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終章 11話 微睡の姫

「便利な体ですね」

「はい。いちいち頭を拾うのは大変ですから」

 

 菊理の言葉にシオンはそう返す。

 失われていたはずの頭部はすでに完全に再生しており、血の目立たない黒い服ということもあってさっきまでの致命傷が幻だったように思えてくる。


「――なるほど」


 シオンはぽつりとそう漏らす。

 首を落とされてなおその声に殺気立った感情が乗ることはない。

 その不死性ゆえか、外傷への頓着がないのだろう。


 詞はそんな彼女を少し離れた位置から観察していて――気付く。


 空へと視線を向けるシオン。

 彼女が何を見ていたのかに。


「! 逃げて!」


 詞は警告を飛ばす。


 空を仰いだシオンが見ていたのは――流星のように降ってくる砲撃だった。

 その数は1つや2つではない。

 雨のような砲撃が放物線を描き、戦場へと殺到していた。


「「「…………!」」」


 詞の警告を受け、紅たちが一気にシオンから距離を取る。


 直後、彼女を中心とした広範囲が爆撃の嵐にさらされた。

 コンクリートの地面が砕け散り、数十メートルの高さまで舞い上がる。

 連続する爆発音は止まることを知らず、戦場をこれでもかと蹂躙していた。


「これは……」

「ん。多分だけど向こうの攻撃」

「不死だからこそ巻き込み上等というわけですね」


 シオンは不死だからこそ巻き込みを恐れる必要がない。

 言葉にすれば簡単だが、ここまで味方を粉微塵にするというのは普通の感性では難しいだろう。


「おっおお~~?」


 シオンをかき消した砂煙。

 そこを見下ろす一人の姿があった。


「誰にも当たらなかったお」


 ボタンさえ適当にしか留められていないパジャマ姿の少女。

 普通であればこんな戦場にいるはずもない姿だが、彼女が内包する魔力が彼女の実力を証明していた。


「シオンたんはどうなっちゃったお?」


 見た目に覚えがない時点で予想していたことだが、どうやら彼女は【先遣部隊】側の存在らしい。

 ――ただ、見た目はともかく喋り方には若干の既視感がある。


「――その姿で、その口調はやめていただけませんか?」

 

 詞がそんなことを考えていると、爆炎の中からシオンが歩み出てきた。

 期待していたわけではないが、あれに巻き込まれても死なないらしい。


 紅たちが容易く首を落とせたことで安心しかけていたが、あそこまで異常な耐久力を持っているというのなら彼女を止めるのは難儀するかもしれない。


「そうでないと、救いでないほうの死を与えたくなりますから」

「わりと本気で怒られてるお!」


 パジャマ少女が悲しみの声を上げていた。


「あの少女は……」

「明乃ちゃん、知ってるの?」

「もしかしたら、程度ですが」


 詞が問うと、明乃は少し自信なさげに首を縦に振った。

 その様子から考えるに、交戦した経験があるというわけではないのだろう。

 となると、パジャマ少女の戦力は未知のままだ。


「ん……あのチビデブハゲ童貞っぽい喋り方……覚えがある」

「めちゃくちゃ罵倒されてるお!」


 無表情のまま放たれる雪子の言葉がパジャマ少女の胸を突いた。

 胸を押さえてよろけるパジャマ少女。

 シオンはそんな彼女を冷めた目で見ていた。

 

「――――」


 ……ある意味、シオンの空虚な瞳に光が宿った瞬間だったかもしれない。

 あまりにもほの暗い光だったけれど。


「……分かったおおぉ」


 視線に耐えかねたのか、パジャマ少女は肩を落とす。

 そして彼女は何度か咳払いをして――


「どう? ちゃんとカトレア口調で喋れば構わないんでしょう? 気が乗らないけど」


 少女――カトレアは気だるそうにそう言った。


「ええ。後で救いとしての死を貴方に」

「どっちにしろ殺されるのね……」


 カトレアは嘆息する。

 さっきまでとは正反対にさえ見える態度だが、その姿は思いのほか様になっていた。


「それじゃあ……とりあえず自己紹介ね……気は乗らないけれど」


 カトレアは頭を掻きつつ、詞たちへと向き合った。

 その瞳は眠たげで、覇気にかけている。


「私はカトレア・リリネス。一応【先遣部隊】よ」


 やる気なさげな名乗り。

 彼女は丈の余った袖をひらひらと揺らした。


「とはいえ、今は超絶モテ男なグレミィ様の肉奴隷よ……気が乗らないけれど」


 そして再びため息。

 

 怠惰、物憂げ、ものぐさ。

 そんな言葉が似あう少女だった。


「心中お察しいたします。カトレアさん。さぞ不愉快な思いを」

「……ごめん。喋ってるのがホントはグレミィ君であることを忘れないで欲しいわ」

「心中お察しください。不愉快な思いです」

「……貴女、想像以上に私のことが嫌いだったのね」


 そして三度目のため息。

 ため息の多い少女だった。


「生理的嫌悪かもしれません」

「ゾンビ使いにだけは言われたくない言葉ね」


 カトレアの言う通り、生理的な嫌悪という意味では死体であるゾンビのほうが上だろう。

 シオンが同意するかはともかく。


「まあいいわ。気が乗らないけれど、さっさと始めましょう」


 その声とともに、カトレアの周囲をシャボンが回り始めた。


「グレミドール部隊、出陣よ」



「――始まったか」


 遠くで動く魔力を感じ、景一郎は目を開く。


 彼がいるのは魔都の北部。

 誰を伴うこともなく彼はそこにいた。


 魔都南部へと集められた大部隊。

 それは景一郎のために用意された囮だ。

 彼らを南部に配置することで【先遣部隊】の戦力をできるかぎり南へと偏らせた。


 その理由は、景一郎が妨害を受けることなく敵将を討ち取るため。


「なら俺は、少しでも早くバベルを――」

「そうはさせらんねぇな。影使いさん」

「!」


 突然聞こえてきた声に景一郎は振り返る。

 そこには痩躯の男と大柄な男がいた。


 レイチェル・マイン。

 ガロウ・チャンプ。


 どちらも【先遣部隊】の一員だ。

 彼らはどうやら陽動に乗ってくれなかったらしい。


「うぬ! レイチェルの言う通りであったか!」

「……【隠密】はきっちりしていたつもりだったんだけどな」


 景一郎はそう漏らす。

 スキル【隠密】が相手との実力差が大きいほどその効果が強まる。

 そして景一郎は今、完全な神の一歩手前の状態にある。

 簡単に見破れるような【隠密】ではなかったはずなのだが。


「ああ、完璧だったぜ」


 その事実をレイチェルは認める。

 

「でも悪いな――俺みたいに弱い奴は、強い敵の存在に敏感なんだ」


 彼はそう言って髪をかき上げた。


 ここに待ち構えていたということは、こちらの戦略はある程度読まれていると考えるべきだろう。

 ならば、油断はできない。

 カタログスペックではすでに景一郎が上に立っている。

 しかしそれさえ織り込み済みでレイチェルがここに来たというのなら、相応の仕込みはあると考えるべきだ。


「それじゃあ影使いさん」


 レイチェルとガロウ。

 2人は並んで景一郎と対峙している。

 その距離は30メートル。

 近距離とはいえないが、この場にいる者の実力を加味したのなら中距離と呼ぶには近すぎる間合い。

 些細なキッカケで戦端が開かれる緊迫した距離。


「勝てるなんて思っちゃいないけど――やることやらせてもらうぜ?」


 開戦の声を上げたのは、レイチェルだった。


 他のメンバーと離れて行動していた景一郎は北部からの侵入です。




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