1章 16話 不可視≠観測不能
BランクモンスターとCランクモンスター。
この2つの間にある大きな壁。
それはスキルの有無だ。
Bランク以上のモンスターはスキルを有する者が多い。
ステルスウルフが持つスキルは――【隠密】だ。
敵から己の姿を隠すスキル。
その練度によって、隠蔽の度合いは大きく変わる。
影が薄くなる。
気配が消える。
姿が見えなくなる。
ステルスウルフの【隠密】は、その体を完全に不可視へと変えていた。
「あ、鳴き声」
詞は声のした方向を向く。
それは遠吠えの声。
もちろん、この場合の鳴き声には意味がある。
「自分は姿を隠し、配下が獲物を狩るってわけか」
周囲の森からハウンドウルフが現れた。
その数は20を越えている。
「これって無限湧きかなぁ」
「多分な。ボス部屋はボスモンスターの能力を底上げする。召喚制限はないと思ったほうがいい」
ハウンドウルフは際限なく現れ続けると思ったほうがいい。
少なくとも、脅威を低く見積もるよりはマシだ。
「それじゃあ、かくれんぼだね」
「俺たちは鬼か」
ハウンドウルフを倒しても終わりはない。
【隠密】で姿を消しているステルスウルフを見つけるしかない。
「でも、ちょっとは風通し良くしないとねっ」
そう言って、詞はバックステップで距離を取る。
その動作のせいか、ハウンドウルフは彼へと狙いを定めた。
群れとなり詞を追うハウンドウルフ。
それはまるで狩り。
違う点があるとするのなら。
「そぉ~れっ」
――追われる側のほうが強いという点だ。
詞のナイフがハウンドウルフの喉笛を裂く。
「トラップ・セット――【矢印】+【炎】」
乾いた拍手の音。
同時に、景一郎の手元から火柱が伸びる。
龍のような火炎は、軌道上にいるハウンドウルフを薙ぎ払った。
「閉鎖空間じゃ使えないけど。こいつは殲滅に便利だな」
洞窟などの閉鎖空間で炎をまき散らすわけにはいかない。
だが今回のような平野なら。
躊躇いなく炎を放射できる。
炎トラップは斬撃トラップほどの殺傷力はない。
しかし、大人数を相手にするのならこちらのほうが向いている。
「「ッ――!」」
景一郎と詞は素早く戦場を駆ける。
それぞれが別方向に動き、ハウンドウルフの群れを散らしてゆく。
相手が圧倒的多数の場合、足を止めないことが鉄則だ。
足を止め、囲まれてしまえば戦況は決定的となる。
逆に敵よりも速く動き回ったのなら――置き去りにされて浮いた駒を獲れる。
「っと」
景一郎は矢印で加速し、群れから外れつつあったハウンドウルフを斬殺する。
「うーん。やっぱり無限湧きだねぇ」
詞はハウンドウルフの連携を躱しながら嘆息する。
これまでも景一郎たちはハウンドウルフを倒している。
なのに戦場にいる敵の数は減らない。
順次、追加投入されているのだ。
「じゃあ、そろそろ本腰を入れて探すか」
ステルスウルフを見つけるまで終わらないと確信できた。
ゆえに景一郎は行動を起こす。
「月ヶ瀬」
「どうしたの影浦お兄ちゃん。もしかして、ボクの声が聞き――」
「10秒、群れを1人で任されてくれるか?」
「りょーかい」
景一郎の意図を聞くことなく、詞は敬礼する。
軽い調子の返事。
そこに気負いは感じられない。
「【矢印】」
景一郎は矢印を踏んで加速する。
彼が目指すのは――ボス部屋の端にある樹林。
「【矢印】+【斬】」
景一郎は四方へと向けて矢印を配置する。
そして、そこへ斬撃トラップを融合させた。
彼を中心として斬撃が拡散する。
全方位へと向けて放たれた斬撃は、周辺の樹木を斬り飛ばした。
「弾はこれくらいで良いか」
景一郎は、次の一手のための準備に入った。
☆
「うんうんっ」
前後からハウンドウルフの爪が迫る。
それを詞は身を捻って躱す。
「えいっ」
詞は両手のナイフを逆手に持ち変える。
そしてそのまま、彼の前後で隙をさらしているハウンドウルフの脳天へとナイフを突き刺した。
動きを止めた詞。
そこを狙い、さらにハウンドウルフが殺到する。
ゆえに詞はハウンドウルフにナイフを突き立てたまま体を回転させる。
遠心力でナイフがハウンドウルフの頭部から引き抜かれる。
すると彼の手元から離れたハウンドウルフの死体が投擲され――追撃しようとしていたハウンドウルフと衝突した。
「ん……?」
詞は視界の端でとある光景を捉える。
――景一郎が何かの準備をしている光景を。
それだけで詞は、次に自分が取るべき行動を察する。
「とぅっ」
詞はその場で跳んだ。
約3メートルの跳躍。
同時に――彼の眼下へと大量の樹木が飛来した。
景一郎が【矢印】を使って、大量の木を射出してきたのだ。
目的は、詞を狙うハウンドウルフを一気に殲滅すること。
ハウンドウルフが詞を中心とした一点に集合したタイミングで、樹木の弾丸を一斉射撃。
木の弾幕にさらされ、ハウンドウルフの群れが吹っ飛んだ。
着弾と同時に大量の木の葉が舞い上がる。
(これで、ステルスウルフは仲間を呼ばないといけない)
詞はステルスウルフの位置を特定するための糸口にたどり着いていた。
(邪魔者がいない状態で、ステルスウルフに遠吠えをさせる)
仲間を呼ぶためには遠吠えをする必要がある。
これまでも何度か聞こえていたが、毎回ハウンドウルフの妨害によって攻撃できずにいた。
しかし今、ハウンドウルフは壊滅している。
今のステルスウルフはこの上なく無防備な状況。
(次に鳴き声が聞こえたら――ステルスウルフを捕捉できるってわけだねっ)
【隠密】という最後の砦さえ剥ぎ取れば――終わりだ。
詞は耳に神経を集中させる。
ステルスウルフの鳴き声を聞き逃さないために。
そして――
(これ――)
詞は察知した。
彼の後方に存在する――呼吸音を。
「やばっ……!」
詞は反射的にガードの姿勢を取った。
構えたナイフ越しに衝撃が走る。
「鳴いて位置がバレる前に、敵を削ろうって魂胆なんだね」
詞は冷や汗を流しながらも笑う。
彼はステルスウルフの遠吠えにばかり意識を向けていた。
しかし、ステルスウルフは詞への直接攻撃を選択していたのだ。
気が付くのが遅れていれば、そのまま攻撃は直撃していたことだろう。
「でも、これで見つけたよ」
ステルスウルフの姿が顕在化する。
「なっ……!」
しかし、驚愕することとなったのは詞のほうだった。
彼が防いだ攻撃。
それは――
(尻尾……!)
尻尾による薙ぎ払いだった。
そのため――
「しま――」
めしりと脇腹が軋んだ。
詞のガード――その逆サイドからステルスウルフの前足が襲ってきたのだ。
尾による攻撃を防いだことで安堵した詞は、逆方向から回り込んできた攻撃を見落としていた。
「んぐぅっ……!」
脇腹を殴られ、詞の体が吹っ飛んだ。
骨折するほどのダメージではないが、不意を突かれたことで対応が遅れる。
そのまま詞は岩肌へと叩きつけられそうになるが――
「ナイスファイトだったな」
――景一郎によって抱きとめられた。
彼は詞の健闘を称える。
役割を務めあげることができた。
そう示してくれる。
「あとは俺に任せてくれ」
景一郎は詞を地面へと下ろす。
優しく、丁寧に。
しかし、その間にステルスウルフは再び姿を消してしまっていた。
「また消えちゃったよ?」
「問題ない」
詞の言葉に、景一郎はそう答えた。
彼は笑い――
「見えなくても、あいつの居場所は手に取るように分かる」
ぐしゃり……。
音が鳴った。
それは――木の葉が踏み潰される音。
「姿が消えても、物理的に消えてなくなるわけじゃない」
あくまで【隠密】スキルは、姿を隠すための技能でしかない。
そこに存在しているという事実は揺らがないのだ。
「だから、こんなに葉っぱがまき散らされた戦場じゃ、歩くだけで場所が分かる」
音の鳴った場所。
木の葉が不自然に潰れている場所。
そこにステルスウルフはいる。
「トラップ・セット――――【カルテット】」
景一郎の姿が消えた。
動体視力を置き去りにするスピードで加速する景一郎。
黒い装備品もあいまって、彼の姿は黒い閃光と化していた。
「ぁ――――」
――【白雷】と呼ばれる冒険者がいる。
鋼紅。
国内最強最速のアタッカーであり、【ヴァルキリー】の職業を有するSランク冒険者。
そして、最強のパーティを率いる女性冒険者だ。
その二つ名の由来は、白い雷のように見えてしまうほどの高速戦闘。
景一郎の姿を見ていると、そんなことを思い出してしまう。
白と黒。
色は違えども、景一郎は閃光のようなスピードで――
「討伐完了だな」
――すれ違いざまにステルスウルフの首を落とした。
ステルスウルフは自分の死にも気づかず立ち尽くしている。
そして結局、体が粒子として溶けるまで死を自覚することはなかった。
「すごいよ……すごいっ、すごいっ……!」
詞の口からそんな言葉が漏れたのは完全な無意識。
誰に聞かせるつもりもない言葉は詞の脳で反響した。
(感じちゃってる……)
詞の心臓が跳ねた。
興奮して体が火照る。
彼の姿を見ているだけで、自然と笑みがあふれる。
強くて、優しくて。
なにより――刺激的だ。
(ボクは今……影浦お兄ちゃんに運命を感じちゃってる……!)
自分の世界を変えてくれる人。
そんな人物がいるのなら彼しかいない。
そう思わせる何かが影浦景一郎という青年にはあった。
景一郎のイメージカラーは『黒』
紅のイメージカラーは『白』
これから景一郎が二つ名を得たとしたら『白雷』とは対になるような名前になるかも。




