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8章 12話 慈雨

「がッ!?」


 ルーシーの口から苦悶の声が漏れる。

 何度も曲折した水の槍が彼女の肉へと食い込んでゆく。

 

「なんでアンタがそれを使えてるワケ……?」


 着弾の衝撃で後転したルーシーは驚愕をにじませた。


 何度も軌道が折れ曲がる魔法。

 【水魔法改メ・制御偏重】。

 菊理が放ったそれはルーシーの世界の技術であり、菊理が使うはずもないスキルなのだ。

 だからこその動揺だろう。


「ん……死んでない」

「体内に水の盾を張っていたみたいですね」


 菊理は目を細める。


 ルーシーの傷口からあふれる血の色が――薄い。

 純粋な血液であればもっと真っ赤なはずだ。

 おそらくあの血液には水が混じっている。

 

「被弾する直前に、体内の水分を無理やり盾に変えたんでしょうね。だから魔法が貫通しなかったのではないかと」

「これは器用」


 感心する雪子。

 器用というのは菊理も同意見だ。

 とっさに体内に魔法を展開するなどそうそう出来ることではない。


「アタシを、無視すんなぁッ!」


 ルーシーが怒りの声を上げた。

 彼女の体から魔法が噴き出す。

 それは水と化し、彼女の手元で収束し――


「【水魔法改メ・制御――】」

「【スキル封印】」


 ――弾けて消えた。


「なっ……!?」


 再びルーシーの表情に動揺が走る。

 だが、別に驚くべきことではないだろう。


「――考えなかったんですか?」


 なにせ、一度【スキル封印】なら見せたことがあるのだから。



「私が、貴女たちの世界のスキルを覚えた意味を」



 あの時は、ルーシーの改造スキルを封印することができなかった。

 だが今はもう違う。

 【スキル封印】で封じることができるスキルは、術者が持っているものと同じスキルだけ。

 改造スキルを身に着けた今の菊理なら――


「これでもう、貴女が使えるスキルはなくなりました」


 ルーシーが持つスキルを完封できる。

 前回の彼女も改造スキル以外は封じられてしまっていた。

 菊理が改造スキルまで習得した以上、ルーシーに打つ手はない。


「…………はぁ?」


 そんな状況でルーシーは苛立ちをあらわにする。

 青筋が浮きそうなほどの怒りを纏い、彼女は菊理たちを睨んでいた。


「……ふざけないでよね」


 ゆらりと彼女は右腕を掲げる。

 伸びた人差し指が天を衝く。

 そして――


「このアタシが! アンタたちに負けるわけないでしょうがッ!」


 直後、町に黒い雲が顕現した。

 どこからともなく現れた雲で一帯が曇天へと変わる。


「ここならガロウもグレミィを範囲外でしょうし――レイチェルは……別に死んでもいいわよね」


 ルーシーの口元が歪む。

 彼女は獰猛な笑みを浮かべ、唱えた。



「【天上変化・慈雨】」



 その声を皮切りにして町へと雨が降る。

 ぽつり、ぽつり。

 そんなまばらな雨から始まり、徐々に雨量が増してゆく。


「ん……雨」

「天気を変えたんですか……?」


 天気を変えるスキル。

 それもまたこの世界にはないスキルだ。

 菊理たちが空を見上げていると――


「悠長に構えてていいわけ?」


 ルーシーが笑う。

 先程までの憤怒を滾らせた笑みではなく、勝利の愉悦が見せた笑みだ。


「――死ぬわよ?」


 そしてその意味は、激痛とともに知らしめられることとなった。


「これは――!」


 菊理は自身の体に走る痛みに顔をゆがめた。

 傷む部位を確認すると――肌が溶け始めている。

 雨粒が触れた部分が爛れ、血がにじんでいた。

 服は雨に濡れても溶けていないようだが、布の下から感じられる痛みから察するに肌は溶けかけているのだろう。


「【慈雨】は半径10キロ圏内に雨を降らせるスキル。その雨に打たれ続けたら――1分で白骨よ」


 ルーシーが甘ったるい声でそう告げた。

 たった数秒雨に降られただけで肌が溶けているのだ、1分も浴び続けたのならば彼女の言う通り骨が露出してもおかしくない。


「【操影】」「【エリアシールド】」


 まずはこの雨を避けなければならない。

 菊理は範囲結界で、雪子は影の傘でそれぞれ雨を遮る。

 そのまま2人は近くの建物に退避した。

 

「異世界には天気を操るスキルなんてものもあるんですね。……彼女並みの莫大な魔力量がなければ使えないでしょうけれど」


 菊理は嘆息する。


 まず前提としてこの魔法は規模が大きすぎる。

 消費する魔力は尋常でないはずだ。

 おそらく菊理が同じスキルを使用したとしても、1分も経たずに魔力が枯渇することだろう。

 それほどまでにルーシーの魔力量は規格外なのだ。


「それにしても酸の雨ですか。他の方たちが巻き込まれていないと良いのですが」


 この魔法は範囲が広すぎる。

 間違いなく他の戦場にも影響していることだろう。

 無事に雨を避けられていると良いのだが。


「ん……この雨は酸じゃない」

「分かるんですか?」

「ん」


 雪子が外を指で示した。


「……あれを見て」

「――治っていますね」


 雪子が指摘したのはルーシーだ。

 彼女には菊理の魔法による傷があったはず。

 しかしそれが……治っている。

 雨に降られるたび、彼女の体は失われた肉を補完している。


「あれは多分、【回復魔法】を付与した雨」


 雪子が雨の正体を分析する。


「術者自身にとっては強力な【回復魔法】。逆に他者にとっては過回復で細胞が壊死する死の雨」


 術者には癒しの慈雨。

 他者にとっては細胞を破壊する死の雨。

 見た目に反して凶悪なスキルだ。


「自分だけに有利なフィールドを作るスキル。あれが【魔界顕象】なんですね」

「はぁ? 勘違いしないでしょね」


 ルーシーが菊理の言葉を否定する。


「このアタシがアンタたちなんかに【魔界顕象】を――全力を見せるわけがないでしょうがッ!」


 ルーシーは手を掲げる。

 だが彼女のスキルは大半が封じられているはず。

 それでも彼女は【魔界顕象】を使う気はないらしい。


「【海神の三叉・真打】ッ」


 彼女の手元に水が収束する。

 そして水は形を成し――三叉戟となった。

 身の丈ほどのトライデントを彼女は慣れた手つきで構える。


「これは250年の叡智を結集して打ち直した人工Sランク武器。ダンジョンから拾うしか能のないアンタたちじゃ太刀打ちできないわよッ!」

 

 そう言うと、ルーシーは腰で構えたトライデントを大胆に振るう。


 それだけならばただの薙ぎ払いでしかない。

 だがそこに――水流が発生した。

 刃の軌道をなぞるように周囲の水――人体を溶かす慈雨が流れる。


「ん……!」

「くっ……!」


 半円を描くように伸びる水流。

 それを菊理たちは跳び退いて回避した。


 だが完全な回避には至らない。

 菊理の左手が水流に触れてしまい、肌が変色する。

 肌を焼く激痛。

 菊理はすぐさま治療を始めるが――


「――治らない……?」


 【回復魔法】を使っても手応えがない。

 痛みが引く様子もなければ、治っているようにも見えない。


「当たり前でしょ! アンタを壊したのは【回復魔法】! 治すべき負傷なんて存在しない! アタシの攻撃は治療不可なのよッ!」


 【回復魔法】は負傷を治す魔法。

 だが、治りすぎたことで壊れた肉体は治せない。

 そういう理屈らしい。


「っ……!」


 そうなれば一層この攻撃を受けるわけにはいかなくなった。

 

 菊理は横薙ぎに迫る水流をバックステップで回避。

 さらにルーシーは追撃。

 菊理はそれにも冷静に対応するが――逃げ場がない。


 物理的にスペースがないわけではない。

 ただ彼女の背後には――屋根がない。

 すでに外は土砂降りとなっている。

 回避のために屋外へと出てしまえば、取り返しのつかないダメージを追うこととなる。

 だからといって黙って攻撃を受けるわけにもいかない。


「終わりッ!」

「――【死ね】」


 ルーシーが詰めの一手を打とうとしたとき――雪子が唱えた。

 【殺害予告】による即死の言霊を。


「ッ!」


 ルーシーはトライデントを切り返し――自分の顔に水流をぶつけた。

 厳密に言えば、水流で顔を包むことで音が届かないようにしたのだ。

 水流が空気の振動を遮断し、彼女の命は守られた。


「助かりましたゆっこさん」


 ルーシーが【殺害予告】を防ぐために手を打った一瞬。

 その隙に菊理は雪子の横まで退避する。


「ん。おけ」

「――厄介ですね」


 ルーシーが操る武器はどうやら周囲の水を操作する能力を有しているらしい。

 とはいえ操作しているのがただの水だったならここまでの脅威とはならなかっただろう。

 治療不可の傷を負わせる水と、それを操るトライデント。

 その組み合わせが彼女の脅威を大きく底上げしているのだ。


 これを攻略するには少し準備が必要だろう。


「少し、時間を稼いでいただけますか?」


 だから、菊理はそう切り出した。


 ルーシーは魔力お化けという設定です。

 戦闘力は【先遣部隊】の中でも下のほうですが、魔力量はトップです。



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