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終章  6話 最初と最後

 グリゼルダと別れた後、景一郎は廊下を歩いていた。

 

「ん……?」


 今となっては見慣れた通路。

 だが、今日はいつもと違う点があった。

 景一郎は立ち止まり――彼女と向き合う。


「――――」


 彼の前方で彼女――鋼紅は黙ったまま動かない。

 彼女は廊下の真ん中でただ立っていた。


「どうしたんだ?」

「――――――」


 返事はない。


 顔を伏せているせいで表情がよく分からないが、纏う雰囲気がすこし張り詰めているように思える。

 戦闘時というほどではないが、日常で発する空気ではない。


 景一郎が怪訝な表情を浮かべていると。


「――い、今です……!」


 唐突に紅が叫んだ。


「ん。隙あり」


 直後に側方に現れる気配。

 おそらく【隠密】で隠れていたのであろう。

 気が付けば、ほんの2メートルの距離に――雪子が現れた。

 彼女は両手を伸ばしこちらへと飛びかかっている。

 とはいえ――


「ないだろ。下手糞か」


 ――むしろさっきのやり取りのどこに隙が生じる要素があったのか。


 景一郎は片手を伸ばして雪子の頭を捕らえる。

 腕の長さという絶対的な差により、彼女の手は景一郎には届かなかった。


 ほとんど会話さえしていない状況で注意を逸らすなどできるはずもない。

 こればかりはロクに何も言わないままにゴーサインを出した紅のミスだろうか。

 ――食事の時から思っていたが、どうにも彼女の様子がおかしい。

 いくら【聖剣】が連携を重んじないとはいえ、この程度の連携さえしくじるようなパーティではないはずなのだが。


「上手いか下手かはともかく、どうしてこんなところで奇襲かましてくるんだ? しかも夜中に」


 そして、最大の問題これだ。

 そもそも奇襲を仕掛けてくる理由がない。


 景一郎の記憶が正しければ、紅たちは他の面々よりも早く退席していた。

 推測だが、彼を待ち伏せするためだったのではないだろうか。

 しかしそうなれば、そこまでするだけの動機が気になってくるわけで――


「ん。景一郎君は野外しかも昼が好みだった」

「変な言い方するな。っていうか、どういうことだ?」

「ん。皆まで言わずとも分かるはず」


 頭を押さえられたまま雪子がそう言った。



「端的に言えば夜這い」



「……そうか。夜更かしするなよ」


 この手の冗談は何度も経験している。

 そのため今さら慌てふためく必要がない。


「ちなみに菊理はすでに景一郎君の部屋でムードを作ってる」

「先回りまでしてんのかよ……!」


 ――先回りまでされたのは初めてだった。



 雪子に手を引かれるようにして景一郎は私室へと歩いてゆく。


 一方、紅は黙ったままその数歩後ろをゆらゆらと歩いていた。

 ――なんというか、客観的に見たらかなり不気味なのではなかろうか。


「確かにパーティの時から雰囲気が変だとは思ってたけど」


 そんなことを思っていると、彼らはついに私室への扉にたどりついていた。


「最後の夜ってタイミングで何やってんだ?」


 どうせ雪子に尋ねてもアホらしい答えしか返って来ないだろう。

 そう判断して、景一郎は後ろからついてきているであろう紅に問いかけた。


「え、あ、はい……!? そ、そうですね……!」

「NPCでももうちょっと情報量のある会話してくれるだろ……」


 ――こっちもこっちで話にならなかった。


「ん。最後の夜を初夜にしようとした。終わりの始まりみたいで格好いい」

「理由がアホすぎる……」


 雪子の考えに景一郎は肩を落とす。

 これまで聞いた言い訳の中でトップを狙える馬鹿らしさだった。


「冗談。理由は別にある」


 ふと雪子が真剣な表情を浮かべる。

 ――幼馴染でもなければ、同じ無表情にしか見えないだろうけれど。



「本当は使徒契約した日を初夜にしようと思ったけど、いざ時が来たら超ビビった。そしてズルズル伸ばして今日に至る」



 残念ながらまともな理由は聞けそうになかった。


「あと1日ビビってればよかっただろ」

「ん。それでは一緒に」


 意図的か無意識か――おそらく意図したものだろう。

 雪子は彼の言葉を無視して扉を開いた。


「というか……これから寝るんだから、変な模様替えとか勘弁だぞ」


 景一郎は不安の表情を浮かべた。

 小学生からの付き合いなのだ。

 馬鹿なことだってしてきた。

 とはいえ、こんな大事な夜を悪ふざけで消化されては困る。


「問題なし。寝るための場を整えただけ」

「不安すぎる」


 正直、こういうときに彼女の言葉がアテになった記憶がない。


「――あら」


 開かれたドアの向こう。

 そこから覗くベッドの上には菊理がいた。


「もういらっしゃったんですか?」


 そう笑う菊理。

 彼女の手には小瓶が握られていた。

 おそらくお香のようなものなのだろう。

 彼女は瓶の蓋を開けたまま、近くの棚に置いた。


 最悪、部屋が魔改造されている可能性も考えていた。

 雪子が模様替え担当だったら90%、他のメンバーでも部屋が本来の機能を失っている可能性はそれなりにあると思っていた。


 しかしこの部屋はなんだろうか。

 思っていたよりも変化のない景色。

 強いていうのなら、色紙で包むことで照明の色が変わっているくらいか。


 だが、変わらないのは見た目の話。

 一番に感じたのは香りだ。

 これは芝生の香りとでもいえばいいのだろうか。


「お」

「おっぱい?」


 こてんと首をかしげる雪子。

 しかし景一郎は気にしない。


「思ったより好みの雰囲気だった……!」


 景一郎は自然の香りは好きだ。

 というより、それが嫌いな人間に冒険者は向かないだろう。

 どうあっても自然の中での探索が大部分なのだから。

 つまり森林浴の香りというのは景一郎にとって外れることのない選択といって良い。

 この妙手はさすが幼馴染と言うべきか。


「森林浴気分を楽しめるアロマだそうですよ」

「……それってつまり疑似野外プレイ」

「お前のせいでめちゃくちゃ盛り下がったぞ」


 景一郎は肩をすくめる。


「……そういえば紅はどこに行ったんだ? 部屋に入るまではいたよな?」


 景一郎は少し気持ちが冷めたこともあり、いつのまにか紅がいなくなっていることに気が付いた。

 様子がさっきからおかしかったし、もしかするともう部屋に戻ってしまったのだろうか。

 それでも声さえかけずに去るというのは珍しいが――


「ここにいます」


 そんなことを考えていると、廊下から紅が現れた。

 ――気のせいか少しさっきよりふらついている。


「……?」


 足元はおぼつかないものの、さっきまでのような動転は見えない。

 精神的には落ち着きを取り戻しているように見えた。


 そんな彼女は景一郎を見据え――


「さっき部屋でお酒を入れてきたので大丈夫です」

「引くどころかアクセル踏んでやがった……!」


 姿を消していた数十秒で部屋に戻り飲酒してきたらしい。


 【聖剣】と最後の夜編――後半へ……?



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