で水の戦場を抜け出そうとするが――


『…………?』


 ――菊理の魔法が発動しなかった。


 当然だが、今さらこんな単純な魔法の行使をしくじるはずもない。

 だとしたら、この不発は外的要因によるもののはず。


「使えないわよ。そんな魔法」


 それを裏付けるようにルーシーがそう言った。


「忘れたのかしら? 【魔界顕象】は、術者のための空間」


 得意げに彼女は語る。


「【虹色の水槽】の中では――アタシが持っているスキルと同じものしか使えない。それ以外のスキルは使用が禁止されるのよ」


 【水魔法】【治療魔法】【空中遊泳】など――

 ルーシーが持つスキルなら菊理も使える。

 しかし【風魔法】のような菊理だけが使用可能なスキルは、この戦場において発動しない。

 スキルの多彩さが最大の持ち味である菊理にとっては相性最悪の【魔界顕象】と言ってもいいだろう。


『――なるほど』

(【スキル封印】の逆といったところでしょうか)


 自分と共通するスキルを封印する【スキル封印】。

 発想としては真逆のものだろう。


『文句を言っても仕方がありませんが、随分と理不尽なスキルですね』

(私が使えるのは【水魔法】といくつか……)


 そして【水魔法】という分野において、その技術はルーシーに及ばない。

 他の相手なら魔力の多さに任せたごり押しでも勝てるが、彼女が相手では魔力量でも敵わない。


(水中戦で有効な【空中遊泳】や【水中呼吸】は持っていませんから……これはかなりの不利な戦いを強いられそうですね)


 この戦場で、菊理にしか使えないスキルはない。

 しかしルーシーにしか使えないスキルはある。

 その差は大きい。


(上手くいくかは分かりませんが)

『――――【式神憑依】』


 直後、菊理の体に紋様が走る。

 

『なるほど。ユニークスキルは例外というわけですね』


 【式神召喚】は汎用スキル。

 対して、式神の自身の肉体に憑依させる【式神憑依】はユニークスキルだ。


 ユニークスキルは何かと他のスキルの別枠の扱いを受けることがある。

 確信はない。

 ただ、上手くいけば儲けもの程度の行動。

 しかし、どうやらこの戦場における効力もユニークスキルには及ばないようだった。


「それくらい許してあげないと、ただの処刑じゃない」


 ルーシーは鼻で笑う。

 ユニークスキル程度で優位は揺らがない。

 彼女の表情はそう語っていた。


「好きなだけあがきなさいよ――弱い者いじめしてあげるんだから」


 ルーシーが右手を掲げる。

 すると、彼女の周囲の空間が歪み始めた。

 その歪みはダンジョンのゲートにも似ていた。

 そこから何かが伸びてきて――


「【魔物召喚】――クラーケン、シェルシールド」


 現れたのは巨大なイカ型モンスターであるクラーケンが1体。

 あとは二枚貝のような姿をしたシェルシールドが10体ほど。

 

 シェルシールドはAランクモンスターではあるが、防御能力に特化しており頑強さでならばSランクモンスターにも劣らない。

 そしてクラーケンは紛れもないSランクモンスター。

 水中最強と名高いモンスターだ。


「見せてあげる。いえ、聞かせてあげるわ」


 確かに水中においてあのモンスターたちは強力。

 しかし、すでにこの戦場はAランクやSランクといった枠組みで語れるような次元ではない。


 だが、それを支える者がいたのなら――


「アタシの力を」


 ルーシーは歌う。

 美しい旋律を奏でる。

 水の中だというのに、透き通ったその声は心まで届く。


 【歌唱】スキル。


 美しい歌声で、範囲内にいる味方の力を強化するスキル。

 その性質上、多人数での戦いを得意とするスキルだ。

 だが味方を召喚できるルーシーなら、単身でも【歌唱】スキルを有効に使うことができる。


『召喚モンスターを強化することで盾にする、前衛いらずの後衛職。――奇しくも、私たちのスタイルは似通っているようですね』


 本来であれば、召喚系のスキルを使用する冒険者には盾役となる味方が必要。

 しかし菊理やルーシーは違う。

 盾となる味方さえ、彼女たちなら自身で調達できるのだから。


「アンタは、アタシの下位互換ってことが理解できた?」


 ルーシーは菊理へと指を向けた。


「してなくても――結果は変わらないけど!」


 彼女の指示でクラーケンが動き出す。

 水をかき分けて進むクラーケン。

 対してシェルシールドはルーシーの周りに漂うだけ。

 あちらは、あくまで盾としての運用らしい。


『【水魔法】』


 菊理は腰を落とし、拳を放つ。


 【式神憑依】で強化された膂力。

 そこに【水魔法】で周囲の水を巻き込んだのなら。


 菊理のパンチが強力な水流を巻き起こし、クラーケンを呑み込んだ。

 そのまま水流は渦となりルーシーを目指す。


『さすがに、そうなりますね』


 しかしルーシーにダメージはない。

 シェルシールドが攻撃を遮ったのだ。

 直接殴りつけたならともかく、あの距離ではこちらの攻撃も弱まっていたのだろう。

 シェルシールドの硬度を越えられなかったらしい。


『まさかここにきて、モンスターと一騎打ちをする羽目になるとは思いませんでした』


 一度吹っ飛ばしたクラーケンが再び迫って来る。

 ダメージらしいものはない。

 やはり【歌唱】スキルで強化されたSランクモンスターとなれば、殴っただけで倒すというのは現実的ではないようだ。


『【水魔法】』


 そこで菊理は趣向を変える。


 菊理の指先から収束された水流が放出される。

 水中ということで刃渡りは1メートル未満となってしまったが、これで魔力のウォーターカッターが完成だ。

 

『……!』


 振るわれる水の刃。

 それは滑らかにクラーケンの触手を断ち切った。


『な――』


 だが、驚かされることとなったのは菊理だった。


 切り落としたはずのクラーケンの触手。

 それは10センチと離れる間もなく――つながったのだ。


(予想よりも再生がはるかに……速い……!)

 

 確かにクラーケンの触手には再生能力がある。

 しかし、ここまで瞬時の再生を促すものではなかったはず。

 考えられるとしたら、ルーシーによる強化。

 それがクラーケンに驚異的な回復力を与えたのだ。


『――――!』


 次々に迫る触手。

 菊理は水の刃を両手から放出してそれに対応する。


 いくら強化されていても。

 いくら戦場の優位があっても。

 それだけで菊理が後れを取ることはない。


 千切れた触手が水中を漂う。

 1本たりとも菊理には到達しない。


 だが――


「はぁぁぁぁ!」


 ――その攻撃には、菊理の注意を散漫にさせるだけの効果はあった。


 ルーシーの接近に気が付いたのは、彼女の声が聞こえてから。

 だが、その時点ですでに手遅れだった。


『しま――』


 ルーシーが振るったトライデント。

 その柄が痛烈に菊理の腹を叩き据えた。


(息が……!)


 致命傷ではない。

 だが、肺の中にあった酸素がすべて彼女の体から絞り出される。

 水の中から逃れる算段が付いていない状況では致命傷に等しい事実だった。


 菊理の体が攻撃の反動でぐるりと回る。

 水中は彼女のフィールドではない。

 崩れ切った姿勢を戻そうとするも、それより早くクラーケンの触手が彼女を捕えた。


「んっ……」


 菊理は思わず呻き声を上げる。


 触手は彼女の体を後ろに折り曲げてゆく。

 全身の骨が軋む。

 関節は完全に極められており、少しでも抵抗すればすぐさま関節は逆方向へと曲がることになるだろう。


「勘違いしないでよね」


 そうルーシーは告げる。

 彼女の表情に油断の色はない。


「アタシの【魔界顕象】は呼吸の可否ってだけでもで大きな優位を取れる」


 この戦場はルーシーにとって優位な状況が揃い踏みだ。

 【魔界顕象】を発動した時点で、ほとんどの冒険者はなす術なく蹂躙されることだろう。


 だが、彼女はそれで慢心などしない。

 この【魔界顕象】を見せるという時点で、油断すべき相手ではないと認めているのだ。

 

「でも――このフィールドで溺死するまで生きていられた奴なんていないんだから!」


 それを示すように、ルーシーは容赦なくトライデントを菊理の胸に突き刺した。


 次回あたりでルーシー戦は終わる予定。



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