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8章  7話 小手調べ

「思ったより少ないのね」


 それがルーシーの第一声だった。


「少数精鋭ってやつだからね」


 そんな彼女へと詞はへらりと笑いかけた。

 余裕の態度を崩さず。

 それでいて全霊の警戒を向けて。


「精鋭ぃ?」


 そんな詞を意に介す様子もなく、ルーシーは腕を振るった。


「――噓でしょ」


 直後、ルーシーの頭上に巨大な水球が現れる。

 規格外の規模の魔法。

 それを彼女が構えたタイミング。

 それが――隙だ。


「今っ」

「ん――」


 詞の声とともに雪子が前に出た。

 そして――彼女は口を開く。


「【死ね】」


 【殺害予告】。

 彼女の声を聴いた人間は――即死する。

 そんな凶悪な範囲攻撃。


「【エリアシールド】っ」


 しかしルーシーは音速の即死攻撃を容易く防いだ。

 発動しかけた魔法をキャンセルして、すぐに他のスキルを発動させるのは難易度の高い技術だ。

 それを彼女は涼しい顔で成し遂げる。

 

「――ファイア」


 だが、ここで決まるとは思っていない。

 透流が放った射撃がルーシーの結界を撃ち抜く。

 【エリアシールド】はドーム状の結界で、自分だけではなく味方も護ることのできるスキル。

 半面、一点集中の攻撃に対して脆いという側面を持つのだ。


「ちっ」

 

 ルーシーは舌打ちを漏らす。

 射撃が結界を貫き、彼女へと飛来する。


「当たんないわよ!」

 

 しかし当たらない。

 ルーシーは足元から噴水のように水を放出し、反動で空中へと飛ぶ。

 弾丸は彼女の眼下をただ通り過ぎるだけだ。


 だが――


「跳ぶなッ!」


 そう警告したのはレイチェルだった。


(へぇ――気付くんだ)


 この状況。

 それだけで次の一手を読まれたのだ。

 詞は内心で感嘆し――それでも手遅れだと確信した。



「あの金髪女がいねぇ!」



 レイチェルが気付いたこと。

 それは――ここに鋼紅がいないことだ。


「狙撃だ!」


 レイチェルはオリジンゲートですでに紅と戦っている。

 だから知っていたのだろう。

 彼女は剣士であり――狙撃に匹敵するリーチの持ち主だと。


 そして、その予想は当たっている。


 離れた位置から紅は光の斬撃を放った。

 狙いは空中で身動きが取れないルーシー。

 紅の斬撃なら、彼女をガードの上から斬れるはずだ。

 帯状に伸びた光の斬撃がルーシーへと向かい――


「【位置交換】ッ!」


 ――ガロウの盾に防がれた。


 ガロウはルーシーと位置を入れ替え、代わりに斬撃を防いだのだ。

 魔法職であるルーシーと違い、彼は盾役を務めている。

 ゆえに顔面へと飛来する斬撃を危なげなく弾いて見せた。


「ふはははははは! 随分とぬるい攻撃で――」

 

 ――2発目は防げなかったようだが。


 紅が放った追撃。

 それはガロウの太腿を裂く。


「ぬぉぉ! 顔への一撃は、盾で視界を塞ぐためのフェイクであったか!」

 

 ガロウが顔に迫る一撃を防ぐために盾をかざした後。

 彼の死角に入ってから、紅はさらにもう一発の斬撃を叩き込んだのだ。

 受ける場所が分からないのでは防げない。

 だからこそ決まった一撃だ。


「思えば少数精鋭とか言ってるくせに、影使いの次に強かったあの金髪女がいねぇのは不自然だったぜ。今のは、ちゃんと気ぃ付けてたら防げた策だったなぁ」


 レイチェルは頭を掻く。


「グリゼルダの奴もいねぇし――あっちは多分グレミィを抑えに行ったか?」

「まだまだ!」


 現状を分析するレイチェル。

 だが、このまま押し切らせてもらう。

 その意志を込め、詞は声を上げる。


「「【操影】」」


 詞と菊理は同時に掌を地面に押し付けた。

 すると影が実体を持ち、腕を模す。

 そのまま影の腕はレイチェル達へと殺到した。


「死神の手」


 そこに加わる雪子の声。


 【死神の手】。

 それは触れた者の心臓を奪う即死の手。

 その見た目は影の腕であり【操影】との見分けが難しい。


「ったくメンドい手だなオイ!」


 レイチェルもそれを知っているのだろう。

 彼は後ろに跳んで【操影】の腕と距離を取った。


「ん……これは【エリアシールド】で防げない」


 さらに透流と香子が彼らへと発砲する。


 先程の【殺害予告】は殺傷力に反して破壊力は低い。

 ゆえに【エリアシールド】でも容易く防げた。


 しかし今回は違う。

 詞、菊理、透流、香子による多角的な攻撃。

 それを【エリアシールド】の強度で防ぐことは不可能だ。


「【水魔法・制御偏重】!」


 そこにルーシーは一つの解を提示する。


「【エリアシールド】しか広域防御がないと思ったわけ!?」


 彼女が作り出したのは複数の水のシールド。

 それらはピンポイントで攻撃を受け止める。

 影の手も、魔弾も、弾丸も。

 すべてを止めて見せた。


「ん……でも隙間だらけ」


 だが、これも予想通り。

 相手は異世界の冒険者。

 だからどんな手で攻めても上を行かれるかもしれない。

 そう覚悟していたから――この状況もまだ最悪ではない。


 

 だから雪子には――【死神の手】を使わせなかった。



「【操影】にまぎれて、こいつ自身は【死神の手】を使ってなかったのか……!」


 カラクリに気づいたらしくレイチェルは声を上げた。


 詞と菊理が作り出した影の手。

 あれは【死神の手】を隠すためのものではない。

 ――雪子が【死神の手】を使っていないことを隠すためのものだ。


 ルーシーが【エリアシールド】以外の防御を選択したタイミング。

 そこに、雪子が【殺害予告】を合わせるためのお膳立てだ。


「構わぬッ! 【エリア――】ぐぬ!?」


 とはいえ、もう1人【エリアシールド】を使う可能性のある人物がいる。

 ガロウだ。 

 盾役である彼なら、広域防御を持っていても不思議ではない。


 だから紅の狙撃で彼の動きを阻害した。

 斬撃を防ぐため、ガロウが【エリアシールド】を展開するのが遅れた。

 もう音速で迫る死を止めるには間に合わない。


「もう間に合わない。【死――】」

「トラップ・セット――【轟音】」


 直後、空気が爆発した。

 鼓膜が破れそうな轟音が戦場を支配する。

 その音に雪子の声はかき消され、塗り潰された。


「結局、声ってのは空気の振動だ」


 レイチェルはそう告げる。


「もっと強い音で声を消せば【殺害予告】は効力を発揮しない。当然だよな?」


 【殺害予告】は聞いた敵を殺す言葉。

 だがもっと大きな音で、声となった空気の振動そのものがなかったことにされてしまったら。

 それは言葉として成立しない。


「まあ――甘く見てたのは謝らねぇとな」


 レイチェルは腰に手を当て、爪先で地面を叩く。



「ちゃんと、少数精鋭やってるじゃねぇか」



 それは、詞たちが脅威となりうるということを示す言葉だった。


「――ガロウ、金髪女を任せて良いか」

「うむ! 騎士道精神を賭け、尋常なる決闘の下で討ち取って見せようではないか!」


 レイチェルの指示にガロウが即答した。


「ルーシーは式神女と【凶手】だ」

「…………」


 ルーシーは答えない。

 これまで見た彼女の様子からして、あれはおそらく肯定なのだろう。


「どうせオレたちに連携なんて向いてねぇんだ」


 レイチェルは髪をかき上げる。

 そして詞たちを見据え――


「――戦場を分けるぜ」


 そう宣言した。


 第二次侵攻編、本格的に始まります。



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