8章 25話 終戦
「いやはや。多少の誤差はあれど、最終的にはそれなりの結果で終われたかな」
白い髪を垂らし、屋敷の主は笑う。
「まあ残念なところといえば、思ったよりもお互いに手札が削られていないことかな。当初の予知では、どっちの陣営ももう少し被害が出ていたんだけど」
まるで盤上の駒を眺めるように。
対局の反省を行うように。
少女――天眼来見はぶつぶつと呟いていた。
「それで、どうだったかな景一郎君。敵のリーダーとの戦いは」
来見の目が景一郎へと向けられる。
彼女いわく、バベルの出現は当人の気まぐれ次第のためかなり不安定な未来だったという。
そしてバベルの出現は来見にとって――幸運だったらしい。
味方の陣営の管理がよりシビアになるというデメリット。
それを軽く取り返すほど、一度でも景一郎がバベルとの直接対決という経験が積めるメリットは大きかったらしい。
「あと一ヵ月。それが、君が完全にリリスちゃんの因子と馴染むまでの時間だ。言い換えれば、彼女――バベル=エンドのスキルを機能不全に陥らせることができる期間でもある」
景一郎の勝機は成長過程。
完全に力を身に着け、成長の余地がなくなってしまえばバベルのスキルの隙間を突けない。
つまり、この一カ月までの間に【先遣部隊】との戦闘に終止符を打てなければこちらの負けということだ。
「一か月後。君は彼女に勝てそうかい?」
笑みを浮かべて彼女は尋ねてくる。
「――それより、言うことはないのか?」
それに対する景一郎の言葉はここまでの会話の流れを汲まないものだった。
「うん? 労いの言葉かな? いやはや、景一郎君が年下女子にナデナデして欲しい願望持ちだったとはね」
「そういうのじゃない」
景一郎は伸ばされた手を軽く払う。
確かに脈絡がなかったかもしれない。
問いかけが不明瞭だったかもしれない。
だが、彼女は分かっていたはずだ。
分かった上ではぐらかしているはずなのだ。
「俺の中にある神の因子――何の問題もないのか?」
「うーん――――質問の意図が見えないなぁだとか。君は敵の言葉のほうを信じるのかいだとか。そういった問答は面倒だから省いてしまおうか」
それはきっと、順当なはずだった会話なのだろう。
そんな言葉の応酬を経て、本題へと切り込むのが普通なのだろう。
しかし来見は違う。
彼女には未来が視える。
だからこそ、不必要なやり取りはあっさりと切り捨てるのだ。
「念のために言っておくけど、敵の言うことを鵜呑みにしたわけじゃないからな」
(お前はもう人間という枠を越えちまってる。だから世界は『人間としての幸せ』をお前に約束しない――か)
景一郎が思い出すのはアナザーの言葉だ。
二人が戦い、同化したときに遺された言葉だ。
もはや半身となった相手。
彼が信じたのは、そんなアナザーの言葉である。
(アイツがどういう意図で俺にそう言ったのかは分からない。だけど、もしもこのことだったなら――)
意味深で、抽象的な遺言。
あのときはまるで意味が分からなかった。
だが、バベルが言っていたことを示しているのであれば――
「結論から言うと――君が聞いた話は真実だよ」
来見はそう告げた。
特に隠す様子もなく。
悪びれた様子もなく。
堂々と、正面から。
「ついでに言えば、知ったうえで私は君に神の因子を渡した」
不幸な事故ではないのだと。
取り返しがつかないと分かっていて、この道を選んだのだと。
彼女はそう語る。
「それじゃあ……今からでも【面影】と【聖剣】の皆を集めようか」
さすがに事情を説明してくれるだろう。
そう思った矢先、彼女が提案したのは招集だった。
とはいえ景一郎の話を無視しているわけではない。
むしろ、説明のためにより適した場を設けたいといったところか。
「ここから先の話は、君以外にも聞かせておきたいからね」
――そのことが示す意味は、分からない。
次回、【面影】と【聖剣】たちの前で景一郎の今後についての説明が。
この話し合いの行方が、最終章へ向けての大きな分かれ道となっていきます。