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8章  9話 戦いは娯楽に過ぎず

「【魔界顕象・決闘遊戯(デスパレード・マッチ)】」


 その言葉を境に、世界は変わってしまった。


 そこは荒野。

 紅たちを囲むようにして木製の柵が立てられている。

 柵の外側には大勢の人間が虚ろな目で何かを叫んでいる。

 その言葉の多くが戦いを囃し立てるものだった。


 柵の中には紅とガロウのみ。

 その外側では大衆がヤジを飛ばしている。

 まるでこれは――


「これは――」

「やはり決闘はオーディエンスがいなければ盛り上がらぬからなッ!」


 ――闘技場だ。


「安心すると良い。観客が我々の決闘に干渉することはないッ」


 そう笑い、ガロウは腕を振るう。

 斬撃に合わせて伸びる光の刃。

 それは観衆の首筋を襲い――


「あ……」


 ――何も起こらない。


 刃は観衆の首を断つどころか薄皮一枚さえ斬れていない。

 それに観衆は驚愕するどころか何の反応もなく戦いを待っている。


 あの人々には情緒などないのだろう。

 何者の干渉も受けず、ただプログラムされた動きを繰り返している。

 あれはこの世界の一部でしかないのだ。


「そして、われわれの手足から伸びたこの鎖ッ!」


 次にガロウは両腕を掲げた。

 彼の両腕――そして両足首には枷がつけられていた。


 それは彼だけではない。

 紅の手足にも鎖がつながっている。

 そしてその鎖は、2人を強く結びつけていた。


「長さは3メートルッ! 決して千切れることはない! 逃亡を許さぬこの鎖は、観客をより沸かせてくれることだろうッ!」

(この鎖があるせいで動き辛いですね)


 今は戦い始めていないから問題はない。

 しかしいざ戦闘が始まってしまい、もし鎖が絡まることになればかなり面倒なこととなるだろう。

 3メートル以上離れられないこともあり、紅の速力はかなり削がれると考えておくべきだ。

 

「この闘技場ではパワーが要求される! すばしっこいだけの剣士では勝てぬぞッ!」


 そう叫び、ガロウが勢いよく左手を引いた。


「くっ……!」


 2人をつなぐ鎖が張り詰め、紅の右腕が引っ張られる。

 強靭な腕力に引かれ、彼女の体勢が崩れた。


「はぁ!」


 このまま無防備に転がされてしまえば、そのまま斬り殺される。

 だからこそ紅は強く地面を踏みしめ――前進した。

 倒れる勢いに脚力を加算し、一気に距離を詰める。

 そのままガロウを胸板を狙って斬撃を叩き込むが――


「言ったであろうッ! この鎖は絶対に斬れぬとッ!」


 ――ガロウの鎖に阻まれた。


 鎖は二人を縛る枷というだけではない。

 干渉不可。

 決して斬れない盾にもなるのだ。


「この鎖は斬れない……ですか」


 それは強度の問題ではない。

 この世界ではそう決まっている。

 そういうルールになっているのだ。

 だから抗うなんてナンセンス。


 ここがそう言う世界ならそれでいい。

 こちらも利用させてもらうだけだ。


「それなら――こうすればどうでしょうか」


 紅は左手の剣を逆手に持ち変える。

 そして、鎖ごと地面へと深く突き刺した。

 剣は正確に鎖の輪となった部分を突き抜け、鎖を地面へと縫い止める杭となる。


「ぬお!?」

「これでもう剣は振れません」


 縫い止めたのは紅の左手を縛る鎖。

 同時に――ガロウの右手につながる鎖だ。


 二人の利き手は右。

 つまり紅は利き手を残し、ガロウは利き手を縛られた。

 その優位は、戦いの均衡を崩すには充分だ。


「終わらせましょう」


 紅は剣を振るう。

 今度は鎖で防がれないように刺突で。

 彼女の突き出した切っ先は精密にガロウの心臓を狙う。


「仕方がないッ! 闘技の神髄を見せるとしようではないかッ!」


 だが、彼女の剣は固い何かに阻まれた。


「!?」


 想定外の反動に紅の手首が激痛を訴える。

 一切刃が通らないほどの強度に思いきり剣を突き立てたのだ。

 おそらくその衝撃で捻挫したのだろう。


「――【位置交換】」


 突き出した紅の剣はガロウと貫くことはなかった。

 代わりに彼女の剣は――いつの間にか眼前にいた観客へと突きつけられていた。


「これは――」


 スキル【位置交換】を用いてガロウは観衆と己を入れ替えたのだ。

 

 これは、この世界を支配するルールの抜け道だ。

 鎖でつながれ、制限された間合いで殺し合うというのがこの世界の大前提。

 ガロウはそれを覆したのだ。

 結果として紅は鎖に縛られ、彼は解放された。


「っ……!?」

 

 紅の肩に熱い痛みが走る。

 ――光の斬撃だ。

 背後から光の刃が襲ってきたのだ。


「この……んくッ!?」

 

 紅は振り返って攻撃の出処へと走り――転んだ。

 鎖に引かれ、足が思うように前へと進まなかったのだ。


「これが観客には干渉できない……ということですか」


 紅は鎖の先へと目を向ける。

 そこにいるのはガロウの身代わりにされた観衆。

 彼はいくら紅が手を引っ張ろうとも微動だにしない。


「観客の座標は決して動かず、斬り殺すこともできないッ!」


 そうガロウが柵の外側で笑う。


 彼は確かに観客に干渉することはできないと言っていた。

 それは攻撃に限った話ではない。

 押しのけたり引きずるといった干渉もできないということなのだ。


 つまり今、紅は絶対に動かせない杭に縛りつけられているというわけだ。


「お前がそこで動けぬところを、私は間合いの外から狩るだけで良いのだッ!」

「きゃ……!」


 真横から光の刃が伸びてきた。

 紅はそれをギリギリで回避する。


 ――良くない状況だ。


 観客と鎖でつながれているせいで、紅はどうやっても動ける範囲が限られる。

 対して自由なガロウは柵の外側を移動し、彼女の手が届かない位置から攻撃するだけで良い。

 それだけで勝てるのだから。

 

「はぁ!」


 とはいえこのまま大人しく殺されるつもりはない。


 伸びてきた光の刃。

 それを逆算すればガロウの居場所は分かる。

 ならばそこへと向けてこちらの斬撃を飛ばせばいい。


 結果としてその目論見は正しかった。

 反射的に紅が斬りつけた場所にはガロウがいたのだが。

 しかし――


「【位置交換】ッ」


 ガロウが手近な観客と座標を交換する。

 それにより、彼女の斬撃は干渉不可の観客に防がれた。


 そうして生まれた刹那の猶予。

 ガロウはそれに乗じ――消えた。

 【隠密】だ。


「【隠密】で観客に紛れているせいで居場所が――」


 観客は100に近い。

 そこに【隠密】状態で紛れ込まれては探すのに骨が折れる。

 もし彼の位置が割れるとしたら、それは彼が攻撃に転じた瞬間で――


「こっちだッ!」

「!」


 ガロウの声。

 振るった剣が空気を斬る音。

 その方向を一瞬で把握し、考えるよりも早く向き直る。

 そして最速で剣を振る――えない。

 

 彼女の腕が途中で動きを止める。

 ――鎖だ。

 鎖が限界まで突っ張り、彼女の腕を止めたのだ。


「しま――」

 

 最悪のミスだ。

 反撃に集中するあまり、鎖による拘束が頭から抜け落ちていた。

 気付かぬ間に、鎖の長さを越えた位置まで踏み込んでしまっていたのだ。


 攻撃を強制中断させられた紅。

 その状態は、攻撃・防御・回避というあらゆる動作に移ることのできない中途半端なもの。

 そのせいで彼女は反撃どころかガードもできず、斬撃に腹を貫かれた。


「ぁっ……!?」


 光の刃が下腹部を突き抜けた。

 腹が熱い。

 紅は耐えかねてその場で膝をついた。


(今のはかなり深手になってしまいましたね……)


 どう考えても内臓に達した一撃だ。

 軽いはずがない。


「騎士は最後まで油断することはないッ!」


 ガロウの声が下方向へと追撃を放つ。

 だがすでに彼はそこにいない。

 とうに観客の中に【隠密】で紛れ込んでいるのだろう。


「少しずつッ! 嬲り殺しにして見せようではないかッ!」

「くっ……!」


 紅は腹を押さえたまま転がるようにガロウの斬撃を躱す。

 深手を負わせてなお、彼は間合いを詰めるつもりはないようだ。


(このままでは本当に嬲り殺しですね)


 間合いの外からの一方的な攻撃。

 それに、こちらは腹からの出血というタイムリミット付きだ。

 時間を稼げば勝てると分かっているからこそ、ガロウは無理に仕掛けてこない。


(なら――)


 紅は腰を落とし、居合の構えを取った。

 ――鎖に括られた観客を背にして。


(観客に干渉できないというのは向こうも同じ)


 こういった悪趣味なやり方は不本意だが、この世界における観客というのは干渉不可の盾でもある。

 ならいっそ、そのシステムをこちらも利用する。

 背後の防御を一任してしまうのだ。


(なら観客の存在で塞ぎ――残る方向すべてへと最大の警戒を)


 そして紅は目を閉じる。

 敵が【隠密】を使っている以上、こちらが先手を取るのは難しい。

 

 後手に回るしかないのなら、動き出しの差を覆すほどのスピードで対抗する。

 ガロウの斬撃が肌に触れると同時に、神速のカウンターを叩き込むのだ。



「そのような小細工をするとは、騎士道が足りぬぞッ!」



 直後、背後から伸びた光の斬撃が彼女の足を深く裂いた。


「あぐっ!?」


 彼女は干渉不能である観客を背にすることで背後からの攻撃に対応した。

 とはいえ観客は一般的な成人男性くらいの大きさでしかない。

 彼女を覆い隠すほど巨大なわけではないのだ。

 そこに抜け道があった。

 観客の体の隙間――股を通すようにして伸びた斬撃が、無防備な彼女を後方から襲ったのだ。


「これでもうまともに構えることもできまいッ!」


 斬られたのは右足首。

 アキレス腱はおろか、この深さだと骨も断たれているかもしれない。

 もはやこの脚では斬撃を放つための強い踏み込みなど期待できない。


「――必要ありません」


 右足から崩れ落ちるように倒れる紅。

 だが、その目は――



「もう、捕まえました」



 ――ガロウを捉えていた。


「【秘剣・白雷】」


 紅は倒れかけながらも腰のひねりを乗せて剣を抜いた。

 それは最速の一撃。

 刹那も瞬きも。

 この剣を表現するには遅すぎる。


「な……!?」

「裏をかくのが好きな貴方なら、そこから狙ってくると思っていました」


 光速の抜刀術。

 それはガロウの脳天から股まで振り抜かれる。


 彼は慎重な男だ。

 だからこそ、今度も背後から――対策をしたことで紅が一番油断しているであろう場所から狙うと思っていた。

 どうやらその読みは正しかったらしい。


「貴方は少しばかり――策を弄しすぎたみたいですね」


 次話あたりでガロウ戦は終わり。次は菊理、雪子VSルーシーになる予定です。



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