終章 15話 巣食われた森
「【付与術・雷撃】」
その一言で、オズワルドの背から伸びた蜘蛛の脚が雷撃を纏う。
根元から先端へと伝播する電流。
このまま鍔迫り合いを続ければ剣を握っている紅も無事では済まない。
「っ」
蜘蛛の脚を蹴って距離を取る紅。
彼女は宙返りをしながら双剣を振り上げた。
「【秘剣】――」
彼女の剣が魔力を纏う。
右の剣は白に、左の剣は黒に。
それぞれ別の魔力に包まれてゆく。
「【黒白】」
振り抜かれる斬撃。
それに伴って黒い奔流がオズワルドに迫る。
「力で押し勝てると思っておるのか?」
しかしオズワルドは動かない。
「【蜘蛛の巣】」
彼が杖で地面を突くと、空中に蜘蛛の巣が現れた。
六角形の蜘蛛の巣は空中に固定され、シールドのように影の斬撃を待ち構える。
オズワルドは優れた冒険者だ。
攻撃の威力を見誤るとは考えにくい。
きっとあの蜘蛛の巣は、この斬撃を防ぐに足る強度なのだろう。
紅の剣技が――見たままの一撃であったのなら。
「がッ……!」
オズワルドが苦悶の声を漏らす。
その原因は――光の刃。
影の斬撃の中から光の刃が帯状に伸び、蜘蛛の巣の隙間を縫うようにして彼の足に着弾したのだ。
姿勢を崩すオズワルド。
そのまま彼は影の斬撃に呑まれた。
「光と影の斬撃の速度差を利用した剣術というわけじゃな……」
影から飛び出したオズワルドがそう漏らす。
さすがというべきか、多少の出血こそあるもののそれほど重大なダメージを受けているようには見えない。
――先程の攻撃の原理はシンプルだ。
魔法剣術は属性ごとに異なる性質を持つ。
それを利用しただけ。
――光の魔法剣術は、影の魔法剣術よりも速い。
だから紅は双剣を同時に振るわず――時間差で振った。
2つの斬撃が同時に当たるようにではない。
最初に撃った影の斬撃が当たる直前に――光の斬撃が影を追い越すように撃つのだ。
範囲の広い影の斬撃で敵の視界を防ぎ、その中に高速の光の斬撃を忍ばせる。
奇襲で当たった光の斬撃は敵の動きを止め――本命である影の追撃を叩き込む。
それが【秘剣・黒白】。
「しかし、そうじゃのう」
オズワルドは顎を撫でる。
その視線は紅を正面から捉えていた。
「見くびっておった。その事実は否定できんのう」
彼は愉快そうに笑みを深める。
「じゃが、もう終わりじゃ」
しかし、その笑みはすぐに消えた。
「この森に、救いはないぞ?」
その言葉を告げると同時に、彼は腰を折る。
うずくまるような体勢になるオズワルド。
そのまま彼は――
「ご……ぉぉ!」
白い物体を吐き出した。
顎が外れたように開かれた口。
そこから吐き落されるのはぶよぶよとした弾力を持つ白い塊。
それは地面へと落ち、積み上がってゆく。
「な……んですか……?」
気味の悪い物体に紅は眉を顰める。
よく見れば白い塊は胎動している。
まるで生物であるかのように。
「見ておれば分かる」
彼の言葉と同時に、白い物体に裂け目が走る。
内部から圧力がかかっていたのだろう。
わずかな裂け目は一瞬で広がり――爆ぜた。
「ッ……!」
(卵……ですか……!)
そこから飛び出したのは――子蜘蛛だった。
拳ほどの大きさの蜘蛛が、100や200を越えて解き放たれた。
その光景はグロテスクささえ感じさせ、思わず血の気が引いてゆく。
とはいえ硬直しているわけにもいかない。
子蜘蛛たちはすでに紅へと向かい、一斉に糸を吹きかけてきたのだから。
「あれも他の糸と同じ効果……だと思っておいたほうが良いですね」
紅は跳んですべての糸を躱す。
四方八方から撃ち込まれる糸。
それらすべてを躱すのは至難の業だ。
しかし、剣で防げば得物ごと奪われかねない。
「っ……回り込まれて」
枝を跳び移って逃げていた紅は動揺の声を漏らす。
彼女が着地しようとしていた枝。
そこにはすでに白い糸がまき散らされている。
あれを踏んでしまえば終わりだ。
「っ」
紅はつま先立ちのような姿勢で糸のかかっていない場所に足を着ける。
しかし高速戦闘の最中なのだ。
不完全な体勢で体を止められるわけもなく、彼女は大きく姿勢を崩した。
枝の上に倒れそうになる紅。
このまま倒れてしまえば全身が糸で癒着させられることとなり、最悪の展開を迎えることとなる。
「くっ……」
とっさに紅は剣を逆手に持ち替え、杖のように枝へと突き立てる。
2本足から3本足へと移行したことで姿勢は安定し、糸の上に倒れ込むことを防いだ。
「そんなところで休憩しておって良いのかのう」
だが大きなロスとなってしまったのは事実。
彼女の背後にはすでに大量の子蜘蛛が迫っていた。
――完全に囲まれている。
ここからすべての蜘蛛が糸を吐いたのなら、彼女が逃れられるだけのスペースはない。
「数が減りませんね……」
(ここの蜘蛛は無限に湧き続けるようですね)
紅は逃げながらも光の斬撃で蜘蛛を何体も斬っている。
だが減っている気がまったくしない。
――【魔界顕象】はモンスターのボス部屋に似た性質を持つという。
そしてボス部屋には、ボスの戦闘をサポートするモンスターが無限に湧き続けるギミックが用意されていることもある。
オズワルドの【魔界顕象】も似たような仕組みならば、蜘蛛が減らないのも納得がいく。
「なら――」
紅はその場で腰を落とす。
そして小さく跳ぶと――腰のひねりを使って乱撃を放った。
無差別に放たれる光の斬撃。
その回転数から叩き出される斬撃の密度はすさまじく、振り抜いた斬撃の軌跡が球形に見えてくるほどだ。
それはいわば斬撃の結界。
触れたものをすべて切り刻む結界だ。
それを証明するように、子蜘蛛の肉片が散り散りに霧散してゆく。
(いくら蜘蛛が無限に召喚され続けるとしても――補充される速度には限界があるはずです)
いくら倒しても雑魚モンスターが消えないというギミック。
その攻略法は2つある。
雑魚モンスターを無視してボスモンスターを狙う方法。
もう1つは、雑魚モンスターを一掃して――復活する前にボスを討つ方法。
紅が取ったのは後者の手段。
すべての蜘蛛を斬り捨て――オズワルドだけしかいない瞬間を作った。
ここまでは狙い通り。
紅は空中で姿勢を正し、剣を鞘に納めた。
そして――
「ここで――決めます」
――空中抜刀術を繰り出すのであった。
【秘剣・黒白】
それは紅が景一郎の使徒となったがゆえに使えるようになった秘剣――ではない。
なんとか景一郎の剣を使いたい。
一緒に戦ってる感を出したい。
双剣で光の刃を飛ばし、影の手で3つ目の影の斬撃を飛ばす……雪子と被る。
そんな悩みの果てにたどりついた、それっぽく自分のスキルと景一郎のスキルを組み合わせられる方法である。
ただの見せ技なので、初見しか通じない。でも彼女的には満足な秘剣だったり。