終章 14話 最善策
「リゼちゃん。ここはいいからお兄ちゃんのところに向かって」
影浦景一郎の幽閉。
それを理解すると同時に、詞はそう言った。
「お兄ちゃんの足止めをしている方法が【魔界顕象】なら、リゼちゃんが行けばどうにかできるってことだよね?」
【魔界顕象】の効果範囲が重なった際、2つのスキルは相殺される。
厳密に言えば、後出しのほうが有利らしいのだがそれはこの際どうでも良い。
大切なのは――景一郎を捕えているのが【魔界顕象】であるのなら、それを解除できるのはグリゼルダしかいないということだ。
「おそらくは……な。実際に試していない以上確証はないが、外部からでも【魔界顕象】をぶつければ相殺できるはずだ」
それはグリゼルダも理解しているらしく、詞の提案に異を唱えることはない。
あの【魔界顕象】がどれくらい景一郎を押さえ込めるのかは分からない。
10分。
30分。
あるいは1時間か。
詞の見立てでは、30分以上経っても景一郎を解放できないようなら――この戦争は負けだ。
景一郎が戦場に戻った時点で、こちらの陣営は再起不能のダメージを負っていることだろう。
「だが良いのか? 敵は4人。我が抜ければ、誰かが我の代わりをすることになるのではないか?」
援軍を合わせれば、ここにいる【先遣部隊】は4人。
本来の手はずであれば、紅、菊理、雪子、グリゼルダの4人で対応すべき場面。
しかし――
「まあそれは、ね? 場合によっては、僕たちも【先遣部隊】と直接戦う覚悟はしてるからさ」
そのせいで景一郎の解放が遅れては意味がない。
多少の無茶は承知の上。
詞たちでなんとかグリゼルダが抜けた穴をカバーするしかない。
「無理は無理でも、勝つためには通さねばならぬ類の無理というわけだな」
「そーいうこと」
やけくそではない。
元より安全策だけを選んでいても勝てるとは思っていない。
ここはリスクを負うべきタイミングなのだ。
「分かった。しばらくここを離れる」
「うん。お願い」
グリゼルダは魔都北部を目指して戦場を離脱した。
☆
現れた【先遣部隊】の1人――オズワルド・ギグル。
紅は彼と対峙していた。
「戦いとなると、これで2度目かのう」
オズワルドは杖で地面を小突く。
「……そうですね」
オリジンゲート。そして今回。
戦いと呼べるものは、確かに2度目といっていいだろう。
「儂の力はすでに見せておるし、隠しておいて優位になることもないじゃろう」
彼はクツクツと笑う。
彼の職業は【付与術士】。
粘着性の糸を操作するスキル――【蜘蛛の巣】に様々な効果を付与して戦うというのが基本戦術だ。
知られているから隠すことはできない。
知られていたからといって、その手段の多さは一定以上の効力を有する。
だからこそ出し惜しみに意味はない。
そんなところだろう。
「ほれ――【魔界顕象・巣食いの森】」
直後、世界が一変した。
紅たちを取り囲むように樹木が急激に伸びてゆく。
コンクリートを割りながら空を目指す木々は太陽を遮り、数秒で一帯が鬱蒼とした森林地帯へと変貌した。
「ッ……!」
そして紅はこの【魔界顕象】を見たことがある。
だから――すぐさま宙へと逃げた。
「ほう。良い反応じゃのう」
ほくそ笑むオズワルド。
地面にはすでに――蜘蛛の巣が張り巡らされていた。
【魔界顕象】の際に地面へと足を着けていれば、あの巣に捕らわれ動けなくなる。
しかも魔力を吸収されるという凶悪な追加効果まである。
だからこそ紅はすぐさま地面から退避したのだ。
とはいえ安心はできない。
なにも蜘蛛の巣があるのは地面だけではないのだ。
木々の間にも蜘蛛の糸は存在している。
あれに触れてもおそらく同じ結果だろう。
「これならどうじゃ?」
オズワルドの指が紅へと向けられる。
直後――高速で糸が射出された。
その糸は……赤かった。
「――炎属性の付与、ですか」
紅は糸を回避しながらつぶやく。
彼女の傍らを通過した糸は近くの枝に着弾し――あっさりと焼き切った。
通常の糸と違うのは色くらいだが、どうやらかなりの熱量を秘めているらしい。
「終わりじゃの」
オズワルドは笑みを深めた。
単発で撃ち込んだ糸。
彼もそんな攻撃が当たるとは思っていないだろう。
だからあれは、当てるためではなく回避させるための攻撃。
紅に回避行動を起こさせ――地面に落とすための攻撃だ。
迫ってくる地面。そして蜘蛛の巣。
周囲に掴めるような枝はない。
このまま重力に従えば彼女は蜘蛛の巣に捕らわれ、その瞬間に勝敗が決まる。
だが――
「トラップセット――【矢印】」
そんなこと、すでに分かっている。
着地の直前、紅の足元に矢印が浮かんだ。
【矢印】トラップ。
それは本来、景一郎のユニークスキルだったもの。
しかし紅は今、彼の使徒となっている。
だからこそ彼女は、彼が有しているスキルを使用できるのだ。
矢印を扱える以上、足場の有無などそれほど大きな問題ではない。
「ぬッ……!」
矢印に乗った彼女の体がオズワルドに肉薄する。
それに合わせて紅は双剣を振り抜いた。
しかしその斬撃はオズワルド――彼の背中から伸びる蜘蛛の脚に防がれる。
付与術で硬化されているのか、蜘蛛の脚は彼女の剣でも斬ることができない。
だが問題はない。
「今の私たちには、景一郎がついています」
さっきの行動は明らかにオズワルドの虚を突いていた。
なら、問題はない。
紅の実力は、すでに【先遣部隊】の裏をかける領域にある。
「だから、簡単に勝てるとは思わないでください」
――勝算は、充分にある。
最初は紅VSオズワルドから。