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8章 28話 選択

「私は結びます」


 最初に口を開いたのは紅だった。

 彼女は剣を納め、景一郎と向き合う。


「私の力が景一郎の役に立つのなら」


 そう彼女は笑った。


「なにより――景一郎を一人にはできません」

「紅……」


 神として背負わされることとなった宿命。

 一人でなら地獄のような未来でも、共に歩む人がいたのならあるいは――


「ん。同意」

「ですね」


 雪子と菊理が続いてそう言った。

 そして、声を上げたのは3人だけではない。


「我も使徒契約とやらを結ばせてもらおう」


 名乗りを上げたのはグリゼルダだった。


「そもそも、すでに主従は結ばれているのだ。それを証明するものが一つ増えるだけであろう?」

 

 そんなことを言って、彼女は不敵な笑みを浮かべる。


 鋼紅。

 忍足雪子。

 糸見菊理。

 グリゼルダ・ローザイア。


 使徒となる決意を固めたのは4人――


「えっと……僕は……」


 詞は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「僕は――」

「わたくしは辞退しますわ」


 詞が何かを口にしかけたとき。

 ――明乃がそれを遮った。


「わたくしが冷泉家の後継者として、この世界を離れるわけにはいきませんわ」


 明乃は腕を組み、堂々とそう語る。

 そこには申し訳なさも後ろめたさもない。

 だからこそ彼女が真剣に考え、選んだ答えなのだと分かる。


「それに――景一郎様が守った世界を守り続ける役目も必要なのではなくて?」

「…………ああ」


 明乃と視線が交わる。

 

 まさしく彼女の言う通りだ。

 ――孤独な旅路は苦しいものだろう。

 だが決して、望まぬ誰かを巻き込みたいわけではないのだ。


「お兄ちゃん……! 僕――!」


 景一郎は手を伸ばす。

 そして、詞を制するように彼の頭へと手を置いた。


「お前も、残ってくれないか?」

「え……」


 景一郎がそう告げると、詞が呆けた声を漏らした。


 きっと彼は言おうとしていたのだろう。

 使徒になる、と。

 ――景一郎のことを想って。

 だからこそ、彼の想いを景一郎自身の手で否定した。


「ったく、せっかく2代目リーダーを頼んだってのに、お前がついてきたら3代目を選ぶ羽目になるだろうが」


 そう景一郎は笑う。


「透流も香子もだ。俺なんかより家族を大事にしろよ?」


 そしてそれは、詞だけに向ける言葉ではない。


 透流にも香子にも家族がいる。

 それを捨てさせるような選択は――させたくない。


「なッ! ババアは関係ないでしょ……!」


 怒気を見せる香子。

 だが、知っている。

 本当は彼女が家族のことを大切に想っていることを。


 だから景一郎はただ彼女へと向かい合い続けた。

 一言も発することなく。

 ただ視線をつなげ続けた。


「アタシは……! アタシだって……!」


 香子は服の裾を強く握り、そう繰り返す。

 彼女が宿すのは怒り。

 それが何に由来するものなのかは分からない。

 ただ彼女は、やり場のない怒りに身を焼かれていた。


「ッッッ~~~~~~!」

 

 香子は不機嫌に足を踏み鳴らすと、景一郎に背を向ける。

 彼女の背中は――小刻みに震えていた。


「ん――景一郎さんは……そうしたほうが良いと……思うんですか?」


 透流は無表情に尋ねてくる。

 だが、表情などなくても分かるほどに彼女は消沈していた。


「ああ。俺はそうして欲しいと思ってる」

「ん……分かった……分かり、ました」


 そう言って透流は一歩下がった。

 ――せっかく病気だった母が快復したのだ。

 彼女を連れていくことなど出来ない。



「……というより、むしろ俺はお前たちのほうが心配なんだけどな?」


 景一郎は紅たちへと目を向けた。


 確かに、一人で戦い続ける未来は孤独で苦しいだろう。

 正直なところ、誰かが一緒にいてくれるというのは心強い。

 それでも、大切な人たちだからこそ巻き込みたくないという想いが大きいのだ。


「もう一回考え直したらどうだ? どうしようもないならともかく――」

「もう一回考えました、契約します」「ん。100回考えた。やる」


 紅と雪子が即答した。

 ――彼女たちにも家族はいるはずなのだが。

 この思い切りの良さはむしろ不安である。


「永遠に景一郎さんと一緒で、永遠に色々な世界で戦える。お得ですよね」

「すまん。その感性は分からない」


 そして意思を曲げるつもりがないのは菊理も同じだったらしい。

 ――なんとなく、分かってはいたことだけれど。


「グリゼルダは――」

「やめるわけがないであろう」


 グリゼルダも躊躇いなくそう答えた。


「そもそも、離反した時点で我の世界に居場所などない。主殿のいない異世界に残る理由などなおさらない」

「まあ……グリゼルダの場合は仕方がないか」


 グリゼルダはこちらの世界の住人ではない。

 しかし景一郎に加担した時点で、元の世界に戻るという選択肢はないだろう。

 とはいえ、この世界との付き合いも第二の故郷と呼ぶには浅すぎる。

 彼女にとって、世界にとどまるという選択肢がそれほど重要でないのは自然なのかもしれない。


「……勘違いするでないぞ。それでは我が消去法で選んだみたいではないか」


 どうやら景一郎の納得に不満があったらしく、グリゼルダはそう言葉を重ねた。


「……違うのか?」

「それは……あれであろうが……!」

「…………どれだ……?」

「「「………………」」」


 ――部屋の空気が張り詰めた。

 あえて表現するのならこれは――殺気の一歩手前と呼ぶべきか。


 その出処は紅たち3人。

 向けられているのは――グリゼルダだ。

 ……この数秒間で何があったのか。


「なんだ?」


 そう口にするグリゼルダ。

 だが言葉とは裏腹に、彼女の口調は疑問形ではない。

 むしろ煽るような――傲慢さが見えるものだった。


「いえ、別に」「ん……超なんでもない」「あらあら…………あら」


 霧散してゆく殺気。

 しかし紅たちが纏う空気は不穏なままだった。


「ねぇお兄ちゃん。契約組が若干ギスってるけど大丈夫?」

「……どう、だろうな……」


 永遠の戦場を共にする使徒となる4人。

 その関係性には若干の不安が残った。


 契約組

・鋼紅

・忍足雪子

・糸見菊理

・グリゼルダ=ローザイア


 残留組

・冷泉明乃

・月ヶ瀬詞

・碓氷透流

・花咲里香子


 となりました。前者は好意が重い組でもあるので、彼の旅路もかなり濃いものとなることでしょう。



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