終章 5話 宵風は冷たく
「――――」
景一郎は頬に夜風を感じた。
現在、彼はテラスで夜空を見上げている。
別にセンチメンタルになっているわけではない。
……とも言い切れないのだろうか。
今夜は、彼にとって最後の夜になる。
勝っても負けても、この世界で夜を越えることはない。
何も感じないといえば嘘になる。
「――眠らないのか?」
景一郎は、背後に感じた気配へとそう声をかけた。
「主殿こそ、そろそろ眠らなくて良いのか?」
そこにいたのはグリゼルダだ。
彼女はワイングラスを片手にこちらへと歩み寄ってくる。
そのまま彼女は景一郎と並び立ち、夜空へと目を向けた。
「とは言ったものの、主殿としては名残惜しく思うのも仕方がないのかもしれぬな」
彼女は星々を見上げたままこちらへと目を向けない。
――別に、見られて困るような表情はしていないのだが。
しかしきっと、これも彼女なりの配慮なのだろう。
「実を言うと、この世界にそこまで未練があるわけじゃないんだけどな」
景一郎はぼやく。
20年以上生きてきた場所なのだ。
思い出の場所くらいある。
だが、執着するほどのことではない。
「何処にいるかより誰といるかが大事だったというか。この世界にいられなくなるっていうのはともかく、もう会えなくなる人がいるっていうのは――な」
場所なんてどうでも良い。
生まれてきた場所も、生きてきた軌跡もどうでも良い。
ただ、これまで出会った大切な人たちとお別れになってしまうというのは心残りだ。
心残りにならないようにこの1カ月をすごしたつもりではあるのだが、それくらいでどうにかなる話ではないだろう。
「そういう意味では、やっぱりグリゼルダたちがいてくれたのは良かったと思ってる。さすがに一人旅を延々と続けるだなんてぞっとする」
元よりこの世界と縁の浅かったグリゼルダはともかく、幼馴染たちにまで自分と同じような生き方をさせてしまうことへの後ろめたさはある。
申し訳ないとは思うのだが、心強く思ってしまうのもまた本音だ。
「その点、5人もいれば孤独なんて感じようもないだろ」
むしろメンバーを想えば騒がしくなりかねないくらいだ。
「我は主殿と2人旅でも良かったのだがな」
そんなことを良いながら、グリゼルダはグラスを軽く揺らす。
「頼むから、あんまり旅先でギスギスしないでくれよ?」
「それは向こうの出方次第であろう」
「正直……強く否定できないな」
奇しくも、永遠をさまようこととなった仲間はかつての【聖剣】と同じ顔ぶれだった。
その中でグリゼルダだけが違う。
しかしそのことにおいて彼女に責任があろうはずもなく、どうにかしろというのも酷だろう。
「とはいえ、向こうの気持ちも分からなくはない」
そんな事情による不和を擁護したのはグリゼルダ自身だった。
「我も同じ立場なら、面白くはなかったであろうからな。本気であれば本気であるほど、思うところはあるということなのであろう」
今でも【聖剣】にとって最初の――小学生の頃に生まれた【聖剣】という4人組は特別なままなのだろう。
そんな特別な集まりに踏み込んできた者への牽制。
根幹を辿れば、そういうお話なのだから。
「しかし、勘違いするではないぞ主殿」
グリゼルダがこちらへと顔を向ける。
そして、鼻同士が触れそうなほどに二人の顔が接近した。
「付き合いが短いことは、その熱量が劣っていることの証明にはならぬ」
そう言うと、グリゼルダは顔を離す。
「こちらの世界では、友と酒は古いほうが良いといった言葉があるそうだな」
グリゼルダはそう言った。
確かに、そんなニュアンスのことわざがあった気がする。
生憎とうろ覚えだけれど。
「友情はそうだったとして、愛情はその限りではないということだ」
グリゼルダは指を景一郎に突きつける。
彼女の笑みは不敵で、それでいてどこか照れ臭そうにも見える。
あまり――いや、初めて見る表情かもしれない。
「…………というと?」
「いや、これで分からぬのは馬鹿であろう」
「主殿へのセリフじゃねぇ……」
しかし彼女の言葉を真に受けることも出来ぬまま、時は過ぎてゆくのであった。
ヤンデレ同盟は排他的。
ただ時間は永遠にあるので、おそらく時が解決します。
作中でそうなるかはともかく。
あと少しで決戦当日となる予定です。