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終章 10話 攻城

「魔法隊、構え!」


 壮年の男性が指揮を執る。

 容姿に違わず、彼はベテランの冒険者だ。

 それは指示に迷いが見られない点からも疑いの余地がない。


 今回の戦いにおいて【聖域】は独自の行動をとる場面が多い。

 そう判断し、部隊全体の指揮は別の冒険者に委ねられているのだ。


「城壁を吹っ飛ばしたらすぐさま前衛部隊と入れ替われよ!」


 ここまでの大部隊で戦うなど一流の冒険者である彼らさえ経験がないだろう。

 大規模と評されるレイドさえこの5分の1に及ぶかどうかの人数。

 これほどのメンバーで足並みをそろえるのは至難の業だ。


 しかし、ここに集められたのは精鋭の冒険者たち。

 ほぼ初めてとは思えない手際で隊列が組み上がってゆく。


 冒険者たちが対峙しているのは魔都を囲むようにそびえている城壁。

 そこを破壊することで敵の領地に侵入するわけだ。


 確かに城壁にはいくつかの城門がある。

 しかし門があるということは待ち伏せされる可能性も高いということ。

 だからこそ無理にでも城壁を破っての攻城を選んだのだ。


「――撃てぇ!」


 その声を引き金にして一斉に放たれる魔法。

 撃ち出された魔法すべてが高ランクモンスターでさえも討伐するに足る一撃。

 属性魔法同士が威力を殺し合わないよう計算された一斉射撃

 それにより城壁は容易く崩落した。


 ――あの城壁はある種の結界だった。

 しかし、それでもこの場に集められた冒険者は正面から破壊して見せたのだ。


「よし! このまま――」


 城壁が崩れて砂煙が舞う。

 それに乗じて侵入するよう声を上げる指揮官。

 だが――


「――ああ」


 立ち込める砂の霧。

 そこに人影が出現する。


 最初に見えたのは黒。

 徐々にあらわになる姿はメイド服。

 喪服のようなメイド服を纏った女性が――そこにいた。



「まずは私みたいですね」



 虚ろな瞳をこちらに向ける女性――シオン・モノクロームが平坦な声でそう言った。

 直後、風を切る音が冒険者たちの間を駆け抜けた。


「ぐぎぃ!?」「ぎゃぁぁ!?」


 2人。

 部隊の中でも前列にいた冒険者の頭が――上半分だけ吹っ飛んだ。


 音の正体はチェーン。

 シオンが腕を振るい、重りのついた鎖を投擲したのだ。

 その延長線上に立っていた冒険者は――すでに絶命している。


「嘘だろ……こんな簡単に……?」「見えなかった……だと?」


 冒険者の間に動揺が広がる。

 

 話では聞いていただろう。

 覚悟はしていただろう。

 だが、その想像さえも【先遣部隊】は鼻で笑う。


「うろたえるな! 陣形を整えろ!」


 指揮官が叫ぶ。


 このまま綻びを許してしまえば部隊は瓦解する。

 それゆえの一喝。

 その判断に間違いはない。


 間違いがあるとしたら――


「ダメですよ」


 ――部隊が崩壊しなければ戦いになるという思い違い。


「私の前で――死から目を逸らすだなんて」

「がぁぁ!?」


 次に死亡したのは指揮官だった。


 鼓舞のために部隊へと意識を向けたほんの一瞬。

 彼は――背後にいる仲間に斬り殺された。

 先程、確かに絶命したはずの仲間に。

 

「し、死体が動いてんぞ!」


 仲間の死。そして蘇生。さらには叛逆。

 あまりにも激しく移り変わる戦場に悲鳴じみた声が上がる。

 

 しかしシオンの瞳は空虚なまま。


 愉悦も侮蔑もなく。

 ただ粛々と戦場を俯瞰している。

 

「私の職業は【ネクロマンサー】。敵味方関係なく、死した者は私の駒です」

「とにかく死体になった奴を――ぐぎゃ!?」


 叫びかけた男が――鎖に胸を撃ち抜かれて死んだ。

 

 指揮官が死亡したことで、新たに指揮をする人間が必要だと考えたのだろう。

 その判断は間違っていない。

 ただ、実を結ばなかった。

 新たな希望になるはずだった命は、声を上げる暇さえなく摘み取られた。


「死は寂しがりなんです」


 ここにいるのは一流の冒険者。

 だが、すでに平静を保てている者はほとんどいない。

 初めてダンジョンに潜った日のように怯え、心乱している。


「そんなに隙を見せられたら、連れて行きたくなってしまいます」

「この化物ぉぉ!」


 誰かが炎を放った。


 平静を失い。

 協力さえ忘れて、ただ目の前の恐怖から逃れるために魔法を放った。

 

 しかし、それは容易く防がれる。


 ――ほんの数秒前まで部隊を指揮していた男によって。

 彼は死してなお――否、死しているからこそシオンのための盾となった。


「な――」

「それではそろそろ――終わらせてしまいましょうか」


 シオンの両袖から鎖がじゃらりと垂れる。


 先程までで1本。

 なら2本なら?

 手数が2倍?

 ならば、その絶望は何倍にまで膨らむだろうか。


「安心してください。寂しい死にはしませんから」


 シオンはそんな妄想さえ許さない。


 地面から這い出したのは大量のゾンビ。

 その数は100を越えている。


「いきなりこんなバケモンが相手かよ……」

「最低でもこいつレベルの奴があと何人もいるってのか……?」


 そんな言葉も仕方ない。


 反応さえ許さないスピードアタッカーが大量の配下を連れている。

 この世界の常識においてあってはならないことだ。


「――大丈夫です」

 

 白い光が走った。


 絶望に沈みかける部隊の隙間を縫い、閃光――鋼紅がシオンへと接近する。


「!?」


 今度はシオンが動揺を見せる番だった。


 たった一瞬の交錯。

 それだけで紅は彼女の首を斬り落としたのだ。


「それでも、私たちは負けませんから」


 ごとりと生首が鈍い音と立てて落ちる。

 そしてシオンは――


「――――」


 ――紅の首へと手を伸ばす。

 

「首がなくても動けるのか⁉」


 首を失っても止まらない。

 それどころ、首を拾うよりも先にカウンターへと移る。

 その異常性に冒険者たちは息を呑む。


「ん」


 だが、シオンの行動はそこで止まる。


 地面から伸びた大量の影が彼女の全身を貫いたのだ。

 標本のように縫い止められたシオン。

 その影を操っていたのは――忍足雪子だ。


「【身体強化】」


 そこに飛び込む糸見菊理。

 彼女は拳を振り下ろす。

 シオンの身体ではなく――地面に落ちた生首に。


 ぐちゃりなどという音はしない。

 一切の抵抗を許さず、風船のようにシオンの頭が弾けた。

 残ったのは赤い水たまりだけだ。


「これで終わり――ですか?」


 右手を赤く染め、菊理がそう呟く。


 首を落とし、落とした頭も完全に潰した。

 これなら――


「終わりじゃありませんよ?」


 それでもシオンの身体は倒れない。

 

「終わりとは、死のことですから」


 首の切断面が盛り上がり、頭部を形作る。

 ほんの10秒さえ要することなく、シオンの頭は元通りの姿を取り戻していた。


「――死んだのか、という意味で聞いたのですが」

「そういうことなら、やはり終わりではありません」


 淡々と答えるシオン。


 頭を砕いてなお、彼女の不死性に傷はつかない。

 それならば――


「私に、死という概念はありません」


 シオンは感情を見せない。


 紅、雪子、菊理。

 3人のSランク冒険者――この戦場における主戦力に囲まれてなお。

 いつも通り、何も変わらず彼女は立っている。


「愛は……死は、与えるものですから」


 死は他人に与えるもの。

 ゆえに、自身の手元に死などない。

 そう語るシオン。


「解釈違いですね」


 そんな言葉に菊理は微笑みを返す。


「死は……与えあう物です」

「ん……多分どっちも常識と違う」


 ついに異世界戦争開幕。



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