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8章 16話 絡繰り仕掛け

「お……おぉ……」


 氷柱に吹っ飛ばされたグレミィが立ち上がる。

 とはいえダメージがあるのか、その動作に滑らかさはない。


「内部が凍っていても駆動はするようだが、さすがに仕掛けは機能を停止していたようだな」


 グレミィのあの体は当然ながら戦うためのものだ。

 ゆえに生半可な魔法では凍らせることはできなかっただろう。

 それでも自分なら機能停止にまで追い込めるという自負があった。

 とはいえ実際に自爆が失敗するのかは出たとこ勝負だったけれど。

 もっとも、それを悟らせるつもりはないが。


「あと1つ言っておく」


 グリゼルダは涼しい顔で微笑む。


「どうにも我を隷属させたかったらしいが。我は、2人も主を持つつもりはない」


 相手が誰であっても関係がない。

 彼女の主を名乗ることができるのは影浦景一郎だけ。

 そこを違えることはない。

 ましてや下品な肉人形を主に据えるなど虫唾が走る。


「主…………2人……だお?」


 グレミィがギコギコと音を立てて首をかしげる。

 あれでは錆びたブリキ人形の兄弟といわれてもおかしくないだろう。


「何を馬鹿な反応をしておるのだ。お前も知らぬ相手ではあるまい」


 前回の戦いで、グリゼルダが景一郎とともにいるところは彼も見ているはずだ。

 そして、彼女の振る舞いも。

 考えればすぐに分かること。

 ――グレミィの場合、あえて考えていなかったのかもしれないが。


「あの影使いのことかァァァァァァァァァァァァッ!」

「きゃ!?」「ぅっ!」


 激昂するグレミィ。

 彼は駄々っ子がおもちゃを投げ捨てるように明乃たちを地面に叩きつける。

 そしてグレミィは自由になった両手をグリゼルダに伸ばし、地面を蹴りつけた。


 それはおそらくグレミィという絡繰り人形には許されていないパワーだったのだろう。

 地面が弾けると同時に、彼の脚が大きく破損する。

 その引き換えに手にしたのは、これまでよりも数段速い速力。


「っ」


 グレミィは反応さえ許すことなく両腕でグリゼルダを捕らえる。

 それでも彼は止まらない。

 突進の勢いのまま彼女の体を氷柱に叩きつけた。


「ネトラレだおネトラレだおネトラレだおぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉお!」


 グレミィは慟哭する。

 彼が人形でなければ号泣していたことだろう。

 そんな機能が搭載されていたとしても、とうに凍っているけれど。


「グリたんは僕チンに一途だと信じてたのに裏切られたォォォォ!」

「我がお前ごときに一途とは……どこまで都合の良い神を信仰しておるのだ?」


 そんな妄想に応える神は異世界にもいないだろう。


「こうなったら略奪愛だお。あの影使いのところに戻れないくらい滅茶苦茶にしてやるおぉぉ」

 

 グレミィはグリゼルダの両腕を摘まみ、宙へと吊り上げる。

 そのまま彼は顔面を彼女の胸元に擦りつけるが――


「……ほぉ?」


 ――グリゼルダの冷たい声に硬直することとなる。


「どうもお前は――本当に我を苛立たせるのが上手いようだな」


 グリゼルダの胸に顔をうずめていたグレミィへと凄惨な笑みを送る。

 比喩ではなく気温が急激に下がってゆく。


「なるほど……確かにあのメイドの言う通りだったかもしれぬ」



「――挑発は、殺されない程度にしておくべきだったな」



 グリゼルダを捕らえていたグレミィの腕が肘まで凍りつく。

 彼の()()()()()広がった氷が顔面を半分まで覆う。

 そして――


「ぬほぉぉ!?」

 

 グレミィの全身に氷の棘が生えた。

 1本や2本ではない。


「【氷魔法改メ・風花】」

 

 【氷魔法改メ・制御偏重】の延長線上にある固有の魔法。

 億に及ぶ微細な氷の刃を操る魔法。

 それはグレミィの体内で結集し――内側から全身を食い荒らした。



「これ……中に本体がいても確実に死んでいますわね」


 明乃はグレミィの残骸を見下ろして呟く。

 すでに人形は大部分が原形をとどめていない。

 人間が潜めるような安全地帯が残っていたとは思えない。


「そうだろうな」


 グリゼルダは冷徹な目で見下ろす。

 さすがに死体を足蹴にするような下品な真似はしないが。


「とはいえ、はっきりさせるに越したことはない」


 確かに誰かが搭乗できるようには思えない。

 だが確かめもしないのは怠慢だろう。

 グリゼルダは氷剣を作り出すと、すぐにグレミィの体を縦に裂く。

 中に誰かがいたのならこれで――


「これは――2重の意味で驚きました」


 ナツメが声を漏らす。

 彼女の視線はグレミィの内部に向けられていた。


 結論から言えば――人間がいた。


「あれだけ人形を壊しても無傷とはな。搭乗者を守るための仕掛けは万全であったというところか」


 あそこまで激しく内部を破壊されても、グリゼルダに斬られるまで本体が露出さえしなかった。

 搭乗者というのは文字通り人形の核となる部分だ。

 そこへ施された防御は他の部位とは比にならなかったのだろう。


「それ以上に容姿に驚かされました。てっきり……端的に言えばもっと臭いそうな方かと」


 微妙な表情を浮かべるナツメ。

 彼女の言わんとすることも分からなくはない。


 可憐。

 そこにいた少女は、まさにそうすべき姿だったから。


 ブロンドのウェービーヘアーを背中まで伸ばした少女。

 彼女はパジャマを身に着けており、まるで眠り姫のようだった。


「散々な言われようですわね……」


 そう言いつつも否定しないあたり、明乃にとっても予想外の正体だったのだろう。


「まあ良い。念のためこいつも解体しておくか」


 容姿がどうであれ生かしておく理由にはならない。

 グリゼルダはグレミィの本体に切っ先を向けた。

 そのまま心臓を貫こうとしたとき――少女の口から何かが飛び出した。


「んぐ……!?」


 少女の口から伸びたのはスライムのような粘体だった。

 それは一直線にグリゼルダへと迫り、彼女の口内に潜り込む。


「ん……んんぅ……!?」

 

 突然の出来事にグリゼルダは目を白黒させる。

 その間にも人形の中で横たわっている少女の口からは際限なく粘体が溢れ出している。

 そして、粘体はそのままグリゼルダの口から体内へと侵入した。


『壮大な前振りご苦労様だおぉ~ぉ?』


 グリゼルダの口内から声が聞こえる。

 その声は、先程絶命したはずのグレミィのものだった。


(……見誤ったか)


 ――グリゼルダたちは勘違いしていた。


 人形の中にいた少女はグレミィなどではなかった。

 あれは――グレミィの宿()()だ。

 少女の中にいたこの粘体こそが、グレミィという男の正体だったのだ。

 それに気付かず、外殻にすぎない少女だけを見ていたからこそ――不意を突かれた。


「んぐぅ……! んんぅっ……!?」


 口の中が逆流しそうなほど大量のスライムで溢れる。

 粘体は見た目に反して丈夫で、嚙み切ることもできなかった。

 グリゼルダは顎が外れそうなほど大口を開けたまま、スライムが体内を満たしてゆくことを拒むことも許されない。


『グリたんすっごく悦んでるおぉ。やっぱりグリたんは乱暴なのが大好きだったんだおぉ』


 喉が粘体に占領されていて呼吸もできない。

 グリゼルダはその場でうずくまったまま無様に体を跳ねさせる。


『安心して良いおグリたん』


 甘ったるい声でスライムが語りかけてくる。

 

『僕チンが持つ因子はパラサイトパペット』


 パラサイトパペット。

 それは彼女たちの世界でSランクに分類されていたモンスターだ。

 戦闘力そのものはそれほど高くない。

 だが、パラサイトパペットにはある特徴があった。



『グリたんの身体は、僕チンが一生使ってあげるおお』



 ――パラサイトパペットは、体内から人間を操り人形に変える。


 余談ですが、グレミィ(人形)の中にいた少女はカトレアという名前で、当初は【先遣部隊】のメンバーとして登場する予定だったり。

 ちなみに強制睡眠のシャボンを数キロ先から撃ってくる魔導スナイパーという設定。



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