終章 7話 誓いの剣
「ッ――――」
一瞬、紅の姿ブレた。
景一郎はすでに肉体の大部分が人間の枠を超越している。
そんな彼の動体視力でさえ完璧に捉えることはできない速力。
さすがは最速、ということだろうか。
「あ」
そんな声とともに紅の姿勢が下がる。
確かに彼女は最速の名にふさわしい冒険者だろう。
ただし――彼女は酔っている。
足をもつれさせた彼女は超スピードでこちらへと転がってくる。
「危なっ」
景一郎は飛び込んでくる紅を受け止める。
胸に勢いよく突っ込んできた彼女に押され、彼はそのままベッドに倒れ込んだ。
「……生身でも飲酒運転ってあるんだな」
ベッドの上で紅を抱き留め、景一郎はそう漏らした。
元来、彼女はあまりお酒に強くない。
景気づけのためかは分からないが、酔いが回った状態で本気の速度を叩き出せばこうなるのも仕方がないだろう。
「……景一郎」
景一郎の体にのしかかっていた紅が上体を起こす。
しかしなぜか彼女は退くことなく、足を広げて彼の胴体に馬乗りになる。
紅は両手を彼の胸元に着き、顔を俯かせるようにして向き合う。
はらりと垂れた金髪が景一郎の頬に触れた。
酒気を帯びた熱い吐息が耳元を通り過ぎた。
「私は――私たちは、ずっと昔から貴方のことが好きでした」
唐突ともいえる告白。
「……そう……なんだな」
だが、これを脈絡がないと評するのは間違いだろう。
明確な言葉にしたことはあまりなかったかもしれない。
それでも彼女たちは、態度で示し続けていたから。
彼女たちの想いに気付かないというのもさすがに無理があるだろう。
分かった上で、景一郎が受け取らないようにしていただけで。
「どう考えても釣り合う相手じゃないから、俺の勘違いかもしれないと思って無視し続けてきたんだよな……」
劣等感というほど粘ついた感情ではない。
羞恥、不甲斐なさ。あるいはプライド。
並び立ったときに明らかに見劣りする自分。
それを自覚しているからこそ、憧れは抱いても、対等な関係は否定した。
そして並び立つにふさわしい力を手にした今でも、そのときのままの関係を漫然と続けてきた。
だとしたらこれは年貢の納め時とでもいうのか。
彼女たちに抱く感情が本当に敬意だったのか。
本音を語るのが照れ臭いからこそのオブラートだったのか。
「まあ……あれだ。弱くて何の役にも立たない俺をわざわざ庇ってくれるなんて、ひょっとして気があるんじゃないか……なんて思い上がるのはよくあることだろ。でも大人になって、そんな中学生の勘違いみたいなことしてたら恥ずかしいからな」
強くて美しい女性が自分を好きになってくれる。
それも無条件に。
まるで思春期の妄想ではないか。
口に出して勘違いだったら悶死する自信がある。
ならば彼女たちの好意は優しさで。
自分の抱いている想いは憧れ。
そうしておいたほうが安全だ。
「景一郎が弱かった時期なんて私は知りません。貴方は、いつも強かった。いつだって貴方は、私の世界の中心でした」
「お……おう」
――ここまで言わせてしまうとは、さすがに情けないといわざるを得ないだろう。
ここまで解釈の余地のない言葉をもらうまで、なあなあの関係を保とうとしているとは。
少なくとも男らしい行動とは言い難い。
「景一郎がいて、菊理がいて、ゆっこがいる。ならどんな世界にいても私の世界はいつも通りなんです」
紅の唇が少し震えていた。
彼女の目は少し潤んでいた。
それは酔いのせいか、あるいは――
「神だとか使徒だとか言われても、私には関係がありません」
言葉だけではなく行為で示された。
言葉だけでなく、永遠を示された。
ここまでされて何も応えられないなど不義理という言葉さえ生ぬるい。
だから――
「そんな概念的なものじゃない繋がりが……欲しいです」
景一郎が口を開く直前。
紅の顔が近づいてきた。
走馬灯のように緩慢な動きなのに、指一本さえ動かせない。
気が付くと、紅は覆いかぶさるようにして景一郎と身を重ねていた。
時は少し進み、次回から決戦当日です。




