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1章 エピローグ あの日の面影

「そんなことがありましたのね」


 冷泉明乃は紅茶を飲む。

 

 景一郎と明乃が住んでいるビルの居住区。

 その一室。

 そこにいたのは景一郎、明乃、詞の三人だった。

 初めてここを訪れた詞は興味深そうに部屋を見回している。


「ともあれ、無事で良かったですわ」


 景一郎は明乃へと今回の顛末を話していた。

 場合によっては、景一郎も事情聴取に呼ばれる可能性がある。

 その時になって説明するのでは、対等な関係とはいえないだろう。


「そういえば……棘さんを寄こしたのは冷泉じゃなかったのか?」


 景一郎は気になっていたことを問いかけた。

 タイミングの良く現れた棘ナツメ。

 

 日頃から、景一郎の素行を監視していたのか。

 あるいは、今回の探索について思うところがあったのか。


「いえ。わたくしは、影浦様のご予定を存じ上げなかったので」


 しかし明乃は彼の言葉を否定する。

 彼女は景一郎の行動について知らなかったと。

 だが、事実としてナツメは景一郎のそばについていた。


 景一郎が思いを巡らせていると、横から手が伸びてきた。

 白い手は、手慣れた様子で空になったカップへ紅茶を注ぐ。



「――私の独断で追わせていただきました」



 横から聞こえてきた。

 

 ここにいるのは、景一郎たちを除けばメイドだけ。

 そしてメイドは本来、彼らの話に口を挟まない。

 それは従者として当然というべき立ち振る舞いだ。


 だがこの場合はその限りではないだろう。

 メイド自身が――当事者であった場合は。


「そうでしたの?」


 明乃はメイド――棘ナツメへと声をかけた。

 するとナツメは静かにうなずく。

 

「はい。お嬢様が懇意になさっているということで――」

「指示がなくとも、わたくしの意に沿う行動を心掛けたというわけですのね」


 感心したように明乃は微笑む。

 業務として従者をしているのではない。

 心から主を想い、自主的に行動するのはメイドとして――



「……………………どうにか汚点を見つけてやろうと」

「ぶふっ!?」



 明乃が紅茶を噴いた。

 机にぶちまけられた紅茶をナツメは手際よく拭いてゆく。


(完全に紅茶を飲むタイミングを狙ってたな)


 ナツメが発言するまでの奇妙な間。

 あれは明乃が紅茶を口にするタイミングを狙い撃ちするためだとしか思えない。

 ――どうやら、明乃はずいぶんと良いメイドを持っているようだ。


「……メイドとして働いていたんですね。ここに来て初めて見ました」


 景一郎は優雅に紅茶を飲む。


 ここに住み始めて数日。

 あらかたのメイドとは顔を合わせたように思う。

 しかしナツメには心当たりはない。

 見ていたら気付くはずなのだが――


「私はメイド長をしていますので。直接お客様のお世話をすることはめったにありません」


 どうやらメイド長だったらしい。

 

「……ねぇねぇ」

「?」


 景一郎たちが話していると、詞が声をかけてきた。

 彼は指先で景一郎の肩をつつく。


「影浦お兄ちゃんって、この人とパーティ組んでるの?」


 詞が見ていたのは明乃だった。

 彼女はナツメに顔面を拭かれていてこちらのやり取りには気付いていないようだった。

 ――つくづく主の扱いが雑なメイドである。


「いや……組んでないけど」


 あくまで明乃はスポンサーだ。

 仲間ではあるが、同じダンジョンに潜るパーティというわけではない。


「それなら影浦お兄ちゃん」


 詞は言葉を続ける。

 だが、そこに勢いはない。

 躊躇いがちに体をよじり、彼は言葉を紡ぎだす。




「ボクとパーティを組んだりするの……イヤ?」




 そう言って、詞は目を逸らした。

 そこには隠しきれない不安感が覗いている。



「…………………………」


(俺は【聖剣】以外のパーティなんて考えられない)


 景一郎は考える。

 自分の目指すその先を。


 強くなりたい。

 強くなって【聖剣】のみんなとともに戦いたい。


 だから、他のパーティに腰を落ち着けるという考えは――なかった。


「それは――」

「よろしいのではなくて?」


 景一郎が断りの返事をしようとしたとき。

 それを遮ったのは明乃だった。

 彼女は真剣な表情で彼を見据える。

 ――顔面を拭かれながら。


「冷泉?」


 景一郎が問い返す。

 普段、明乃が彼の行動に口を出すことはない。

 だが、だからこそ彼は彼女の言葉に耳を傾けた。

 そうすべきだけの意味を持つと明乃が判断したということだから。

 

「確かにソロは経験値が分散しませんわ。でも、パーティに比べれば幾分かランクの低い狩場でしかレベリングできません」


 明乃はそう説く。

 感情ではなく、理屈で。

 景一郎が目標を目指すうえでの必要性を語る。


「影浦様の最終目標が魔都――その頂であるのなら、いずれパーティが必要になるのではないかと」


 明乃の言葉は、一考に値するものであった。

 今はソロでも順調にダンジョンをクリアできている。

 だが、どこかで行き詰まるかもしれない。


 この歩みが失速してしまったとき、すぐに頼りになる仲間を見つけられるのか。

 必要になってから探したのでは、それだけ足踏みをすることとなる。


「僭越ながら私からも――」


 明乃を支援するように声を上げたのはナツメだった。


「ソロで鍛え続けても、連携のできないスタンドプレイヤーが生まれるだけです。影浦様の目的が以前のパーティへの復帰であるのなら、パーティとしての経験を最初から捨ててしまうのは得策ではないかと」


 ナツメが語るのは、景一郎が目標を叶えてからの話。


 強くなったとして。

 そして【聖剣】へ戻れたとして。

 ただ己の力を振るうだけの、パーティとしての調和の取れていない自分で構わないのかと。


(どうやら、頭が固くなっていたみたいだ)


 目標を目指す過程。達成してからのこと。

 両方で言い負かされてしまったのだ。

 完全敗北である。


「…………月ヶ瀬」


 景一郎は詞に声をかける。

 詞の肩が揺れた。

 彼は唇を嚙み、景一郎の言葉を待つ。



「俺は、以前所属していたパーティを除籍されている」



 景一郎が話すのは自分のこと。

 組むのなら、知らねばならないこと。


「だけど俺はこれからもっと強くなって……そのパーティに戻りたいと思っている」


 景一郎の過去、そして目標。

 なによりも――


「だからパーティを組んだとしても、俺にとっては一時的なものでしかないと思う」


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「それでもまだ、俺と組みたいと思ってくれるのか?」

「うん。組みたい」


 すがすがしいほどの即答だった。

 そこには迷いも逡巡もない。

 だけどなぜだろうか――考えなしの行動には見えなかった。


「もしボクとのパーティが、影浦お兄ちゃんにとって夢のための踏み台でしかなかったとしても――ボクは嬉しい」


 詞は景一郎の手を握った。

 胸元で彼の手を抱き、詞は微笑む。


「ボクね? 影浦お兄ちゃんに運命を感じてるんだ」


 詞は語る。

 柔らかい微笑みを浮かべ、大切そうに。


「だから、むしろどんと来いだよっ。影浦お兄ちゃんの夢の結末――それをこの目で見届けちゃうからね?」


 詞は退かなかった。


 風評に難があるという事実も。

 いつか別離するという事実も。

 すべて知ってなお、景一郎を求めてくれた。


「……そうか。なら、これからよろしく頼む」


 自分の将来のため必要で。

 そんな景一郎のことを必要だと言ってくれる。


 それでも断り続けることなど、できるわけがなかった。


「ねぇねぇっ。冷泉さんは加入しないのっ!?」

「わたくし……ですの?」


 景一郎の加入が嬉しかったのか、詞は目を輝かせてさらなる勧誘へと身を乗り出した。

 突然のことに明乃もわずかに戸惑う。

 しかしすぐに平静を取り戻すと、彼女は紅茶を口にした。


「……そうですわね。パーティには盾役が必要でしょうし」

「けって~い」


 詞はピースサインを掲げる。


 冷泉明乃は【パラディン】だ。

 もっとも盾役に適性があるとされる職業。

 彼女の加入はパーティとして大きな意味を持つだろう。


「じゃあじゃあっ。メイドさんはっ!?」

「私は結構です」

「空気に流されない系っ!?」


 わりとあっさり断るナツメであった。

 きっと彼女なりの考えがある――はずだ。


「それでは、手続きはわたくしのほうでやっておきますわ。それで、登録名ですけど――」

「……パーティ名か」


 パーティとしての恩恵を受けるためには協会へと届出をする必要がある。

 そして登録するのなら当然、登録名が必要だ。


「ここはやっぱりリーダーがビシッと」

「……俺がリーダーなのか?」


 詞の視線の先にいたのは景一郎だった。

 発案者が詞のため、てっきり彼がリーダーを務めると思っていたのだが。


「あら。わたくしもそのつもりでいたのですけれど」


 どうやら、すでにパーティ内での意見の食い違いが露見してしまったようだ。


「名前か……」


 景一郎は天井を仰ぐ。

 色々な言葉が脳を駆け巡る。





「――――――――――【面影】」





 気が付くと、景一郎はそう口にしていた。


 面影。

 なるほど、幼馴染との過去に執着する馬鹿野郎がリーダーを務めるパーティ名としては適切だろう。

 そんなことを思いつつ、詞たちの反応をうかがう。


「「…………」」


 明乃と詞は無言だった。

 そして目を見合わせると――


「うんっ。カッコいい名前だねっ」

「わたくしも良いと思いますわ」


 2人が口にしたのは賛同の言葉だった。

 どうやらお気に召してもらえたらしい。


「それじゃあ、ボクたちは今日から、パーティ【面影】の仲間だねっ」


 詞は祝杯を掲げた。

 ――紅茶だけれど。


「ああ」「ですわね」


 景一郎と明乃もカップを掲げる。

 三つのカップはぶつかり、透き通った音を鳴らした。


「ちなみに、そちらのカップは1つ10万円です」

「わひゃぁぁぁぁっ!?」


 悲鳴を上げる詞。

 どうやら彼はまだ、庶民的な金銭感覚を持っている冒険者だったようだ。


 ともあれ、こうして新パーティ【面影】が結成されることとなった。






「そういえば影浦お兄ちゃんが、前に所属してたパーティってどこなの?」

「…………【聖剣】だ」

「うっそぉぉぉっ!?」

「……やっぱり、そういう反応になりますわよね」


 こうして景一郎をリーダーとしたパーティが結成されました。

 あと1話で1章は完結いたします。

 次の話は【聖剣】サイドの予定。



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