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終章 17話 水面の姫

「このような……ことが」


 べちゃべちゃと粘性の体液が地面を濡らす。

 それらすべてがオズワルドの体から流れ出したものだ。

 全身を切り刻まれ、地に伏した彼は血液を失い続けていた。


「――すみません」


 死に体のオズワルドに歩み寄り、紅はそう告げる。


「私たちには、負けられない理由がありますから」

 

 彼女は別段に戦闘を好むわけではない。

 とはいえこれは、彼らから仕掛けてきた戦争。

 それも、負ければすべてを失う戦いだ。

 容赦の必要などない。


 死へと向かい続けるオズワルドに引導を渡すため、紅は剣を掲げた。


「ぬ、おおおおっ」


 オズワルドは血の混じった唾を飛ばして叫ぶ。

 直後、彼の身体から蜘蛛の脚が生え――彼の体を横に吹っ飛ばした。

 彼は血痕を残しながら地面を転がる。


「ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ! 儂が原始人の……よりにもよって未熟な小娘に負けるなどありえぬ……!」


 オズワルドは身を起こすこともできず、両手で這うようにして紅から逃げる。

 しかしその動作は緩慢で、子供から逃げることさえ敵わないだろう。

 ほんの数秒の延命。

 そのために彼は死に物狂いで這いずっていた。


「まして……【先遣部隊】の中で最初に死ぬなど、このような恥辱の極みが……!」


 彼を動かしているのは――屈辱感。

 自分が直面した未来への不満だ。


「戦争の行方などどうでも良い……儂の死を嗤われるくらいならいっそ」

 

 蜘蛛の脚が地面に突き立てられる。

 すでにオズワルドは両足を失っている。

 そんな彼は蜘蛛の脚を支えにして立ち上がった。


「死ねッ……!」


 オズワルドが両手を胸のあたりで構える。

 掌の間に収束してゆく魔力。

 それは1つの魔弾となり――射出された。


「…………」


 紅に迫る魔力砲。

 内包された魔力は膨大。

 直撃すれば負傷は免れないだろう。

 しかし――


(狙いが甘い……)

 

 紅は軽く横に跳んで躱す。

 魔力砲は彼女の傍らを通過し、あらぬ方向へと飛んで行った。


 ――彼が万全な状態でこの攻撃を行っていたら、もう少し手ごわい一撃だっただろう。


 だが現実としてオズワルドは死を待つ身。

 手元は震えており、目の焦点も定まっていない。

 そんな彼の攻撃を回避するのは、それほど難しいことではなかった。


 さらに言うのなら――


(いえ、彼の本当の狙いは――)


 オズワルドが最期の最期に狙ったのは……紅ではなかった。

 

 あくまで紅は射線上にいただけ。

 彼が本当に狙っていたのは紅のさらに向こう側――ルーシーだった。


 ルーシーは菊理と対峙しており、こちらには背を向けている。

 そんな彼女に。

 味方であるはずの彼女に、オズワルドは魔力砲を撃ち込んでいた。


「――なにそれダッサ」


 魔力砲がルーシーに着弾する直前。

 凝縮された魔力の大砲は――水のシールドに妨げられた。


 眉一つ動かさず。

 ほんの一瞥しただけの彼女に防がれた。


「前から思ってたけど――」


 止められた最期の一撃。


 ルーシーの冷たい目がオズワルドへと移る。

 そして白魚のような指が彼へと向けられ――


「が……は……」


 一線の水流がオズワルドを貫いた。


 糸のように収束された水流。

 絞られた水圧は魔力性のウォーターカッターとなる。

 水の刃はルーシーの指先から次々と撃ち出され、すべてがオズワルド体を抉り飛ばす。



「年寄りの僻みとか、ほんとウザいんだけど」

 


 物言わぬ肉塊は、血の池に沈んだ。



「あらあら」


 一連の流れを見た菊理はそう微笑む。


「……何よ」


 彼女の反応が気に障ったのか、ルーシーが彼女を睨んだ。

 しかし菊理の笑みは崩れない。


「お仲間を殺して良かったのですか?」

「は? さっきの見てたわけ? あれが仲間に見えるとか、目ぇ腐ってんじゃないの?」


 ルーシーは吐き捨てる。

 確かに、さっきの攻防は明らかにオズワルドから仕掛けたものだった。

 反撃を責められるいわれはないだろう。


「あら。そういうプレイかと」

「どういうプレイよそれ」


 半眼を向けられた。


「まあ、いいわ」


 ルーシーは大きく息を吐く。


「そろそろアンタをズタズタにしてあげる」


 そして彼女は好戦的に笑う。


 さっきまでの戦いはせいぜい小競り合い。

 傍目から見れば高次元の攻防に見えていたかもしれない。

 だが、彼女たちからしてみれば準備運動でしかない交錯。

 そろそろ、次の段階に進んでもいいだろう。


「楽しみですね」

「皮肉を言う余裕がいつまであるかしらね……!」

「……本音だったのですが」


 どうやら挑発だと思われたらしい。

 より大きな力を見せてくれるというのなら、そう思われたとして不満はないけれど。


「ホントうっさい! ――【魔界顕象】!」


 ルーシーは掌を叩き合わせる。

 同時に、彼女の身体から魔力が迸る。


「これは――」

 

 それはまるで海だった。

 

 ルーシーを挟み込むようにして大波が左右から襲いかかってくる。

 その規模はすさまじく、波の幅は軽く100メートルを超えている。

 巨大な波の壁。

 それは躱す暇さえ与えることなく、菊理ごとルーシーを呑み込んだ。


 波が打ち合わせられると同時、2つの波はその場で固定された。

 固定された水は崩れることなく、立体を保ち続ける。

 

 地上に切り出された海。

 それはまるで二枚貝のように。

 あるいは――


「――――――――【虹色の水槽(シェルシエラ)】」


 ――水槽のように。


 オズワルド死亡、そしてルーシー【魔界顕象】へ……。


 【虹色の水槽】(シェルシエラ)直訳:虹の貝殻

 二枚貝を模した水のフィールドを作りだす【魔界顕象】。

 その特殊能力は――




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