8章 8話 最速VS最速
「そうと決まれば」
レイチェルは膝を折る。
そして彼は、小石を拾い上げた。
「トラップ・セット――【爆破】」
彼の手中にある小石。
それらに紋様が刻まれる。
「合わせろルーシー」
「アンタが合わせれば!?」
そう噛みつくルーシー。
半面、その行動に淀みはない。
「【水魔法・出力偏重】!」
ルーシーが生み出したのは巨大な水流。
それは龍が襲撃するかのように詞たちを狙う。
「そらよ」
レイチェルは小石を水流へと投げ込む。
複数の小石を内包した大瀑布。
それが地面へと着弾した直後――爆発した。
「うわぁ!」
大地そのものが破裂するような衝撃に詞たちは宙を舞う。
おそらくあの小石には爆発トラップが仕掛けられていた。
ゆえに水流が勢いよく地面に叩きつけられたのと同時にトラップが発動し、地面をめくり上げるような爆発が発生したわけだ。
「こんな貧相な技。見せるのは恥ずかしいから2秒だけだぜ」
宙へと打ち上げられた詞たち。
そんな彼らをレイチェルは地面で待ち構える。
「【魔界顕象・澱の檻】」
直後、彼を中心として世界が変色した。
彼を起点とした半径数十メートルの地面が黒く染まる。
それはまるで粘度の高い沼地だ。
「トラップ・セット――【転移】」
足元に広がる澱んだ沼地。
詞たちにそれを回避する術はない。
「ちょっと、付き合ってもらうぜ」
詞、透流、香子。
3人の体は、着地と同時に地面へと沈み込んだ。
☆
「――来ましたね」
紅は静かに呟く。
彼女の視線の先にいるのは上半身裸の戦士――ガロウだ。
彼は建物の屋根を蹴り、彼女の下へと接近しつつある。
「分断、されてしまいましたか」
(【罠士】も一緒に消えたということは、おそらく消えたみんなも無事なんでしょう)
先程、レイチェルとともに詞たちが黒い地面に呑み込まれた。
一方で、菊理と雪子は戦場に残ってルーシーと対峙している。
つまり戦場が一気に3つに分かれてしまったわけだ。
「なら――私は私の役目を」
片手間に戦える相手ではないだろう。
ゆえに紅はガロウとの戦いだけに注力する。
「【光魔法】」
「効かぬなぁッ!」
紅が放った斬撃。
飛来するそれをガロウは容易く弾く。
盾で。
時には剣で。
何発撃とうとも彼の走りを鈍らせることさえできない。
「そのように悠長に構えておいて良いのかッ!」
ガロウの手から剣が消える。
次に彼が手にしたのは――弓矢だった。
身の丈に迫る弓。
あれの弦を引くには、近接職の中でもかなりのパワーを持つ者だけだろう。
それを当然のように彼は構えた。
そして――射出する。
音さえも置き去りにした矢が紅へと迫る。
しかし、矢に後れを取るほど鈍いつもりはない。
紅は首を傾けただけで矢を回避。
だが――
「私は最速の戦士! あのような間合いなど、あってないようなものだッ!」
背後にガロウが現れた。
彼は矢と【位置交換】を行うことで、紅の背後に瞬間移動したのだ。
「――なるほど、奇遇ですね」
後ろから迫る横薙ぎの斬撃。
それを紅は脚を開き、地面に這うような低姿勢となることで躱す。
「ぬ!?」
残像さえ見えそうなほど高速の回避。
それに驚いた様子のガロウ。
だが、この程度で驚かれても困る。
「一応――私も最速と呼ばれています」
彼女は――最速の称号を背負っているのだから。
紅は跳んで間合いを広げる
両者の間にあるのは20メートル。
2人にとって、詰めるのに刹那さえ必要ない距離だ。
「――そうであったか」
しかしガロウはその距離を安易に潰しはしない。
彼はその場で紅と向かい合う。
「それでは正々堂々。清廉潔白に殺し合おうではないか!」
そう彼は豪快に笑った。
「――殺したら多分、紅くなると思います」
「良いではないか! それでは、赤白つけるとしようッ!」
「私は赤より――黒のほうが好きなのですが」
紅は黒が好きだ。
白と一緒になるのなら、黒が良い。
それは――影の色だから。
彼の色だから。
「そうかッ! それでは剣比べと行こうではない――か!」
そう言い放ち、ガロウが腕を振るう。
紅の目にさえブレて見えるほどのフルスイング。
そうして投げつけられたのは――手榴弾だった。
「……剣? 手榴弾では――?」
足元を狙った投擲。
紅はそれを軽く跳んで回避した。
「ああ」
それを見てガロウが笑う。
直後、手榴弾が炸裂した。
「剣なら、中に一杯入っているぞ?」
――大量の金属片をまき散らしながら。
「!」
紅の目が迫る金属片を捉える。
その刃には紫の液体が付着している。
――おそらくあれは毒だ。
異世界製の毒。
掠るだけでも致命傷になりかねない。
「ッ!」
ゆえに紅は双剣を以ってすべての毒の刃を叩き落した。
「ほう……すべて叩き落したようだなッ!」
それでもガロウの笑みは消えない。
「しかし――」
そして次の瞬間。
彼の声は――背後から聞こえた。
「すでにここは私のフィールドだッ!」
やったことは、さっきの矢による一撃と変わらない。
このあたりに散乱した刃。
それのうちの1つと位置を入れ替えただけ。
しかし今回は位置を入れ替えることのできる候補の数が違う。
100に迫る刃。
そのすべてがワープポイント。
どう構えても死角に潜り込まれる。
「確かに限られた範囲内での速力なら……最速といって偽りはないようですね……」
ガロウの速さはとは、走力ではなく【位置交換】を用いた瞬間移動。
戦場という限られた短距離移動の速さにおいてなら彼は最速に近い。
「くっ……」
止まらない奇襲の嵐。
紅はそれをさばいてゆく。
しかしすべてを止めることはできない。
小さな切り傷が肌に増えてゆく。
「でも私は――もう負けない」
もう負けられない。
景一郎に、心配をかけるわけにはいかない。
だからこそ、紅は新たな一手を打つ。
やることはシンプル。
その場で回転し、横一線の斬撃を放ったのだ。
「ぬッ……!?」
漏れたのはガロウの声。
そして金属音。
紅の斬撃が彼の胴体を捉えた音だ。
「貴方は無数の刃と位置を入れ替え、的確に私の死角を突いてくる」
100に及ぶ転移先。
それを潰すにはどうするべきか。
簡単だ。
「でも、入れ替わるのはすべて地面に落ちた刃。つまり――どのポイントに移動しても、同じ平面上に貴方はいる」
前後左右。
どこに転移しても、転移する『高さ』は同じ。
なら横向きに、全方位を攻撃すれば当たる。
そんな単純明快な話だ。
「なるほど! 良き対応だッ!」
「――あまり刃が通っていませんね」
笑うガロウ。
一方で、紅は眉を寄せる。
今回は当てることを優先した一撃だった。
威力よりも剣速を重視したとはいえ、直撃してなお彼の脇腹に薄い傷が入っただけ。
「貴方の速力を捉えても、そこからさらにタンクとしての強靭な肉体を斬れるだけの威力を要求されるわけですね」
ただ当てただけでは意味がない。
それなりの重さのこもった一撃でなければ命には届かない。
「なるほど! なるほど! なるほど!」
大声でガロウはそう繰り返す。
「負けるとは思わぬが、塵一つとしてリスクは冒せぬなッ」
彼は剣を構えた。
そして――地面に突き立てる。
「出来る限り! 安全に勝つとしようッ!」
彼の口が奏でる。
力強く。
「【魔界顕象・決闘遊戯】ッ!」
――世界を染め上げる言霊を。
紅VSガロウ、開幕。




