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8章 19話 踏んだり蹴ったり

「おいおい……嘘だろルーシー」


 戦場に降る雨。

 それを手で遮りながらレイチェルはつぶやく。

 その表情は――引きつっていた。


「殺す気かよマジでぇぇぇぇ!」

 

 彼は詞たちに背を向けることも厭わずに全力疾走した。

 ――雨に触れた肩がわずかに変色している。


「え――何あの雨」

「さあ? まともな雨じゃなさそうだけど。さっき名前呼んでたし、向こうの誰かのスキルなんじゃない?」

「巻き込み上等って感じかぁ」


 幸いにして詞たちは建物に退避していた。

 おかげで雨を浴びてはいない。

 どんな効果があるか分からない以上、これからも雨水には触れないように立ち回るべきだろう。


「ん……爆撃が来た」


 詞たちの傍らに【隠密】状態で待機していた透流がつぶやく。

 彼女の視線の先には、いくつもの魔弾が放物線を描きながら迫る光景があった。


「! 援護射撃ってわけね」


 香子が眉を寄せる。


 あの雨が浴びた人間に害をなすものなら。

 爆撃で建物を破壊されてしまうのは脅威でしかない。


「あれ? でも――」

 

 問題といえば――


「ん……誤射った」


 爆撃によって崩壊したのはレイチェルがいた建物だけであったことだろう。


「まあ、目視できるような距離から撃ってる感じじゃなかったし……うん」


 爆撃は町の外から撃ち込まれていた。

 あの距離からでは狙いは大雑把なものだっただろう。

 どこに誰がいるかなど把握して撃っているはずもない。

 ――それで味方を窮地に追い込むのはいかがなものかとは思うけれど。


「マジでアイツら何考えてんだぁぁぁぁぁ!?」

 

 崩落してゆく建物からレイチェルが飛び出す。

 そして不運とは積み重なるもの。

 彼の周りで無事な建物は――詞たちがいる建物だけだった。

 

「ちょっと雨宿りさせてくんねぇかなぁ!? お前たちもこんな決着イヤだろぉぉぉ!?」

「うーんっとねぇ……そうだねぇ」


 必死の形相で駆け込んでくるレイチェル。

 そんな彼に詞は微笑み――


「やぁの☆」


 ――【操影】で建物の入り口をすべて塞いだ。


「敵しかいねぇのかここには!」

「いや。普通に僕たちは最初から敵だし」

「仕方ねぇ――トラップセット【加速】ッ!」


 聞こえるレイチェルの叫び。

 直後、影の壁が砕けた。

 

 影を破壊したのはレイチェル。

 彼は高速でスライディングをして、その勢いで影を蹴破ったのだ。

 彼は勢いそのままに床を滑走し――


「ひゃぁ!?」


 詞の股座を通過していった。

 風で揺れるスカートを押さえるも、その対応はあまりに手遅れだった。


「危なかったぜ。もう少しで、味方のスキルに殺されるとこだった」


 レイチェルは何食わぬ顔で髪をかき上げる。

 完全に雨を防ぐことはできなかったのか、腕は少し黒ずんでいたが。


「よし。じゃあ仕切り直しだな」

「……人のスカートの中を見ておいて、すんごいご身分だね」


 詞は半眼で睨む。

 彼が纏うのはこだわったゴスロリ服。

 それは下着も例外ではない。

 だが見せるつもりでこだわっているわけではないのだ。


「いや。ドロワーズだっただろ」

「この人まじまじと男の子の下着見てた! 命かかってる状況で!」

「誤解のある言い方やめてくんねぇかなぁ! 大体、まったく気にならないってのはさすがに――ッ!?」


 さすがというべきか。


 詞の言葉に反論しながらも、レイチェルは横から迫った狙撃を裏拳で弾いた。

 それは透流が放った氷弾。

 しかし彼の裏拳は正確に氷塊を打ち砕き、一切の傷を負わない。


「さすがに……それは気付くだろ」


 ――本来なら。


「ん……でも、効果あり」

「!」


 直後、レイチェルは自身の異変に気付いた。

 氷弾を砕いた手の甲。

 濡れた皮膚が――爛れ始めた。


「雨水で作った」

「そうかよッ……!」


 レイチェルは警戒を強め透流から距離を取る。


 さっきの透流が放った狙撃。

 その素材に使われたのは外で降りしきっている雨水。

 詳細は分からないが――触れただけで肌を変色させる水。

 レイチェルがあそこまでうろたえていたのだ。

 あれは触れるだけでも相当まずい水であることも容易に想像がつく。


「文字通り降って湧いた幸運って感じだね」

(本来、トラップが仕掛けやすい屋内は【罠士】のフィールドだけど――)


 床、壁、天井。

 物陰も多く、罠を仕掛ける場所は無数にある。

 だから建物の中は【罠士】が得意とするフィールドだ。


(ここでなら火力で抑え込めるっ)


 しかし幸運が2つ。

 1つは、この建物にはまだレイチェルのトラップが一切用意されていないこと。

 2つ目は――この部屋が広く、遠距離攻撃が有効であるという点だ。


 【罠士】がトラップを仕掛けられるのは、せいぜい自分を中心とした1メートル範囲程度。

 レイチェルを近づかせることなく、射撃戦で抑え込めば完封できる。


「遠距離攻撃で削るよっ」

「ん」

「分かってるわよッ」


 詞は影の手裏剣を。

 透流は氷弾を。

 香子は銃弾を放つ。

 3人分の射撃がレイチェルを狙い――


「トラップ【防壁】」


 ――透明の防壁に阻まれた。


「忘れたのか? 【罠士】の得意分野は拠点防衛なんだぜ」


 【防壁】トラップ。

 それはその場に壁を作り出すトラップだ。

 本来は気休め程度の強度しかないが、レイチェルが使えば鉄壁のガードとなる。


「しかもお前は近接職。2人しか攻撃に参加できないんじゃ、作戦としちゃ致命的だろ」


 レイチェルは詞を見る。

 

 詞も【操影】で援護射撃を行っているものの、他の2人に比べれば明らかに征圧能力が劣っている。

 彼は基本的にナイフで戦い、遠距離攻撃などナイフを投げるくらい。

 敵に近づかなければ、彼の火力は大きく損なわれてしまう。

 

「そんなことないよ」


 それは紛れもない事実。

 しかし、この状況に限っては否定できる。


「味方を撃たない自信も、動く相手を撃てる腕もなかったからね。念のためくらいにしか考えてなかった技だけど」


 現在、レイチェルは防壁で射撃をすべて防いでいる。

 そして透流と香子が絶え間なく弾丸を撃ち続けている。

 そのためレイチェルに傷は一切ないものの、防壁の陰から飛び出すこともできずにいる。


 いわば籠城戦。

 ならばその焦点は、レイチェルの防御を破れるか否かという――火力戦の一点へと絞られる。


 敵は動かない。

 巻き込む位置に味方はいない。

 反撃はない。

そんな今なら、このカードを切れる。


「役に立ちそうで良かったよ」


 詞の両肩から影の腕が伸びる。

 その手にあるのは拳銃。

 そして詞はナイフを影の中へと落とし――新たな武器へと持ち替える。


 確かに詞は近接戦闘専門だ。

 だが『やらない』のと『やれない』のは違う。

 どうしても遠距離戦闘が必要となったときのために用意した手札。

 それは――突撃銃だ。


「それじゃあ、初お披露目だよ」


 影の手が握る2丁の拳銃。

 両脇に抱えた2丁の突撃銃。

 4つの銃口が一斉に火を噴いた。


 戦いは順番に描いていますが、同時進行なので別の戦場での攻撃が飛んできたり。



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