終章 4話 最後の夜
2月13日。
この日、景一郎たちは一室に集合していた。
日頃から豪華な部屋ではあるものの、今日はいつもと違う趣向によって彩られている。
折紙やモール。
そんな安価で売られているもので部屋は飾り付けられている。
安っぽいといえばそれまでだが、肩肘を張らずに済む雰囲気は景一郎にとって心地良いものだった。
「それでは今から~お兄ちゃんさよならパーティを始めま~す」
パン。
詞が手元のヒモを引けば、クラッカーがそんな破裂音を鳴らす。
宙を舞うカラフルな紙吹雪。
その一部が景一郎の肩へと乗った。
「なんというか、喜んで良いのか微妙な字面だな」
――最終決戦まであと1日。
言いたいことは分かる。
分かるが……もっと良いネーミングはなかったのか。
「えぇ~? それじゃあ――生前葬?」
「お前それなりの頻度で俺のこと殺そうとしてるよな。むしろ死ななくなるはずなんだけど」
人間としての生が終わるという意味では間違いないのかもしれないが。
「とりあえず食事をお楽しみになってはいかがでしょうか」
そう声をかけてきたのは明乃だった。
「ああ……」
彼女の言葉に従い、景一郎はテーブルへと視線を向ける。
そしてここにも気になることが1つ。
「なんか、俺のところだけ料理多くないか?」
多い。
成人男性が食べると考えても3人くらいは必要な量だ。
「ん。男の人だからいっぱい食べられる」
「言っとくけど、これでも25だからな? 男子高校生ほどわんぱくな食欲してないぞ」
そう返すも透流は首をかしげている。
確かに冒険者には健啖家も多いが、景一郎の食事量は常識の範疇だ。
そんなことはこの場の全員承知のはずなのだが――
「は、はぁぁ!? そんなに食べるのが嫌なら他の奴に渡せばいいじゃないの!」
そう声を上げたのは香子だ。
……なぜここで突っかかってくるのかが分からない。
景一郎の思考を察したのだろう。
部屋を動き回っていたナツメが近づいてきて耳打ちする。
「……本日の景一郎様の料理は、香子様が作られています」
耳元で告げられた事実。
どうやらこれらの料理は香子によるものだったらしい。
――なぜか景一郎の分だけ。
確かに、他の面々と比べてメニューが異なっている。
「そうなのか?」
「はい。景一郎様に思い入れのない私より適任かと思いましたので」
「…………」
――面と向かって思い入れがないと言うのはいかがなものなのか。
「冗談です。私も思い入れはあります」
指先を唇に当て、そう小さくナツメは笑う。
なんというか、珍しいものを見た気分だ。
「ただ、大人としてここは若者ために身を引いただけです」
そう彼女は言った。
どうやら大人の機微というやつらしい。
「そういうわけで、私と香子様で1人前ずつ作りました」
「引いてねぇ……! 俺の料理だけ多い理由思いっきりそれじゃねぇか……!」
そういえば彼女は雪子の師匠だった。
そんな奴に常識を感じかけた景一郎が馬鹿だったということだろう。
「いいから食べなさいよね」
ついに香子は席を立ち、景一郎の正面に移動した。
そして彼女は身を乗り出し、彼の眼前にあった料理の一つを箸で持ち上げる。
――唐揚げだ。
「ひゅー」「ん。これは」
景一郎に差し出された唐揚げ。
バックコーラスのように詞と透流が何か言っている。
いつもなら香子はこのあたりで怒声を上げるところなのだが――
「――――」
不思議と香子は反応を示さない。
口を固く閉じ、どこか険しい表情でこちらを睨んでいる。
怒りを抑えているのか、その顔は上気していた。
「ん。茶化しても効かない。これは本気」
「ほわぁ……ガチだねぇ」
彼女の態度に並々ならぬものを感じたのか。
自然と周囲の音が消えてゆく。
「食べないわけ?」
「いや……」
――ここで自分の箸を使えばほぼ確実に怒られるだろう。
観念して景一郎は唐揚げを口にした。
一口に食べきるには少し大きい唐揚げを彼は頬ばり、咀嚼する。
「――美味い」
カリカリとした薄皮に包まれた唐揚げは、軽く歯を突き立てただけで肉汁を迸らせる。
きっと使われている肉はしっかりと下味をつけられているのだろう。
舌が優れているわけでもない景一郎でも、この料理が普通ではないことが分かる。
そんな思いを込めての一言。
それに対する香子の反応は――
「へ、へぇ……ふぅん……へぇ?」
――思っていたよりも微妙だった。
目を逸らしながら意味のない言葉をつぶやく香子。
彼女の頬はなぜ膨れている。
(なんか反応が悪いな……)
まさかプロ並みの食レポを要求されていたのだろうか。
そんなことを考えていると――
「フェイントです。今のは私が作った料理でした」
「トラップすぎるだろッ……!」
ナツメの答えですべての疑問が解けた。
香子が差し出した料理は、彼女が作ったものではなかったのだ。
そして景一郎はそれを手放しに誉めた。
――ということだ。
「うんうん。愛って試したくなっちゃうよねぇ」
「ん。経験がなくて分からない」
「まあ僕もないけど」
「…………」
バックコーラス組が好き勝手に語らっていた。
「そ、そういえば――!」
この話題を続ければ火傷をしてしまう。
そう判断し、彼は話題の転換を試みた。
「こういうのでお前らが口を突っ込まないのも珍しいよな」
景一郎が声をかけたのは隣に座っている紅だ。
思えば、彼女たちは景一郎が他のパーティと関わるのを好まなかった。
実際のところ、きっとそれは景一郎が他のパーティに因縁をつけられないための措置だったのだろう。
それくらいしか景一郎が他の冒険者と交流するのを阻止する理由がない。
だから景一郎の主張は的外れだ。
ここにいるのは信頼のおける冒険者ばかりで、強引に割り込む必要性などない。
ゆえにこれは単純なこじつけ。
しかしそれでもいい。
あくまで景一郎は話題が変われば、その妥当性などどうでも良いのだ。
「え……!? そ、そうでしたか……!?」
――予想していたリアクションと大分違った。
明らかに紅が動揺している。
これでも景一郎たちは小学生からの付き合いだ。
彼女の色々な面を見てきたという自負はある。
しかし、ここまであからさまな動揺をする彼女も珍しい。
モンスターに不意打ちされても、ここまで動じることはなかったのだが。
「あらあら」
「ん。これは勝者の余裕」
意味ありげに微笑む菊理。
一方でなぜか雪子は胸を張っている。
「そのわりに紅が妙に動揺してたんだけど」
どう考えても勝者の風格ではなかった。
むしろ初めてのダンジョン探索に挑む新人冒険者レベルの緊張を見せているのだが。
「ん。だってこれから――んぐ」
何かを言いかける雪子。
しかし彼女は一瞬にして口を封じられていた。
――紅だ。
彼女は目にも見えない速さで雪子の口を塞いでいた。
景一郎でも捉えられない速力。
おそらくだが【時間停止】を使っていた。
「…………?」
そこまでして何を隠したかったのか。
景一郎の疑問は深まるばかりだった。
紅の動揺の理由は少し後で――