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8章 30話 たとえ生きる世界が変わろうとも2

「ホントにムカつくわねッ……!」


 深夜の訓練場で香子は蛇腹剣を振るう。

 その声には隠せない苛立ちがにじんでいた。


「なんで! なんで……!」


 蛇腹剣は繊細な武器だ。

 ちょっとした操作ミスで軌道が大きく逸れてしまう。

 

 今回だってそうだ。

 精神の乱れはそのまま太刀筋へと反映され、狙った通りに動かせない。

 

 ブレた刃先が地面を抉った。

 地面を削り飛ばす抵抗で斬撃の勢いが衰え、蛇腹剣を振るい続けることが難しくなる。

 ――これが戦闘中であったなら明らかな失態だ。


 普段の彼女ならそうそう見せることのないミス。

 その原因は自分でもよく分かっていた。



「なんであそこで……一緒に行きたいって言えなかったのよッ!」



 香子は地面を踏みつける。


「なんでよ……」


 確かに景一郎は彼女を止めた。

 だが、止められたのは彼女だけではない。

 実際に紅たちは制止を振り切って彼とともに歩くことを決めた。


 だから言い訳の余地などない。


 彼と共に生きられない道を選んだのは――間違いなく彼女自身だった。


「ついて行くって言える覚悟もない癖に……」


 香子は苛立っている。

 その矛先は――

 

 

「――――なんで……泣いてんのよ」



 想いを伝えることも貫くこともできないくせに、未練がましく涙を流す自分自身だった。



「んー……これは」


 詞は小さく声を漏らす。

 彼の視線の先には、目元を拭う香子の姿があった。

 

 【隠密】で気配を隠していたおかげで、彼女はこちらに気付いていないようだ。

 

「ん……声はかけない?」


 詞が訓練場を立ち去ろうとすると、背後から声をかけられた。

 ――透流だ。

 どうやら【隠密】で隠れていたのは彼だけではなかったらしい。


「まぁねぇ」


 詞は軽い調子でそう手を振る。


「一応リーダーを任されたわけだし、パーティメンバーのメンタルケアでも――と思ったんだけどね」


 詞は力の抜けた笑みを浮かべる。


「あれは、見なかったことにしておくのが一番かなって」

「ん……分かる」


 彼の言葉に透流が頷く。


 誰にも見られたくない弱さというものはあるだろう。

 手と手を取り合って立ち上がる。

 香子がそういう性格なら声をかけたかもしれない。

 だが違う。

 

 きっと彼女は一人で立ち上がり、平気そうな顔で戻ってくるのだろう。

 今日の涙を誰にも悟らせず。

 なら詞に出来ることは、気付かなかったフリを貫くことくらいだ。


「透流ちゃんは大丈夫?」

「ん……思うところはある」


 詞が問いかけると、透流は無表情で頷く。


「でも……ついて行ったことを、後悔しない自信がない」


 首を振る透流。


 今は良いかもしれない。

 一時の感情で踏み出すのは簡単かもしれない。


「大丈夫って自信を持って言えない私が……ついて行ったら駄目だと思った」


 だけどその先で後悔してしまったとき。

 一番傷つくのはきっと景一郎だ。

 だから、確信も覚悟もなく彼の後を追うことはできない。


 すべてを捨てて追いかけられるほど――この世界への未練は軽くなかった。


「……そっかぁ」

 

 詞は空を仰ぐ。

 見えるのは暗闇と星。

 静かな星空は、綺麗なのに寂しくなってしまう。


「ん……詞さんのほうは」

「え?」


 透流がそう問い返してくる。


 詞は歩きながら頬を掻く。

 いざ問われてみると返答に困るものだ。


「あははははぁ……」


 意味のない笑みが漏れた。


「僕は【面影】の二代目リーダーだからねぇ。それに男の子だし?」

 

 景一郎がこの世界からいなくなる。

 それは詞たちの感情だけにとどまる問題ではない。


 6人中3人。

 日本はSランク冒険者の半分を一気に失うのだから。

 残された者の責任は――重い。


 そんな未来を任された。

 景一郎はそこに介入できないから。

 彼が守った世界を、守り続ける役目を託された。


 だから――



「……大丈夫って、言わなきゃなぁ」


 

 ――何があっても、彼が言わなければならない言葉は決まっていた。


 次回からエピローグです。



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