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終章  1話 月と影

 時は1月下旬。

 つまり最終決戦まではあと半月しかないということになる。


 だからといって景一郎に出来ることというのはそう多くない。

 明乃や来見あたりは戦いに向けた根回しに奔走しているようだが、景一郎にはそういった対外交渉の技術もツテもないのだ。


 そうなれば出来ることは日々の訓練くらいしかない。

 ゆえに景一郎は行動を始めることにした。

 最近になって気が付いた懸念を解消するために――


「ちょっと付き合ってくれないか?」

「え?」


 昼時を見計らい、景一郎が詞に声をかけた。


「いやぁ……ちょっとぉ」


 詞は目を逸らし、体を左右に揺らす。

 言葉にこそしていないものの、その態度には明らかに否定の色があった。


「あー……悪い。用事があったのか?」


 拠点を出るわけでもなく、誰といるわけでもない。

 なので暇なのだとばかり思っていたのだが、何か用事でもあったのだろうか。


「えっと用事はないけどぉ……」


 詞は曖昧な返事をする。

 彼は口ごもりながら両手の指を絡ませる。

 そんなに言いづらい事情があったのだろうか。

 景一郎が内申で首をかしげていると――


「さすがにあの4人に加わって6人でニャンニャン――っていう勇気はないかなぁって?」

「一言も言ってねぇ。というかアイツらとはそういう関係じゃねぇ」


 付き合うという言葉の解釈としては飛躍しすぎだ。

 せめてもう少し初々しい意味で受け取って欲しかった。


「ったく……お前たちの中で俺はどんな性豪にされてるんだよ」

「んー……日本が世界に誇る女性を上から三人一気食いした人?」


 ――強く否定できなかった。

 

 食った覚えはないが、紅たちがこの国においてそれほど大きな存在なのは事実である。

 昔からの付き合いとはいえ、旅のお供には豪華すぎるメンバーだ。

 多少の恨み言を投げかけられても仕方ないくらいには。


「とんでもない評価だな。そんな奴と絶対友達になれねぇ」

「まあ、自分自身とは友達になれないよねぇ」


 詞はくすくすと笑う。


「………………」


 景一郎はそんな彼の姿を盗み見る。

 彼の態度にさほどの違和感はない。

 なんというか、上手く誤魔化しているというべきか。

 ――仕方がなかったとはいえ、それを強いた景一郎がどうこう言える話ではないが。


「ともかく、用事はないんだな?」

「うん」


 詞はあっさりと頷く。


「じゃあ、さっきの罵倒の詫びと思って付き合ってくれ」

「ええ……遅いか早いかの事実でしょぉ?」

「…………」


 実際のところ、景一郎は仲間内からどう思われているのか。

 もしかすると少し真剣に確かめておく必要があるのかもしれない。



 景一郎たちが訪れたのはショッピング――ではない。

 そもそも拠点の外ですらない。

 

 2人がいたのは訓練場。

 整えられた芝生の上で2人は刃を交えていた。


「てや……!」


 詞のナイフが迫る。

 それを景一郎は黒刀で防ぐ。


「とう……!」


 しかし詞のナイフは1本ではない。

 残る手が続けざまに刃を振るった。


 対する景一郎は黒刀のみ。

 双剣による攻撃を防ぐことはできない。


「ッ」

「ぅわ……!」


 だからこそ景一郎は空いている左手を伸ばし、詞の手首を掴む。

 止まる斬撃。

 

「せいっと」


 しかしそれくらいで詞の追撃は終わらない。

 彼は手首のスナップだけでナイフを投げつけてくる。


 だが全身の力を乗せた投擲ならともかく、この程度の速度で迫るナイフは脅威ではない。

 景一郎はわずかに首を傾けるだけで迫る刃を避ける。


「そや」


 だが、それは彼も分かっているだろう。

 だから――ナイフの柄に影がつながっていた。


 詞が手首を引く。

 それに合わせ、【操影】に手繰り寄せられるようにしてナイフが反転する。


「これくらいなら素手で切れる」


 後頭部に迫るナイフ。

 そこで景一郎が選択したのは――手刀。

 ナイフを防ぐのではなく、ナイフの動きを制御している【操影】の糸を断ったのだ。


 見えにくくするために細く影を伸ばしているからこそ、素手でも簡単に破壊できるのだ。

 こればかりは【操影】の性質上どうにもならない部分だろう。


「んーやっぱりダメかぁ」


 ナイフは影の導きを失い、そのまま誰もいない地面へと刺さる。


 特に打撃を与えることもできずに得物を手放してしまった。

 その時点で勝ちの目はないと判断したのか、詞は手にしたナイフを放って降参した。


「お兄ちゃんは強いねぇ。初めて会ったときはそんなに違いなんてなかったと思うんだけどなぁ」


 しみじみと詞はそう漏らす。


 景一郎と彼が出会ったころ。

 戦闘経験の違いこそあったものの、シンプルなスペックならばおそらく詞のほうが優れていただろう。


 最初はBランク冒険者だったというのに、半年ほどでAランクへと昇格し【先遣部隊】ともそれなりに戦えるレベルの実力を得た。

 しかも景一郎と違いそれが一切ドーピングなしの純粋な才能と努力の結果なのだ。

 まぎれもなく彼も天才の一人なのだろう。

 

「お兄ちゃん」


 詞はゴスロリ服に芝がつくことも気にせずその場に寝転がる。

 彼は手足を投げ出し、空を仰いでいる。


「僕たち……気付いたら、遠くまで来ちゃったね」

「……ああ」


 感慨深いような、現実感が薄いような。

 そんな風に詞が語った。


 その気持ちは景一郎も同じだ。

 この一年弱の戦いはまるで夢物語だ。

 それくらいには数奇な運命をたどっている。


「でも、僕はここまでかなぁ。もうお兄ちゃんと一緒には歩いていけないや」

「そんなことないだろ」


 彼がどれほどの気持ちを込めてそう言ったのかは分からない。

 しかし分かっていたとしても、きっと景一郎は同じように否定しただろう。


「お前がいなかったら【面影】はなかった」


 最初に【面影】の結成を言い出したのは詞だ。

 そうでなければ、景一郎は一人で魔都を目指していただろう。

 ――そしてきっと、それでは届かなかっただろう。


「俺がこれから何かを成し遂げたとして、それは間違いなく詞のおかげでもある」


 今の景一郎があるのが詞の選択によるものなら、これからの景一郎が為してゆくこともまた詞の影響あってこそ。

 そう思っている。


「そう言ってくれると……嬉しい、かなぁ……?」


 納得しているようなしていないような。

 微妙な様子で詞は呟いた。


「――それじゃあ詞。ここからが本題だ」


 景一郎は少し離れた位置に飛んだ詞のナイフを拾う。


 過去を語らい、懐かしさにふけるものいいだろう。

 だがそれは当初の目的ではない。


 軽く刃を交えたからこそ確信を持てた。



「俺に一発入れてみろ」



 景一郎は【面影】の初代リーダーとして、最後の務めを果たすことを決めた。


 終章の最初あたりは最終決戦へと向けた物語になります。



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