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8章 22話 塵芥

「やっぱり――ボクも遊びたくなっちゃったんだよね」


 ゆらりとバベルの白髪が揺れる。

 そんなごく自然の物理現象。

 しかし彼女の雰囲気が、そんな当然さえも不自然へと書き換えてしまう。

 何か恐ろしいものを覗き込んでしまったような気分にさせてしまう。


「!?」


 そしてそれは一瞬だった。


 バベルと一番近いところにいた菊理と雪子。

 それでも数歩分は離れていたはずの間合い。

 それが刹那で――潰された。


 横薙ぎに腕を振るうバベル。

 ほぼ同時に菊理たちは後ろに跳ぶ。

 彼女たちほどの反射速度がなければ、バベルの攻撃に反応することさえ叶わなかっただろう。

 そしてそれでも――わずかに遅かった。


「はい。ばーん」


 バベルの右手――その指先が菊理の脚を掠めた。

 たったそれだけ。

 爪の先が触れるような軽い接触。

 それだけで――菊理の脚が消滅した。


「――!」


 菊理が顔をゆがめる。


 彼女の爪先が消滅した。

 それだけではない。

 爪先から足首で。

 足首からふくらはぎへ。


 彼女の足が先端から徐々に――崩れている。

 彼女の血肉が粉末となり風に溶けている。

 分解は少しずつだが末端から菊理の肉体を侵食してゆく。

 

 このままでは全身が粉々になる。

 

 そう判断したのだろう。

 菊理は躊躇いなく崩れかけた足を斬り捨てた。

 宙を舞う足。

 それは地面に落ちるよりも早く塵と化してしまった。


「……! 何あれ……!」

「あれが彼女のスキルです」


 異常事態に上手く言葉が出ない詞たち。

 それに答えたのは、彼の隣まで避難してきた菊理だった。


「ん……触れたものが全部粉々に分解される。触れられた部位を斬り落とさないと――掠っただけで死ぬ」

「つまり、斬り落とせない場所を触られたらアウトってことかぁ」


 詞はあまりにも理不尽な力に変な笑いを漏らす。

 ――菊理と雪子はすでにオリジンゲートでバベルとも交戦している。

 彼女の能力はその際に知ったのだろう。


「ふふ……そんな神妙に分析なんてしなくて良いんだよ?」


 触れただけで即死の可能性を秘めた攻撃。

 必然的に警戒度を引き上げる詞たち。

 だがバベルはそれでもへらりと微笑む。

 まるで余興のように。


「気になるなら聞けばいいさ。惜しむほど狭量じゃないよ」


 バベルの口元が三日月を描いた。


「そうでもしないと――対等には程遠いからね」


 彼女にとってこれはゲームなのだ。

 退屈しのぎの、命も全力も賭けない遊戯なのだ。


 敵プレイヤーははるか格下。

 だからハンデを与えよう。

 少しでも面白くなるように。

 そう言わんばかりにバベルは語る。


「ボクの職業は【錬金術師】。持ってるユニークスキルは3つ。1つは、左手で触れた存在を完全解析する【既知の左手】。2つ目は、解析した物体を変異させる右手――【致死の右手】。3つ目は――残念だけど教える意味がないかな。見る機会はないだろうし」


 そう言うと、バベルは妖しく笑んだ。


「これは超余裕」

「ムカつくぐらい余裕ぶってくるわね」

「まあ実際に余裕なんじゃないかな」


 透流と香子の言葉に詞はそう返すしかない。

 異世界の冒険者は誰もが強敵だった。

 それでも分かる。

 ――バベルはあの中でも格が違う。

 明確な実力差が存在している、と。


「ん。つまり、一度でも左手で触れられて肉体を解析された人間が――右手で触られたら……死ぬ?」

「ふふ……そういうことだよ」


 透流の言葉をバベルはあっさりと肯定した。

 情報を偽るつもりも出し渋るつもりもないらしい。

 そんな駆け引きなど、この場では必要ないのだろう。

 自分が有利になる手段など、ゲームを楽しむうえで邪魔なのだろう。


「それじゃあ、ちゃんとボクの能力は理解したよね?」


 バベルは両手を広げる。

 死神を宿した両手を。


「なら――遊ぼうよ。ボクが退屈に殺される前にさ」



「ッ……とにかく距離を取って!」

 

 バベルの情報に嘘がないという大前提。

 それを信じて詞は指示を出した。


 バベルの弱点と呼べるもの。

 そんなものがあるとしたのなら――リーチだ。

 

 彼女自身が素早いためあまり大きな穴とはなっていないが、彼女のスキルは触れることが必須条件となっている。

 そのため、必然的に彼女の間合いは素手――近接武器よりもさらに狭い範囲となっているのだ。


 だからこそ詞たちは距離を取る。

 ――味方の位置関係から誤射の心配はない。

 そう判断し、詞は影の腕を模利用した4丁の銃を連射する。

 これでバベルの接近を少しでも阻めたのなら、あとは広範囲を巻き込む魔法で一帯ごと――


「えい」


 そんな気の抜ける声。

 ふざけたような掛け声でバベルは右手を近くの建物に触れさせる。

 すると建物が変形し、彼女を守る壁となった。

 コンクリートの塊がまるで粘土のように再形成されたのだ。

 どう見ても異常な事態だった。


「言ったよね? ボクの右手は物体を変異させる。分解っていうのはシンプルだからよく使うだけだよ」


 確かにバベルは一度も分解などとは言っていない。

 最初の攻防で菊理の脚を分解した印象が強かったせいでイメージが湧いていなかった。

 彼女は触れたものを壊すだけではない、好きなように形を変えることもできるのだ。


「で――知ってた?」


 バベルは腰を落とす。

 そして手を伸ばし――地面に当てた。


「このあたり10キロ圏の地質って……ほぼ一緒なんだよね」


 直後、世界が詞たちに牙を剥いた。

 大地がうねり、彼らの体を巻き取ってゆく。

 抵抗の間もなかった。

 地面が固さを失ったことで跳び上がることもできず、そのまま彼らは龍のように蠢く大地の隙間に捕らわれていた。


「なっ……!」

「…………はぁ」


 地面を触れただけで周辺の地形を掌握する。

 そんな力に詞たちが驚愕する一方、バベルはひどく白けたように息を吐く。


「なんというか……簡単すぎるゲームは退屈だよ」


 すでにバベルは彼らを見ていない。

 殺す気さえ見えない。

 彼女はすでに別の方向を見ていた。


「そう思わない? ――神の子君」


 彼女の視線の先。

 そこには――影がいた。


「俺は……人の子だ」

 

 バベルと対峙した彼――影浦景一郎はそう告げた。


「ふふ……。もう君は、君が思っている以上に人間をやめているよ」


 バベルは肩を揺らす。

 気のせいだろうか。

 それとも景一郎の実力を認めているのか。

 先程までに比べ、彼女は明らかに面白そうに世界を見つめている。

 瞳にほんの少しでも熱が覗いている。


「知ったようなことを言うんだな」


 バベルの目に宿る感情。


 それは敵意か。

 否。

 そんな後ろ暗いものではない。


 それは憧憬か。

 否。

 バベルは何者も自分より上などと思ってはいないだろう。


 格下でも、格上でもない。

 力比べに値する敵というわけでもない。


「知ったようなことじゃなくて、知ったことを言っているんだよ」


 その感情はきっと――



「だって――()()()()()()()()()



 ――共感。


 同じ場所に立つ者同士だけが共有できる仲間意識だ。


 【先遣部隊】は基本的にSランクモンスターの因子を持つ【混成世代】です。

 ただバベルは少し違う事情が。

 ちなみに彼女の職業である【錬金術師】は【鑑定】や【武器作成】が可能な後衛職どころか非戦闘職です。本来はあんな凶悪な性能ではありません。



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