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8章 11話 篠突く雨

「ん」


 雪子は横薙ぎにナイフを振るう。

 彼女の職業は【凶手】。

 アサシン系統の上級職であり、【隠密】の精度もかなり高い。

 だが――


「当たんないっての!」


 ルーシーは彼女の攻撃さえも見えているかのように回避する。

 ほんの数本だけ青髪が舞った。

 ただそれだけだ。

 彼女の死には程遠い。


「【死神の手】」


 雪子が空いている手を振るえば影が伸びる。

 それは名に違わずまさに死神の手。

 あの影に触れてしまえば心臓を抉り出されることとなる。


「メンドいわねっ」


 掠れば死ぬということもあり、ギリギリで躱すわけにはいかなかったのだろう。

 ルーシーは足元から水を一気に放ち、その反動で距離を取る。

 残念ながら【死神の手】はそれほど長距離に届く攻撃ではない。

 死の影が触れるよりも早く、彼女は間合いの外へと脱出してしまった。


「ん……噴水スプラッシュで逃げられた」

「そのクソダサネーミングやめてくれる!?」

 

 ルーシーが怒りの声を上げた。


 そんな彼女はふわふわと浮遊している。

 髪の毛も少し持ち上がっており、まるで無重力空間にいるようだ。


 宙に浮くことのできるスキルといえば【空中歩行】スキルなどが有名だ。

 しかしそれでは髪の毛が重力に反した動きをしていることに説明がつかない。

 おそらくあれは――【空中遊泳】のスキルだ。

 水陸空のすべてを泳げるスキル。

 かなり珍しいスキルだ。

 少なくとも『人間』が持っているを聞いたことがない。


「ん。なるほど。大体分かった」

「は? 何がよ」


 雪子との言葉にルーシーが眉を寄せる。

 だがその表情は、続く言葉でさらに険しいものとなるだろう。



「貴女が持っている因子」



「……どういうことよ」


 ルーシーは目を細めて雪子を睨む。


「規格外の魔力量。【水魔法】と【回復魔法】。その条件に当てはまるSランクモンスターはそんなに多くない」


 異世界の冒険者はモンスターの因子を取り込むことで強大な力を得るという。

 そして、その能力は因子の影響を色濃く反映していると。


 一流の魔法職の10倍を優に超える莫大な総魔力。

 災害と見まがうほどの大出力を誇る【水魔法】。

 そして部位欠損さえものともしない【回復魔法】。

 決定打は【空中遊泳】。

 あのスキルを持つモンスターを雪子は一体しか知らない。



「貴女はヒールマーメイドの因子を持つ冒険者」



「…………」


 ルーシーは答えない。

 動揺はない。

 だが不機嫌さを隠そうともしていない。

 ――どうやら当たりらしい。


「ヒールマーメイドは魔法のほかに、歌を使った支援も得意」


 あまり発見例の多くないモンスターだが、まったく情報がないわけではない。

 ヒールマーメイドは強力な攻撃魔法、回復魔法を操るだけではない。

 歌を用いて味方を強化できる特殊なスキルも有する、優秀な支援役でもあるのだ。


「因子のネタが割れたら隠し玉も見抜かれる。それが【混成世代】の弱点」


 これまでルーシーは歌に関係するスキルを見せていない。

 だが因子から逆算すれば、彼女がそういったスキルを隠している可能性は高い。


「は……! それがどうしたってのよ!」


 隠していたスキルを暴いたとしてもルーシーに焦りはない。

 むしろ好戦的な態度を強めてゆく。


「アンタたちに――歌唱スキルなんて使わないっての!」


 ルーシーが腕を振るう。

 すると――


「【水魔法改メ・出力偏重】!」


 生じる大瀑布。

 壁とも表すべき波が雪子へと迫る。


「ゆっこさん」

「ん」


 だが雪子は一人で戦っているわけではない。


 彼女の背後に現れたのは菊理だ。

 彼女は雪子を抱くと、彼女ごと空へと飛翔する。

 スキル【空中浮遊】。

 【空中歩行】ほどの速力では動けないが、滞空時間と安定感は類似スキルの中でも優れているスキルだ。

 それにより菊理は雪子を抱えたまま大波の上へと移動する。

 いくらルーシーの【水魔法】が強力でも、届かないところまで高度を上げてしまえば問題がない。


「そんなんじゃ防げないってのッ!」



 だがルーシーもそれくらいのことなど織り込み済みだったのだろう。

 空を飛ぶ菊理へと水の弾丸が放たれる。

 その数は3発。


「――【結界・対魔法】」


 対する菊理が展開したのは魔法攻撃を防ぐことに特化した結界スキル。

 物理攻撃にはめっぽう弱いが、相手が魔法であるのなら通常の結界とは比にならない強固さを誇る。


「防げないって言ってんでしょッ!」


 しかし魔法を撃ち込んでいる者もまた規格外。


 1発で結界が半壊。

 2発目が菊理に迫るが身をひねって避けた。

 しかし続く3発目までは回避しきれず、菊理の肩が抉り飛ばされた。


 腕が落ちるほどではないものの、決して軽いダメージではない。

 たった3発でここまでとは、やはりルーシーの魔法に込められている魔力は規格外だ。


「――――【水魔法】」


 このまま受けに回ればジリ貧だ。

 それを理解しているのだろう。

 菊理は手元に水球を作り出した。


「張り合っても無駄なのよ!」


 それを見たルーシーが新たに魔法を構える。


 菊理とルーシー。

 2人が構えた水球。

 より巨大な魔法を構えているのは――ルーシーだ。


「【水魔法】!」


 そして2人の魔法が同時に射出される。


 菊理は分割した水を槍として飛ばす貫通力重視の魔法。

 ルーシーはただ水球を叩きつけるという暴力的な一撃。

 

 単純にぶつけ合えば確実にルーシーが勝つ。

 菊理の魔法が水球を貫通して向こう側にいるルーシーを撃ち抜けたとしたのなら逆転の目はあるのかもしれないが――


「あらあら。正面からでは勝てそうにないですね」


 ――菊理はそんな奇跡になど賭けていなかった。


 2人の魔法が衝突する直前、菊理の魔法が――曲がった。

 彼女が打ち出した水の槍は水球を迂回し、そのままルーシーを狙う。


「なッ……!?」


 驚愕の表情を見せるルーシー。

 それもそうだろう。

 

「【制御偏重】……でしたっけ?」


 弾道が曲がる魔法。

 それは――



「もう――覚えちゃいました」



 ――異世界の技術だから。


 数多のスキルを有する【百鬼夜行】の糸見菊理。

 彼女の牙がルーシーの全身を貫いた。


 菊理が異世界のスキルを覚えたのは、復帰してからのグリゼルダ戦です。



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