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終章  プロローグ 決戦まで

「それじゃあ決戦の日は2月14日。バレンタインデーに決定」


 そう告げたのは雪子だった。

 ここは景一郎の私室なのだが、いつの間にか彼女が中にいたことに関しては指摘しても意味がないだろう。

 よくあることだ。

 

 ――使徒契約のための儀式を終えて数日。

 決戦の正確な日取りは決められていないままだった。

 そのあたりは来見に丸投げしておいたほうが上手くいくだろうと判断し、景一郎も特に触れずに過ごしていたのだが――


「どこの企業の回し者だよ。バレンタインデーに合わせて世界を救うとか箔付けしすぎじゃないか?」


 偶然なのか作為なのか。

 来見が選んだ決着の日はバレンタインデーだった。

 きちんとした理由があるのだと言われてしまえば、景一郎としては納得するしかないのだが。

 ただ、どうにも遊び心が込められているような気がしてならない。


「ん。これは来年あたりバレンタインデーが景一郎記念日に変わるフラグ」

「マジでやめろ」


 残念ながら冗談として笑い飛ばせない話だった。


 ダンジョンが現れて半世紀。

 偉業とされたものが祝日として扱われるようになった例は世界でも多く存在している。

 今回の戦いが世界――少なくとも日本の救済につながる以上、似たような扱いを受ける可能性はそれなりにあるのだ。


「そして告白するときの定番が『あの景一郎様より格好良いです』になるかも」

「なんで他人が告白するたびに薄っすらディスられないといけないんだよ」


 カップル成立の踏み台にされるのは不本意だ。


「で、返事が『俺が君の景一郎になる』」

「なるな。マジでやめろ。それだけはホントやめろ」


 自分とまったく関係のないところで恥が上塗りされてゆくのは困る。

 ――これは真剣に、明乃たちにアフターケアを頼んでおくべきかもしれない。

 数年経って、こんな形で自分の名前が残っていたら死にたくなること間違いなしだ。


「ってか景一郎記念日ってなんだよ……祝うどころか軽く茶化してるだろ」


 もはや馬鹿にしているといってもいい。


「ちなみに、本人の逸話に従ってバレンタインデーなら4人までの女性と関係を持ってもセーフ」

「完全に風評被害じゃねぇか!」


 ――そんな逸話はない。ひどい冤罪である。


 歴史とは脚色されるもの。

 その当事者になるかもしれないと思うと身震いがする。


「ん。やっぱ3人まで」


 ――グリゼルダが除外された。


「お前らさ……しれっと仲間内でギスるのやめてくれないか?」


 景一郎は半眼で雪子を見る。


 使徒として景一郎と共にあることが決まった4人。

 しかしどうにも、【聖剣】の3人とグリゼルダは反りが合っていないとしか思えない。


 この件に関してはどちらが悪いというよりも、どちらも喧嘩腰というべきか。

 どちらにも仲良くしようという意思が見えないのだ。

 さすがに彼女たちも大人ということもあり、信頼関係に影響が出ることはないくらいの些細なトゲを刺し合っているというのが現状だ。


「ん。でもこれは許して欲しい。それだけ私たちは、景一郎君に想いを積み重ねてきた。簡単には譲れない」

「…………」


 景一郎は黙る。

 雪子たちの言い分も分からなくはない。


 彼女たちは最初から【聖剣】であり、ソロの冒険者として活動していた時期はない。

 そして名前だけなら【聖剣】という括りは小学生から存在していた。

 

 景一郎を含めた【聖剣】という4人組は1年や2年という浅い歴史ではないのだ。

 そこに会ったばかりの人間が入ってくるというのに拒否感を覚えているのだろう。

 

 彼女たちにとって【聖剣】が閉鎖的あるいは排他的、そんな4人だけで完結した世界だったということも大きな理由なのだと思う。


「景一郎君」


 そんなことを考えていると、雪子の手が景一郎の頭を左右から挟み込んだ。

 

 彼女の顔が近づいてくる。

 景一郎の視界が無表情に占領された。

 かすかな息遣いが頬を撫でる。


「そろそろ理解して欲しい」


 変わらない無表情。

 そこに熱はなく、だからといって冷たいということは決してない。

 

 だが景一郎は彼女の幼馴染なのだ。

 表情の有無くらいで彼女の気持ちが分からなくなるような関係ではない。


「私たちは景一郎君が好き、愛してる、世界も家族も丸々捨ててでも一緒にいたいくらい」

「…………」


 だから、その言葉に偽りがないことも分かるのだ。


 この世界で築き上げたすべてを捨てる。

 景一郎とは違って自分の意思で。

 それはある種の狂気に近い。


 この世界が生きづらいわけではないだろう。

 家族とだって険悪なわけではないはず。


 それでも景一郎を選んだ。

 その捨て身と言うべき選択が、生半可な覚悟の上で成り立っているわけがない。


「ずっと一緒だったから、誰かに優劣をつけたくないっていう気持ちも分かる」


 紅。菊理。そして雪子。

 景一郎たち4人はいつも一緒だった。

 

 実力という面で景一郎は早々に後れを取ることとなったが、彼の目から見て彼女たち3人はいつも対等だった。

 3人とも特別で、3人の中の誰かが特別ということはない。

 そう考えていた。今もそう思っている。


 誰か1人が特別でないのなら、それは愛ではなく友情だろう。

 こう言えば優柔不断に聞こえるかもしれないが、誰かと2人きりの関係になるより、これまでのような4人でいるほうが性に合っているのだ。


 景一郎は雪子の考えが分かる。

 ならば逆もしかり。

 雪子も、景一郎がそう考えていることくらい分かっているだろう。


 それでも彼女は――


「なら――全員同時に孕ませればおっけー。ぶい」

「お前の結論にびっくりだよ」


 ――わりと斜め上の方向で景一郎との妥協点を見出していた。


 終章『影は面影を遺して』開幕です。

 この章で影浦景一郎の物語は終わりを迎えます。

 その結末を見届けていただけると幸いです。



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