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8章 27話 使徒

「この世界とお兄ちゃんのどっちが好きかって……」


 詞は来見の言葉を反芻する。

 世界と景一郎のどちらが好きか。

 それはまるで試すような――選択を迫るような問いかけだった。


「選べば……お別れしなくて済む……?」

「その口ぶりだと、選べば世界が滅ぶってことでしょ」


 香子は透流の言葉にそう返す。


 二兎を追う者はなんとやら。

 あちら立てればこちらが立たぬ。

 選択とは往々にしてそういうものなのだから。


「解せませんわね」

 

 そう口にしたのは明乃だった。


「どういうことかな?」

「貴女は最初に言いましたわ。この話し合いの場は、勝利に必要なものだと」


 明乃は来見を正面から見据える。


「つまりわたくしたちが景一郎様より世界を優先すると確信していた。……と言いたいとこですが、おそらく違うのでしょう」


 彼女は語る。

 来見の性格を、彼女が行動するロジックを踏まえて。


「世界を選んでも、景一郎様が救われるというわけではない。――ですわよね?」


 自画自賛のようになってしまうが、きっと彼女たちは景一郎の身を案じてくれるのだろう。

 それこそ、全員がためらいなく世界を選ぶとは考えにくい。


 一方で、世界を守りたい来見としては、この場にいる全員を戦力として運用したいはず。

 なのに、場合によっては戦力が減りかねない話をこの場でした。


 その意図は例えば――景一郎を選ぶことにメリットがない、などはどうだろうか。

 世界を捨てても景一郎が救われるわけではない。

 そうなれば、彼女たちが世界を捨てる理由は大きく損なわれる。


「根拠は?」

「ん――聞く必要はない」


 来見が問いかけるも、彼女の首筋に刃物が当てられた。

 ――雪子だ。


「あらあら。やっぱり幼馴染同士、気が合いますね」

「それは――そうでしょう」


 彼女だけではない。

 菊理も、紅も。

 【聖剣】の三人はそれぞれの方向から来見へと攻撃を向けていた。

 彼女たちが宿す感情は――敵意だ。


「――勝利なんて投げ捨てでも、景一郎様を守ろうとする方たちには心当たりがありますの」


 呆れたように明乃は肩をすくめた。


「景一郎様の命と世界の命運。二つを天秤にかけたとき、わたくしたちの多くは前者を選びますわ。そしてそれは、勝利から離れる行為のはず」


 明乃もどうやら景一郎と同じ考えに至ったようだ。

 

 運命が見える来見は、未来のために最適な現在を積み上げる。

 交渉ミスで戦力を失うなんてありえないのだ。


「だから貴女が言った景一郎様が好きかという言葉は、景一郎様を人間に戻せるという話ではなく――おそらく」


 とはいえ、さっきの問いかけに意味がなかったとは思えない。

 質問に意味があるとして。

 それが景一郎の救済を意味しないとして。

 そこから推測される可能性は――



「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ――より多くの人間が救われない選択肢。


「わたくしたちも神に作り替え、景一郎様と共にこの世界を離れるかどうか。――それを問いたかったのでしょう?」


 世界と景一郎のどちらを選ぶか。

 ――それは、どちらを救うかの問いではなかった。

 ――どちらと共に生きていくかという話だったのだ。


 世界を捨て、景一郎と生きていくか。

 景一郎と別れ、この世界を生きていくか。

 そういう意味を持つ問答だったのだ。


「――ふふ、正解だよ」


 満足のいく答えだったのだろう。

 来見が口角を吊り上げる。


「まあ、厳密に言えば神様になるわけじゃないけどね」


 来見はそう言った。


「私が提案するのは――使徒契約だよ」


 使徒。

 来見はそう口にした。


「景一郎君の使徒となることで彼と同じ旅路を行くか。人間として生きて、この世界を歩み続けるか」


 名前から察するに主従契約のようなものなのだろうか。

 少なくとも口ぶりから、使徒もまた景一郎と同じ宿命を負うという点に間違いはなさそうだ。


「君たちには、選んで欲しいんだよ」


 来見は突きつける。

 選択の時を。


「――そもそも、使徒契約とは何なのだ。我も聞いたことがない」

 

 遮るように口を開いたのはグリゼルダだった。

 来見のペースで事が進むのを阻みたかったのか。

 一度、彼女は選択までの猶予を引き延ばした。


「それは仕方のないことさ。使徒契約はあくまで、純粋な神様だけが持つ権能。混ざりものじゃあ出来ないことだからね」


 来見の言葉が真実であるのなら、グリゼルダが知らないのも無理はない。


 さすがに異世界といえど、神の因子が大量にあるとは思えない。

 そして神の因子を持つバベルは肉体を操り、神へと肉体が至ることを止めている。

 

 ――バベルも、自身を解析したことで神の宿命を知ったと言っていた。

 つまり純然たる神へと至った人間の末路は一般的な知識ではないのだ。

 ならば純然たる神とやらが持つ独自の能力も知られていないだろう。


「使徒契約っていうのは名前そのままだよ。一度結べば途切れることは永遠にない、神様とともにあり続けるという契約さ」


 どうやら景一郎の理解にそれほどの齟齬はないらしく、内容は主従契約に似ている。

 あえて言うのなら、上下ではなく同一であることに重きを置いた関係ということだろうか。


「主と使徒は運命のレベルで結ばれる。肉体こそ別だけど、スキルを共有できたりと戦力的な恩恵も大きいんだよ」

「それはつまり私と景一郎が使徒契約を結べば――」

「君は矢印トラップを使えるようになるし、彼は君の【時間停止】が使えるようになるってことさ」


 来見は紅にそう告げた。


 ――どうやらこれが彼女の狙いだったようだ。


 【聖剣】や【面影】たちと景一郎の間に使徒契約を結ばせる。

 そうすることで景一郎の戦闘力をバベルと戦えるレベルまで底上げし、他の面々も【先遣部隊】に追従する強さに引き上げる。


 世界と景一郎のどちらか、などというのは方便だろう。

 あくまで来見が着目しているのは戦力強化だ。


「それじゃあ、答えを聞こうか」


 使徒契約。

 全員が結ぶ――とはならない予定です。

 こういうものは意見や選択に違いがあるからこそですので。



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